元気っ娘JDは踏み入れる

 

 「お願いっ!!」


 ぱんっ、と私は顔の前で手を合わせた。

 一瞬閉じた目を、うっすらと開ければ、そこには困り顔の親友が一人。


 「流石にそれはみずほの頼みでも無理だってば……」

 

 「え~~!!なんでよ~!!後生でござるよ~~~!」


 「ちょっとやめてっても~」


 大学内の休憩スペースにて。今は授業時間ということもあって大学内は人がいないのではないかと思うほどに静か。

 空きコマで暇な私達はここで暇つぶしをしていて、そこで私は恋海に例のことを打ち明けた。


 運命の人が務めているお店が、おそらくわかったであろうことを。


 「一人で行くの怖いよ恋海~一緒に来てよ~」


 「嫌だってば……私じゃなくて他の友達誘いなよ?!」


 「こんなこと恋海にしか話せないよ~」


 私の運命の人は、おそらくボーイズバーで働いている、なんて。

 接客してるのか、はたまた裏方なのかはわからないけど……制服っぽいの着てたし……。


 だから今日そのお店に行こうと思っているんだけど、やっぱりそういうお店は初めてだし怖い。

 そこで恋海に頼んでみたんだけど……。


 「ついていってあげたい気持ちはあるけど……ほら……なんか、将人に悪いし……」


 「そっかぁ……そうだよね……」


 うーん、そうすると他の友達を頼るかどうかなんだけど……頼み辛いなあ。


 「っていうかさ……大丈夫なの?その人。ボーイだったから優しくしてくれたとか……そういうんじゃないの……?」


 「……」


 私は無言で机の上に突っ伏した。

 恋海の心配は尤も。私も、そうかもと思わなかったわけじゃないから。


 だけど。


 私は思い出す。あの時かけてくれた言葉を。笑顔を。

 あれが――。


 「あれが演技や嘘だったなんて、思えないんだよなあ……」


 「……そっか。ごめん。疑っちゃって」


 「んーん。恋海の言う通りだと思うもん」


 うじうじ悩んでいても仕方ない。

 私はもともと考える頭なんてある方じゃないし。


 行動に移さないとね!


 ガバっと、私は起き上がった。


 「私一人でも行くよ!このままうじうじ悩みたくないもん!」


 「そっか……ごめんね、みずほ」


 「謝らないで!これはもとより、私に与えられた試練なのです……」


 会って何を言うべきかも、そもそも会ってその人だってわかるかもわからない。

 けれど、行動に移さなきゃ、なにも生まれない!


 右手を大きく突き上げた。


 「行くぞ~!!いざ!戦場へ!!」



 

 その突き上げた右手が、ぱしっと誰かに掴まれる。


 おろ?




 「どこに戦いに行くの?みずほ」



 後ろを振り向けば、そこには。



 「ま、まさとおはよ~」


 「ん、おはよ!んで?みずほどこ行くの?戦場ってなんの話?」


 やばばばばばば。

 思わず素早くもう一度振り向いて恋海に助けを求める。


 「な、なんでこっち向くの?!」


 ダメだ!乙女状態の恋海では戦力にならない!

 一人でなんとかせねば!!


 「あ、あ~~~~っと、その昔、軍師諸葛亮公明は曹軍100万に対して火計を弄したといわれており、そのころの気候で風は吹かないとされていたにも関わらず諸葛亮は祈祷によって神風を起こし、これを連環の計で繋ぎ止めて焼き払ったといわれーー」


 「うんうん。赤壁の戦いだね。なんで急に中国の話?」


 「あ~~~~っと。わわわわ、我ら三人!生きた時は違えども死せる時は同じときを誓わん!」


 「なんで桃園の誓い?俺ら持ってるの盃じゃなくてペットボトルだけど」


 苦笑いの恋海と、250mのペットボトルで乾杯!

 くう~っ!優しい親友に乾杯!


