元気っ娘JDの気持ちは、嘘じゃない
恋というものに憧れていた。
ドラマや映画で見る『恋愛』は、とても素敵なもので。
私もこんな恋がしてみたいって、強くそう思った。
……だけど。
『好きです!付き合ってください!』
まだ中学生や、高校生だった頃。
頭を下げて、この気持ちを口にするたび。
本当に私は今、あの日憧れた恋愛ができているのかな、って実は疑問だった。
好き?……うーん、好き、だと思う。
きっと、付き合ったら好きになれるかも。
なんて。
そんな風に思いながら、嘘の感情を並べてた。
……今思えば、とんだ迷惑だったよね。
フラれて、当然だったと思う。軽薄で、下心だけの、空虚な言葉だったから。
でもね。
だからこそ……だからこそ私は、今自信を持って言えるんだ。
ねえ、将人。
私のこの気持ちは、私から溢れ出て止まらない、この感情だけは――
■
家に帰ってきた俺が一番にしたことは、シャワーを浴びることだった。
雨でびしょびしょになった身体を、シャワーで洗い流す。
頭からシャワーを浴びながら、俺は今日あったことを思い出していた。
『誰にも言っちゃいけないことなの?な、なら内緒にするよ!秘密にするから、ねえ、だからさ……そうだよ、って言ってよ……』
『……』
『それだけで、良いんだよ、うんって、また会えたねって、それだけで……』
「……」
恋海と会ったことがある、というのは、多分紛れもない事実。
確かに俺は、昔良くキャッチボールをしていた女の子がいた。
児童養護施設にいた俺に何の躊躇いもなく話しかけてくれて、仲良くしてくれて。
公園で一緒にキャッチボールをするのが日課になった。
当時は同年代の友達があんまりいなくて。そういう意味でも、彼女の存在はありがたくて、嬉しかった。
シャワーを、一度止める。
視界を遮るように、濡れた髪から水が滴っていた。
……だけど。だけどだ。
「それは多分、“俺”じゃない……」
正確には、今ここにいる片里将人ではない、と言うべきだろうか。
俺が転生して、この世界にやって来た自覚があるのが、大学入学前……。
幼い頃に恋海と会っていた記憶はもちろんあるものの、それは前の世界での話で、今生きているこの世界では、間違いなく初対面なのだ。
もしかしたら、俺の持っている記憶と、恋海のものが微妙に違うかもしれない。
そして何より、大切な恋海の思い出を、本当にその時会っていた片里将人ではない俺が奪ってしまって良いのかという葛藤。
あの状況の中で、その答えをすぐに出すことができなかった。
『どうして――嘘を吐くの?』
あの時の恋海の表情が、脳裏に焼き付いている。
信じられないものを見たような、そんな表情。
苦しくて、見ていられなかった。
シャワーから出て、ベッドに寝転がる。
しばらく、ぐるぐると考えを巡らせていると、ピロン、とスマホから通知音がした。
《mizuho》『とりあえず!私は行くから!』
《mizuho》『恋海にも、話はしてあるからさ』
《mizuho》『恋海は来れないかもだけど、将人さえ嫌じゃなかったら、来て欲しいな』
明日は、恋海とみずほと3人で、テーマパークに行く予定だった。
しかし今日あんなことがあった手前、流石に行きにくいと思い、みずほにも連絡は入れたんだけど。
そっか、やっぱり恋海は、来ないよね。
本当に、申し訳ない事をしてしまった。
でもこれは、自分なりの答えを出さなければいけないと思う。
そのためにも、時間が欲しいのも事実。
明日会ってどんな顔をすれば良いのかわからないし……。
目覚まし用のアラームだけセットして、スマホを閉じる。
色々なことがあって、精神的にもどうやら疲れてしまったらしい。
明日もあるし、今日は早く寝よう。
そう考えて、部屋の電気を消す。
……けど、結局恋海の事が頭から離れなくて。
眠りに入ったのは、それからだいぶ経った後だった。
■
翌日。
昨晩の雨が嘘のような快晴の元、俺とみずほはテーマパーク内を二人で歩いていた。
久しぶりにこんなテーマパークに来たけれど、案外悪くない。
そんなことを考えながら、みずほと一緒に買ったチュロスをひとくち齧った。
隣を歩くみずほは、今日はずっと笑顔。
もちろんいつも笑顔の絶えないとっても良い子なのだが、今日はまた輪をかけて笑顔が眩しい。
きっと、昨日あったことをなるべく気にさせまいとしてくれているのだと思う。
本当に、みずほは良い子だ。
ふと、そんなみずほが頭につけたカチューシャが目に入る。
テーマパークに着いてすぐ。
このカチューシャをお揃いで買うことになった。
『お揃いだね!』
そう言って、嬉しそうにカチューシャを着ける時。
みずほはいつもツインテールにしている髪を、下ろしていた。
その下ろした髪型が、妙に既視感があって……何故か強く印象に残っている。
「……?将人、どうかした?」
「あ、いやなんでも!」
「さてはみずほちゃんに見惚れちゃったか~?」
「あはは、確かにそうかも」
確かに、髪を下ろしているみずほは可愛い。
しかしそれはそれとして、あの時感じた感覚は、一体なんだったんだろうか……。
「……こ、肯定しちゃダメでしょそれはさあ……」
「え?」
「なんでもないよ!あ!次アレ!アレ乗ろうよ!」
「お~!あれ結構新しい奴だよね」
みずほが指差した先にあったのは、最近できたばかりと噂のアトラクション。
俺がそのSF的な外観を眺めている間に、ぐん、と手を引っ張られてつんのめる。
「ほらほら!ぼーっとしてると時間どんどん無くなっちゃうよ!」
「急に引っ張らないで……って力強いな?!」
由佳の時も思ったけど、この世界の女の子力強すぎない?!
