幼馴染系JDは気付く


 


 夢の中で、ああ、これは夢だなって認識できる時がある。




 『バイバイ!明日も一緒にキャッチボールしようね!!』


 『うん!また明日!!』


 

 

 幼い頃の記憶。

 未だにこうして夢に見る。


 


 『恋海、もうあそこに行くのはやめなさい』


 『どうして?とってもいい子だよ?楽しくて、優しい子なんだよ?』


 『……悪いことは言わないから、やめなさい』


 『なんで?!やだ!絶対やだ!!ママのバカ!!』





 会うのが楽しみで、毎日のように近所の公園に行っていた。

 来る日も、来る日も。







 『今日は、何時に来るかな。そろそろ、来る頃だとおもうんだけどなぁ』





 けれど、ある日を境に。




 『まだ、来ないのかな、風邪かな……』






 

 『うん、今日はきっとなにがあったんだね。また来るね』










 『……今日も、来ないのかなあ』




 は、こなくなった。






 『雨、降ってきた……』






 冷たく降りしきる雨の中。

 私の頬を伝って何かが落ちた。

 

 それは雨で、流れ落ちていく。






 『……ねえ、―――どうして、来なくなっちゃったの……?』





















 「っ……!」


 目が、覚めた。

 枕元のスマートフォンを手に取れば、時刻は3時過ぎ。まだ夜中だ。


 「夢……か」


 ぐしゃぐしゃと、頭を掻く。

 

 何故か最近、よく昔の夢を見る。

 本当に、本当に幼かった頃の記憶。


 近くの公園で、よくキャッチボールをしていた相手のことを思い出す。

 一緒に遊んでいたのは1年ほどで……そして彼は唐突にいなくなった。


 とても、寂しかった。


 未練なのかなんなのか、私は結局高校までソフトをやめなかった。

 我ながらバカだなあと思う。


 そんなことをしていても、彼が戻ってくることなんて、ありはしないのに。


 将人に出会ってからは、流石にもう思い出すことも無いと思っていたのに、幼い頃の感情を伴った記憶というものは、意外にも頭に残るらしい。


 「名前も覚えてないけど……元気かな……」


 彼が、元気でいてくれればそれでいい。


 そんなことを思いながら、私は再び眠りについた。

 


 












 


 大学の夏休みは長い。

 8月は丸々休みになることが多いし、更には9月も後半まで休みなんて相当な長さだと思う。


 私達はそんな長い大学生の夏休みというものに入ろうとしているのだけど。


 「みずほ。夏休みに将人と遊ぶ約束をしたいの」


 大学に設置されたカフェ。そのテラス席でアイスカフェラテをストローで可愛らしく飲んでいる親友に私はそう告げた。


 なんとその夏休みを目の前にして、まだ将人と遊ぶ約束ができてない!

 これは由々しき事態!


 「うん、すれば、いいんじゃないかな……?」


 「そんな簡単に言わないでよ?!」


 なんか最近、みずほの態度がよそよそしい。

 あんなに笑顔で元気いっぱいが取り柄のみずほなのに……。なんかあったの?と聞いても悲しそうな笑みで首を横に振るだけ。


 みずほとの付き合いはそこそこ長いんだけど、こんなのは初めてだ。

 


