バスケ部JCは覚悟を決める
《将人》
『良いんだけど、俺朝起きれる気がしないわ……笑』
《ゆか》
『あ、えっと……もしよかったら、私朝電話しましょうか?』
《将人》
『笑 わかった!お願いする!起きれなかったらホントごめん!頑張る!笑』
《ゆか》
『じゃあ明日朝6時頃電話、しますね!おやすみなさい』
《将人》
『はーい!おやすみ』
昨日のSNSのやりとりを見て、私は大きく深呼吸。
今、ちょうど朝の6時。
私はこのくらいの時間に起きる事に慣れているけれど、将人兄さんはそうではないらしく。
普段から連絡とるときも、すっごい夜遅くに来たりお昼まで返ってこなかったりだから、そういうものなんだなあと思っている。
将人兄さんを無理やり起こすのは罪悪感があるけれど、これは頼まれた事……そう言い聞かせて、私は通話ボタンに手をかけた。
1コール目、出ない。2コール目、出ない。
なんかとても、ドキドキしてきた。
そして、3コール目。
通話が繋がった。
「あ、もしもし、将人兄さんおはようございます」
『……』
もぞもぞと布団が動く音だけがしばらく響く。
「あの……将人兄さん?」
やっぱり、悪かっただろうか。
罪悪感が胸を襲ったその、瞬間。
『……ゆか?』
「ッ……!!」
とんでもない大きさの爆弾が降ってきた。
ちょっとろれつが回っていない、寝起きの声。
心臓が早鐘を打つ。全然そんなことないのに、いけない事してるみたいで。
「お、おはようございます。由佳です」
『んっ……』
……え、えっちすぎる……。
い、色っぽい声出さないで!!!
その後将人兄さんの意識がはっきりするまで通話をして……。
そして切った。
「なにこれ……頭変になるよぅ……」
寝起きの将人兄さんの破壊力は抜群だった。
正直、かなり危なかった。色んな意味で。
私は、大きく深呼吸してから。
とりあえず、布団で1分くらいごろごろと転がり回った。
将人兄さんに朝練をしてもらった後、私はチームメンバーと一緒に大会の会場へと来ていた。
全員でウォーミングアップをして、これから1戦目。
トーナメントだから、負けたらそこで終わり。
緊張……はしてないと思う。負けたら3年生が引退になってしまうので、それは嫌だけど。
相手が将人兄さんより強いってことは無いと思えば、ちょっと気が楽だった。
「由佳、ガンガン回していくからよろしくね!」
「はい!頑張ります!」
声をかけてくれたキャプテンは優しい人。私が急にスタメンになった時も、ずっと優しく声をかけてくれた。
バスケ部って感じのポニーテールで、カッコ良い人。
パイプ椅子から立ち上がって、呼吸を整える。
左手に嵌めた、黒いリストバンドをぐっと握った。
将人兄さんがくれた、リストバンド。
裏を見たら、確かにローマ字の筆記体で『MK』の文字。
……嬉しいな。将人兄さんが一緒に戦ってくれている気がして、心強い。
「それじゃ整列してください!」
審判さんの言葉を受けて、私は先輩達と一緒にコートに立つ。
よし。頑張るぞ……!
コーチから、好きに暴れて良いと言われていたので、ボールをもらったら私は果敢に攻め込んだ。
ディフェンスも全然怖くないし、このくらいならガンガン点数とれる。
シュートとパスの選択肢を織り交ぜながら、私は得点に絡んでいった。
そんな私に相手側が2人のディフェンスをつけてきたけれど、それも気にならない。
将人兄さん1人の方が何百倍も点を取るのが難しいんだから!
「由佳ナイッシュ!もっと行ってもいいからね!」
「はい!!」
ディフェンスに戻りながらキャプテンと軽くハイタッチ。
やっぱり試合は楽しい!