 「そんなわけで、私は戦場に向かわねばならないのです!」


 「そ、そうなんだ……なんかよくわかんないけど、頑張れ……?」


 よ、ヨシ。

 なんとか乗り切ったね。ぱーふぇくとこみゅにけーしょん。

 軽快なSEが私の頭で鳴り響いた。


 

 


 

 
























 講義が終わって。

 私達は3人で帰路についた。


 恋海が乗る電車が違うので最初に別れ、まさとと他愛のない話をしながら電車内を過ごす。

 

 隣同士で座っているけれど、やっぱり運命の人のことに集中するようにしてからかは、幾分将人と話している時も自然に話せているような気がする。


 「あれ、そういえば将人っていつも降りる駅から家まで近いの?」

 

 「そーね。近いよ結構。歩いて帰れる距離だし」


 「そっかそっか……じゃあ電車が暴風雨で止まった時は泊めてね!」


 こんな風にふざけた冗談も言えるくらいには。

 

 「いいよ。そん時は連絡してくれ」


 「……いいんかーい!!いやダメでしょ!断りなよそこは!」


 「え、ええ?なんでよ。みずほ帰れなかったら困るでしょ」


 「い、いやそうだけどさあ……もうちょっと、なんか、ないの?男の子だよね?将人」


 「?……そうだけど?」


 あちゃー、ダメだこりゃ。ダメです恋海さん。

 この子の意識改革をしなければなりませんなあ~。


 「あのね、男の子がそんな簡単に女の人を泊めちゃいけません!」


 「なんだよ、そんなこと分かってるって。みずほだからいいよって言ったんじゃん。別に誰でも泊めたりはしないよ」


 ……。

 将人はずるい。平気でそういうことを言ってくる。

 

 確かに、もう将人と仲良くなってからしばらく経つけど……。

 そんなこと言われたら、ワンチャンあるかな、って思っちゃうよ。


 「そ、そーゆーのは恋海に言ってあげな~あの子多分飛んでくるよ」


 「?なんでそこで恋海の話なん?」


 この鈍ちんが!

 

 恋海のことと、運命の人のことが無かったら危なかった。

 いつか電車止まってないのに泊めてほしくて嘘ついちゃうかもしれなかったよ。


 そんなことを話している内に、電車が駅に着く。

 将人と一緒に、私は電車から降りた。


 「……あれ?みずほ乗り換えじゃないの?」


 「あ、あ~!今日はちょっと予定あってさ、買い物して帰るんだよね!」


 「そうなんだ……?じゃ、俺はこっちだから、またね」


 「う、うん!バイバイ!」


 ……怪しまれなかっただろうか。

 改札を出ていく将人を見送って、私は駅の喫茶店に入る。


 アイスカフェオレを1つ頼んで、私は席についた。


 「ふう……さて、と」



 財布から、1枚の名刺を取り出す。

 夜景が映る背景に、ワイングラスが1つ。

 煌びやかな名刺には、ローマ字の筆記体でお店の名前が書かれていて。


 『Festa』……か。


 場所はわかっている。ただ、今は昼過ぎ。

 夜頃まで時間を潰す必要があった。


 「か、アイスカフェオレ1杯で粘ったら怒られるかな……」


 店員さんと周りの目を気にしつつ、私はひっそりとカフェオレのストローに口をつけるのだった。



 













 時刻は、18時半ほどになった。

 時計の針が動き、夜に近づくにつれ私の心臓が早鐘を打つ。

 

 ボーイズバーなんてもちろん初めて。ネットで色々と検索して、マナー、ルールとか、やってはいけないことみたいなのを調べた。

 指名みたいなシステムがあるらしいけど、どうしよう……まさか「大学生の子つけてください」とか言うわけにもいかないよね……?

 

 とりあえず誰でもいいからついてもらって、その人から聞くのがベター?

 でもなんか、ボーイズバーに遊びに行くこと自体に、罪悪感が……。


 そこで、ふと思った。

 

 ――罪悪感。

 いったい私は、誰にこの罪悪感を感じているんだろう。


 運命の人?

 それとも――。




 ぶんぶんと、私はかぶりを振った。

 今は、余計なことは考えない。


 この気持ちに踏ん切りをつけるために、今日はここに来たのだから。


 随分前に飲み終わったカフェオレの容器を返却口に返して、喫茶店を出る。

 街はもう暗くなりだしていて、人の往来もさっきに比べてだいぶ増えたように思う。


 「この先を曲がったとこ……か」


 スマホのナビを頼りに、お店へと進む。

 角を曲がれば、お店の看板が目に入った。

 『Festa』……あれだ。


 「すーーっ……ふぅーー」


 大きく、深呼吸。

 これは、私欲のためではなく……ん?でも運命の人に会いたいって話だから結局私欲?

 まあいいや!


 ドアの前には誰もいない。

 恐る恐る、私はその扉を開いた。


 大丈夫!お、お金もそこそこ降ろしてきたし!今日だけ!今日だけだから!