 「なにして遊びたいの?」


 「なにして…‥‥そうだなあ……」


 頬杖をつく。

 頼んだキャラメルラテは、もう氷が溶けて薄くなった液体だけが下に固まっている。


 「せっかくの夏休みなんだし、海とか行きたくない?」


 「海!いいねえ。私も大好きだよ海」


 お、ちょっと元気そうにしてくれた。

 電車で1時間半くらいかければ海には行くことができるし、悪くないと思う。

 それに……。


 私はちょっと身体をみずほの方に寄せて、小声でこう言った。


 「日帰りじゃなくても……いいよね?」


 「え!?」


 「いやだって、私達大学生だよ?別に泊まりで遊びに行っても、変じゃないよね?」


 我ながら、悪くない案だと思う。

 遠出をすることを言い訳に、泊まりで遊びに行く……。

 旅館では、夏の夜に年の若い男女が二人……何も起こらないはずもなく……。


 「そ、それはよくないと思う!!」


 「ええ?!なんでよ!」


 私が妄想に耽っていると、みずほから反対の声。

 顔を赤くしてるところを見るに、みずほも同じようなことを考えていたのだろう。


 「だ、だってまだ付き合ってないんでしょ?つ、付き合ってないのにそういうことから始まるのは、私は、私は良くないと思います!」


 「良くいうよ!入学当直後はみずほだってヤルことヤっちまいますか!みたいなノリだったくせに!」


 「そ、それは気が逸っていたといいますかなんといいますか……」


 言葉に詰まったみずほが、再びカフェラテのストローに口をつけた。


 でも確かに、いきなり2人で泊まりがけで海に行こうなんて言ったら、流石の将人といえども警戒して断られちゃうかも……?

 うーん、そしたら、そうだなあ……。


 「じゃあみずほも一緒に行こうよ」


 「うぇっ?!」


 ばっ、とストローから口を話して、みずほが驚いた。心無しツインテールも一緒にはねたような気がする。

 相変わらず反応が可愛らしい。


 「2人きりでって言ったら断られそうだし……みずほもいるって言えば将人も安心しそうじゃん?2人も結構打ち解けたみたいだし」


 「え、いや……それは……」


 我ながら名案かもしれない。それで夜のロマンチックなタイミングでみずほにはちょっと悪いけど2人きりの時間作ってもらったりとかして……。


 「みずほも夢って言ってたじゃん。男の子と一緒に海とか遊びに行くっていうの」


 「それは……そうだけど……」


 「よし!そうと決まれば早速今日将人に提案してみる!善は急げって言うしね!」


 「え、ちょ、恋海本気?」


 「本気も本気よ!みずほもちゃんと水着用意しときなよ?」


 「……ま、マジですか……」


 みずほとも遊べるし、将人との関係も進められるし、一石二鳥!

 あとは将人が承諾してくれるかどうかだね!











 

 「ってことで、将人海行こう!」


 「いやどういうことなのか全然わからないが??」


 早速大学に来た将人を海に誘う。

 説明を求めて私の隣にいるみずほに将人が視線をやるけど、みずほも苦笑いしているだけ。


 「泊まりで海行こうよ!大学生の夏休みっぽくない?」


 「海かあ……確かに楽しそうだけど……泊まり、泊まりかあ……」


 うっ。流石に将人でもそこは気になるか……そりゃそうだよね。ちょっとだけなんの警戒もなく承諾してくれることを期待したけど、そうはいかないか。


 でもこっちにはまだ手が残されている!


 「大丈夫!みずほも一緒に来るから!」 


 「それ大丈夫な理由になってるかな??」


 「あはは……」


 申し訳なさそうに笑うみずほ。

 断られたら仕方ない、そしたら日帰りとか、他の場所を提案するまで!

 私はくじけないぞ~!

  

 将人はちょっと顎に手をやって考えた後……。

 

 「いいよ。でも部屋は流石に別々にしてよ?」


 「やったー!もちろんもちろん!よーし!じゃあ日程決めちゃおう!」


 よし!!多分私一人だと断られてたっぽいし、ナイスだみずほ!

 

 「みずほも一緒に決めよ!楽しみだね!」


 「そ、そうだね……」


 今から楽しみで仕方ない。

 今年は楽しい夏休みになりそうだなあ!



 











 その日の帰り。

 みずほは予定があるとかで足早に帰っていって、久しぶりに将人と二人で駅まで歩いている。


 丁度良いし、私は最近みずほの様子が変なことを将人に相談してみようかな。


 「最近みずほがよそよそしくて……将人は、何か知らない?」


 隣を歩いていた将人は少し上を向いて考えた後。


 「え……あーそれは恋海に対してよそよそしい感じってことでいいんだよね?」


 「うん、そうなんだよね~。何か聞いても、なんでもないしか言わないし……」


 あの元気はつらつって感じのみずほがよそよそしいと、こっちまでむずむずする。なにか困っていることがあるなら相談に乗ってあげたいんだけど……。


 「……ごめん、俺のせいかもしれない」


 「え?!なんで?」


 「あーいや……これは悪いことしたかも。俺からみずほに謝っとくよ」


 私によそよそしいのが将人に理由がある……?