後半に入っても私の調子は落ちなかった。
今日はとっても、調子が良い。
相手のオフェンスだけど、全体的にボールをつく手が高い。ドリブルの隙をついて私はすかさずスティールした。
「ナイス!由佳こっち!」
先輩にパスを回して、私もオフェンスへ。
相手がディフェンスに戻ったのを確認して、再びパスを受ける。
2人ディフェンスがいるけど、関係ない。
いつものように間を作って抜いて……ヘルプに来た相手をパスフェイクで騙して。
ほぼフリーでジャンプシュート。
よし。決まった――。
と、その瞬間。
リングの、その先に視線が吸い寄せられる。
応援席に座る、一人の男の人。
将人兄さんがいた。
「え、ちょっと応援席にめちゃくちゃイケメンな人いなかった?」
「え、わかるわかる私も見た!」
「あれ誰?誰かのお兄さんとか?」
「紹介して~!!」
ど、どうしてこんなことに……。
無事私達は2試合を行ってどちらも勝利を収めることができた。
それはとても良いこと。
だけど、試合が終わって更衣室、そこではもう将人兄さんの話題で持ち切りだった。
「なんかお父さんに聞いたんだけど、由佳のお兄さんらしいよ」
「え!そうなの由佳?!」
ここには、試合に出ていた人しかいない。つまりは私の同級生の友達はいないわけで……。
1年生の私はとっても肩身が狭い……。
「あ~えっと……」
「ねえ由佳あのお兄さん紹介してよ!超カッコ良いじゃん!」
「名前は名前は?!」
将人兄さんは兄さんだけどお兄さんじゃなくって……ってなんでこんな混乱しちゃうんだろう。
それに紹介は絶対ダメです!
なんとか更衣室を出て、皆がいる場所へ戻る。
そこには応援に来てくれていた私のお母さんが。
良かった、お母さんがいるなら保護者の人達への誤解も無くなってるはず……!
「由佳、私あんなにカッコ良い息子いたかしら……」
「もうお母さんまで何言ってるの?!」
「だって、もしいたなら嬉しくって……」
「ダメなの!それはダメ!」
ってこんな事話してる場合じゃない。
将人兄さんと一緒に帰る約束をしたから行かないと……。
解散前最後のミーティング。
試合の反省をキャプテンが話して、次の試合への士気を高める。
明日からはまた部活だからね。
そしてそろそろ解散かな、というそのタイミングで。
キャプテンが真剣な表情でパン、と一つ手を叩いた。
「よし。では今から由佳のお兄さんを紹介してもらう奴を選抜する」
「ええ?!」
とんでもない事言い出したんだけどキャプテン?!
「きちゃ~!はいはい私立候補します~!」
「私もー!!」
「私もイケメンとイチャイチャしたいです!!」
次々に立候補していく先輩達。いやいやダメですよ!?
「なんて……冗談です。そんなことはしません」
ホッ……先輩達からブーイングが上がっているけど、私は心底ほっとしていた。
キャプテンは、一つ咳払いをしてから。
「私だけが紹介してもらいます」
え……?
「ゴミキャプテン!」
「このクズ!」
「お前彼氏いんだろ!!」
今度はすごいブーイングがキャプテンに……。
しかしそれをまたものともせず涼しい顔をして、キャプテンが私に視線を向ける。
「由佳、紹介して?」
そんなペロ、と舌を出されても……。
い、言わなきゃ。あの人は私のお兄さんじゃないって……。
それに、あの人は……あの人は私の――!
大きく、息を吸い込んだ。
「あの人は私の彼氏になる人なのでダメです!!!」
恥ずかしくなって、私は逃げるように駆け出した。
「結婚式呼べよ由佳~!」
「由佳ちゃん頑張ってね~!」
「青春だなあ~!」
後ろでがやがやと騒いでいる声が、やたらと恥ずかしい。
校門の前に、待っている将人兄さんの姿が見える。
「行きましょう将人兄さん!」
「お、おお……?」
将人兄さんの大きな背中を勢いよく押した。
将人兄さんの自転車の、後ろに乗っている。
広い将人兄さんの背中に抱き着いて、私は至福の時間を過ごしていた。
ワガママ言ってみてよかった。
今日はカッコ良い所見せられたかもしれないし、こうして将人兄さんにくっつけるし、最高の日だ。
思わず、心が躍る。
「好き……です」
風が吹いていて、後ろにいる私の声は聞こえていない。
小さく呟いたこの気持ちは、届かない。
さっき、皆の前で宣言したことを思い出す。
やっぱり、将人兄さんと付き合いたい。
この人を私の彼氏にしたい。
けれど……きっと将人兄さんは、私のことを妹みたいな存在だと思っている。
それは、今日応援席でもそう言っていたんだろうから明らかだ。
悔しい。
意識してほしい。
どうやったら、意識してくれるだろうか。
抱きしめる手を強めた。
強く、強く抱きしめる。
離したくない。
ずっとこうしていたい。
どうしたら、この気持ちに気付いてくれるの?