慌てて足を動かしながらも、前を走るみずほが眩しいくらいの笑顔だったから。
まあ、みずほが楽しんでくれてるなら、なんでも良いか、と思ってしまうのだった。
「あれ、乗ろうね」
それからしばらくして。
みずほが少しアトラクションに酔ってしまったようだったから小休止を挟んだのだが。
俺の向かいに座ったみずほが、そう言いながら俺の後ろ側を指さした。
振り返ってみれば、そこにはこのテーマパークで一番大きい観覧車があって。
「観覧車?いいよ、乗ろうか」
「あ、でも今すぐじゃなくて!もうちょっとしたら……ね?」
「……?全然良いよ?」
変わらず笑顔のみずほ。けれど、なんだかその笑顔の質が少し変わったような気がして……どきりとしてしまう。
「よーし、じゃあ日が暮れるまでのラストスパート、行っちゃおうか!」
「もう体調は平気?」
「うん!ありがと!」
顔色が幾分良くなったみずほと一緒に、席を立つ。
「うおおおお最後まで遊び尽くすぞおおお!」
「回復力高すぎない?!」
さっきまで確かに辛そうだったはずなのに、それをみじんも感じさせないパワフルな動きに、俺は苦笑いするしかないのだった。
そこから2つほどアトラクションを乗ったりして。
もう日も沈む時間帯になってきた。
約束した通り、今日最後の乗り物ということで、俺とみずほは観覧車に乗るべく列に並んでいた。
「いやー楽しかったね~!将人も、楽しかった?」
「そうだね!こういう所に来るのは久しぶりだったけど……みずほのおかげで楽しかったよ」
「ひひひ、それならよかった!」
無邪気に笑うみずほが可愛い。
本当に笑顔が似合う子だ。
恋海も小悪魔的な笑みが似合う子だけれど、みずほの笑顔とはちょっと違う。
どちらが良いというわけでもないけれど、それぞれの魅力があってとっても素敵だと思う。
……恋海は、大丈夫だろうか。
彼女にとってかなり辛いことを言ってしまったからこそ、どうしても気になってしまう。
「……ねえ、将人」
「ん?」
気付かない内に、上着の袖を、みずほが掴んでいた。
隣を見れば、こちらを見上げる、みずほの姿。
「将人は優しいからさ、きっと今日も時々、恋海の心配してたよね」
「……」
正直、図星だった。
それはきっと俺が優しいから、とかではないと思うけれど。
優しかったら、きっとあんな形で恋海を傷つけることにはならなかっただろうし……。
そんな俺の思考を遮るように、ぐい、と袖を引っ張られる。
「ねえ、ひとつだけ、お願いを聞いて欲しいんだ」
上目遣いのみずほの瞳が、今までに見たことがないほどに、真剣だったから。
思わず、息を呑んでしまった。
「この観覧車に乗ってる間だけは……私を、私のことだけを見て欲しい」
どくん、と心臓が跳ねた。
いつも見ているはずのみずほの表情とはかけ離れていて。
とても、魅力的だと思ってしまう自分がいた。
「……ごめん、わかった」
「ん。嬉しい」
いつの間にか、待機列の先頭に、俺たちはいた。
色々なことが頭を巡っていたからか、体感よりも時間は経っていたらしい。
「次のお二方どうぞ~」
従業員の人に促されて、俺とみずほが前に出る。
「恋海、ごめんね」
小さな声で、みずほがそう言った。
それはいったい、なんのための謝罪なのか。
この時の俺は、全くわからなかった。
「わ~!!めっちゃ綺麗!見て見て将人!夜景ハンパない!!」
「ほんとだ……綺麗だね」
観覧車に乗ってすぐ。
いつも通りのテンションでみずほがはしゃいでくれたから、俺は胸をなでおろした。
みずほのお願い通り、この時間は、みずほのことだけを考えて。
今この時間を楽しもう。
そう思った。
「いや~!この観覧車めっちゃ絶景って聞いてたから絶対乗りたかったんだ~!良かった将人と乗れて!」
上機嫌に、足をパタパタとさせるみずほ。
みずほの言う通り、たしかに遠くまで見通せる夜景は、思わず言葉を失ってしまうほどには綺麗で。
しばらく俺とみずほは、その絶景を目に焼き付けていた。
「そっち、行ってもいい?」
「?うん、いいよ」
お互いが向かい合うようにして座っていたところで、みずほからそう言われる。
こっちからの景色も見たかったのかな?