 き、気になる……。


 「ち、ちなみにどんな理由かお聞きしても……?」


 「んーちょっと詳しくは言えないんだけど、たまたま俺が秘密にしていることをみずほに知られちゃって、それを誰にも言わないで欲しいって言ったのが重荷になっちゃってるのかも?」


 「えぇ……」


 「考えすぎかもしれないけど、可能性はあるし俺の方から聞いてみるよ」


 みずほだけが、将人の秘密を知ってるってこと?


 ちょっとだけ、胸に痛みが走った。

 私には、言えないことなのだろうか。


 急に、心が寂しくなって。


 「そ、れは……私には、言えないの?」


 つい、言葉がついて出た。

 駅に向かって歩いていた、足が止まる。


 トートバックを握る手に、力が入った。


 私が立ち止まったことに気付いた将人が、困ったような笑みを見せた。


 「なんて言うんだろ……これを言うとさ、嫌われるかもな~って感じだから」


 「嫌いになんてならないよ!」


 「……恋海?」


 「嫌いになんて……幻滅なんて、しないよ……そうやって遠ざけられる方が、辛い、よ……」


 どんなことを言われたって、将人に対して幻滅なんてしない。

 私のこの感情は、そんなに安いものじゃない。


 驚いたり、傷つくことはあるかもしれない。

 わかんないけど。

 けど、それによって将人を嫌いになるとか、そういうことは絶対ないって、言い切れる。


 ぽんぽん、と頭を軽く撫でられた。


 「ありがと……恋海。そうだな、じゃあ聞いてくれる?」


 「うん……もちろん」


 ちょっとだけ、怖くもある。

 どうしよう、もし彼女がいるとかだったら……。


 あれだけ嫌いになんてならないとか言っておいて、ひどい反応をするわけにはいかない。


 私は心の中で覚悟を決めた。



 「実はさ……俺バイトしてるって言ったじゃん?」


 「うん。家庭教師の」


 「いや……もう一個かけもちしてて」


 知らなかった。確かに平日もバイトしてるんだなって思ったことはあったけど。


 将人は言いにくそうに、言葉を続けた。







 「俺さ、ボーイズバーで働いてるんだよね」









 ストン、と、その事実は胸に落ちてきた。

 確かに、驚きはある。けど、将人ならできてしまうかもという妙な納得もある。

 そんなことをやっていて、変な女の人につきまとわれてないか心配にはなるけれど。


 彼女がいるんだとか言われたらどうしようと思っていたのもあって、案外私はその瞬間ショックはそんなに受けなかった。



 



 

 ――けれど、次の瞬間。


 

 そんなことどうでも良くなるくらい。



 私の脳裏に衝撃が走った。





 頭を巡ったのは、あの元気いっぱいな親友との会話。




 『とっても優しかったんだよ?!あんな男の人いるんだって、すっごい嬉しかったの!』



 『私の運命の人が働いている場所がわかったの!なんとね、その人はボーイズバーのボーイさんだったんだよ!』



 『あれが演技とか嘘だったとは思えないんだよなあ……』


 







 それは、一つの可能性。



 将人みたいな人がいるんだな、とあの時は思った。


 けどそれは、違うのかもしれない。


 でも紹介した時は、そんな反応してなかった。

 もしかしたら2人は気付いてない?そんなことってあるの?


 違うと、思いたい。

 そんなはずないって、思いたい。


 けど、直感はこう言っている。









 



 みずほの運命の人は、将人なんじゃないか?と。












 心臓を強く、掴まれたような気がした。






 


 

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