将人さん。
将人兄さんが自転車を止めに行く間に、私はコートを確保しに来た。
もう日が暮れかけなこともあってか、人はいない。
よしよしと思いながら、私はコートに入ろうとして――。
「……?」
見慣れない貼り紙が、コートの入り口に貼ってあることに気付いた。
内容を、読む。
「え……」
そこには、このコートが『来週から使用できなくなる』ということが書いてあった。
……どうして?
さっきまであんなに幸せだったのに、私の気分は冷や水を浴びせられたかのように冷え切っていた。
ここが、無くなっちゃう、って。
初めて出会って。
カッコ良くって。
また会いたいと思って会いに行って。
初めて話しかけた。
『あ、あの私と……勝負してください!!』
『ええ?!』
将人兄さんとバスケするのが楽しくて……。
私は金曜日が楽しみになった。
『きょ、今日こそは勝ちます!そして、この場所を……渡してもらいます!』
『来たな~ちびっこ』
雨に打たれて、ドキドキしたこともあった。
『これ、着てて。半袖だからあんまりかもだけど。マシでしょ、多分』
『え……』
助けてもらった。
『――随分、楽しそうな練習するんだね』
『……よく頑張ったね由佳。カッコ良かったよ』
いくつもの思い出が、頭のなかを回る。
いつも、いつもここだった。
将人兄さんと私の全てが、ここにある。
それなのに。
無くなる……?
それってつまり、将人兄さんと、会えなくなる……?
「どうしたの?」
自転車を止めてきた将人兄さんが、いつの間にか後ろまで来ていた。
私は、なんとかこの辛い気持ちを抑えて振り返る。
「……将人兄さん、これ……」
将人兄さんが、同じく貼り紙に目をやった。
「……マジか」
内容を読んだ将人兄さんも、衝撃を受けたみたい。
最悪だ。
思い出の詰まったこの場所が無くなって。
来週から、将人兄さんに会えないんじゃ――。
「新しい場所、探さなきゃな」
「え……?」
「え?って。ここが無くなるなら、新しい場所探さなきゃなーって」
将人兄さんの言葉を理解するのに、数秒かかった。
「そ、そんなあっさり……」
「この場所が無くなるのはめちゃくちゃ悲しい……由佳と出会った場所だし。けどさ」
頭に、感触。
大きな、将人兄さんのてのひら。
「思い出が、無くなるわけじゃないだろ?現にこうして、俺と由佳はこの公園以外でも一緒にいる。思い出は俺たちの中で残っていくし……また新しく、思い出を作れる場所を見つければいいんじゃないかな」
……色々な事実が、私の感情をかき乱す。
将人兄さんと、また会えるんだ、とか。
出会った思い出って言ってくれて嬉しい、とか。
また一緒に探そうとしてくれている、とか。
全部、全部全部全部、私のために言ってくれてるってわかって。
また、嬉しくて。
将人兄さんに抱き着いた。
「うわあ?!……どうしたよ、由佳」
「将人兄さん、ありがとう……ございます……!本当に、私と出会ってくれて……!」
「そんな大げさな……」
頭を、撫でられる。
大げさなんかじゃない。
私は、この人と出会えてよかった。
やっぱり――大好きなんだ。
少し、気分が落ち着いて……我に返って、撫でられているという事実に気付く。
これは、多分将人兄さんが私を妹のように思ってくれているからしてくれる事。
ゆっくりと、離れた。
名残惜しいけど。
これは、きっと、必要な一歩。
「由佳……?」
私は、コートに踏み入れる。
夕日がもう本当に傾いていて、眩しい。
きっともうすぐ暗くなるだろう。
コートに入って、将人兄さんに振り返った。
ぽかん、としている将人兄さん。
そんな顔も、とてもカッコ良い。本当に、全部が好き。
だから。
――ねえ、大好きな私の
「勝負しましょう。将人兄さん」
私は、覚悟を決めた。
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