断る理由もないので、少し席を横にずらして、隣を空ける。
と、その時。
ゴトン!と強めの音がして、ゴンドラが大きく揺れる。
「うわあ?!」
「みずほ?!」
そのタイミングでちょうど立とうとしていたみずほが、バランスを崩して。
「大丈夫?……って」
思わず地面に手をついたみずほに、手を伸ばそうとしたその時。
みずほの頭から、バランスを崩した拍子にだろうか。カチューシャが外れていて。
そこには、地べたに座る、一人の女の子がいた。
変な表現をしているのは分かっている。
けれど、けれど何故だか。
この光景に、何故か強く既視感を覚えた俺が、思わず、言葉を失ってしまう。
「……へへへ……なんだか、あの時と似てるね」
「え?」
その言葉の意味が分からなかったのは、一瞬だけ。
顔を上げたみずほを見て。
――繋がった。
あの時と、景色が重なる。
『あ、このハンカチは別に返さなくていいから。じゃ!』
『あ、あの!ちょっと待ってください!!』
俺はこの子を、知っている。
目を腫らして、泣いていて。
最後に呼び止めてきた女の子を、知っている。
「……私、ちょっと前に知っちゃったんだ。あの時助けてくれたのは、将人なんだって」
ポシェットの中から出てきたのは……1枚のハンカチ。
それを渡したことを、覚えている。
「やっと、やっと伝えられる」
絞り出したような声は、震えていて。
「ねえ、将人。……ううん、私の、運命の人」
にこっと、笑ったみずほの瞳からは、涙が溢れていた。
けれど、その涙は、あの時のような悲し気なものではなく。
「助けてくれて、ありがとう。ずっとずっと、伝えたかった。私を救ってくれて、ありがとうって」
ハンカチを手渡されて、思わず受け取る。
その間も、俺は呆けたまま。
「でね、もうひとつ、伝えなきゃいけないことがあるんだ」
両の肩を、正面から優しく押されて、ようやく自分が立っていたことを思い出す。
促されるまま、席に、座り直した。
真正面から、みずほの顔を、見る。
可愛くて、純粋で、まっすぐなみずほの瞳は、きらきらと輝いて見えた。
「好きです。あの時から、ずっと……片里将人君のことが、大好きです」
「……っ!」
真正面から向けられる、純粋で、まっすぐな感情。
ずっと時が止まってしまったかのように、自分の頭は動かない。
「私ね、ずっと、好きって気持ちがわかってなかった。今まで、たくさん嘘をついてきたんだ。ほんと、ダメな奴だよね」
「でもね、……今は、自信を持って言えるんだ」
「この気持ちは、この気持ちだけは、嘘じゃない」
みずほの右手が、頬にあてがわれる。
瞬間、唇に、感触。
「……へへへ……」
「みず、ほ……」
ようやく捻りだした言葉は、彼女の名前。
それしか、言葉にならなかった。
それくらい、今はみずほのことしか、考えられなくて。
「将人見て」
言われて、周りを見る。
ちょうど、今が1番高い所にいると、そこでようやく気が付いた。
ようは、今がてっぺん。
ちょうど、半分来たところ。
急に視界が戻ったと思ったら、みずほに両頬をおさえられていた。
またしても、唇を奪われる。
簡単に、あっけなく。
しっかりと、戸ノ崎みずほという存在を身体に刻み込まれるかのような、情熱的な、キス。
「……っはぁ」
十分に時間を使ってから、ようやく解放される。
その時見たみずほの頬は紅潮していて。
ペロリ、と舌なめずりをする彼女は、妖艶にすら見えた。
「さ、降りるまで……」
みずほが、ガウンを脱ぐ。
「私のことしか考えちゃダメだヨ?」
ゆっくりと包み込まれるみずほの感触に――
俺は抗う術など、持っていないことを知るのだった。
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