 店内に足を踏み入れる。

 煌びやかな外装と同じように、内装もギラギラしているのかと思ったがそうでもなく、店の中は落ち着いた雰囲気だった。

 ただ、やっぱりそれでも夜をイメージしたお店なのか、薄暗い中でほんのりと点いている照明が、大人な空間を演出している。


 思わず私が立ち尽くしていると、お店の人がこちらに気付いて近づいてきた。


 


 

 

 「いらっしゃいませお嬢……さ……ま」


 「え……?」






 

 


 

 上品なドレススーツ。深い紺のスタイルに、黒のベスト。

 胸には純白のポケットチーフがアクセントとして効いている。


 髪は黒の緩いパーマ。


 この髪型を、私は最近普段から良く見ている。






 「まさ、と……?」


 私を悩ませる男の子……片里将人が。


 カッコ良い服に身を通してそこに立っていた。









 

 将人にボーイズバーに来たことがバレた。


 将人がボーイズバーで働いていた。


 

 2つの事実が、ぐるぐると私の頭が回る。


 思考がまとまらない。

 立ったまんま、何秒経っただろう?




  

 「……っ!」


 私は思わず、踵を返した。

 

 なんで?なんでこんなに苦しいの?


 将人にボーイズバーに来たことがバレて、その将人は実はボーイズバーで働いていて。

 どうしてこんなに感情がかき乱されるの?

 いつも通り笑って、陽気に、「遊びに来ちゃった!」って、言えばいいだけなのに。「将人こんなところで働いてるの?!」って、言えばいいだけなのに。



 誤解されたくなかった。

 それと同時に、ここで将人が働いているという事実に傷ついている自分もいて。

 

 もう、わけがわからない。

 

 ぐちゃぐちゃだ。


 「待って!みずほ!!」


 帰ろうとした左手を取られる。


 振り返りたくない。

 今はきっとひどい顔をしているから。


 

 「みずほ、待って……一回……一回話そう?」


 






















 煌びやかな店内の一角。

 

 私と将人は丸い机を囲んで2人で座っていた。


 「え~っと……将人の恩人の人?がここのオーナーをやってて、恩返しも込みで働いている……ってこと?」


 「そう、だね。けどまあ、なんだろ、別に強制はされてないし、俺もいいかなって好奇心だったっていうか……そんな、感じです」


 「そ……っか」


 将人が用意してくれたオレンジジュースのストローを、軽く1回回した。

 氷がカラン、という乾いた音をたてる。


 「週1回だけだけどね。ここで働いているから、大学行けてるっていうか……まあ、そんな感じかな」


 「そう、なんだ……全然知らなかった」


 仲良くなったつもりで、将人のこと全然知らなかった。

 そんな事情があったなんて。


 でも、何故かちょっと安心している自分もいて。


 「みずほは?どうしてここに?」


 「えっとね……」


 私は、ぽつりぽつりと話し出した。

 運命の人が、ここで働いているであろうこと。

 その情報が欲しくて、この場所に来たこと。


 話している内に、ついつい熱が入る。

 なんでだろう。


 話しながら、やっぱりこの人に誤解されたくないと思っている自分がいる。


 「そっか……でもオールバックで大学生なんて人、うちにはいないと思うケドなあ……」


 「そ、そうなんだ……うーん、やっぱり違うのかな」


 「わかんないけど、俺は金曜日しか基本いないからさ、他の人なら何か知ってるかもしれない。だから、協力するよ」


 「え、ホント?」


 「うん、その代わりといってはなんだけど……」


 将人が、きょろきょろと周りを見渡してから、ずい、と身体をこちらに寄せてくる。


 いつもと雰囲気が違くて、思わずドキドキしてしまう。ただでさえカッコ良いのに、カッコ良い衣装まで着られたらドキドキするなっていう方が無理な話。

 ちょっと大人な雰囲気の将人に、くらくらしてきた……。


 「このこと、恋海には秘密にしてくれない?」


 「え……?」


 「恋海心配性だからさ、俺がこんな仕事してるって知ったらすごい怒りそうじゃん……?恋海怒ると怖いんだよ~みずほならわかるでしょ?」


 確かに、恋海は将人関連のことになると視野が狭まる印象はある。

 け、けど恋海に秘密にするのはちょっと……というかかなり後ろめたいような……。



 「お願い!ちゃんと運命の人探し、手伝うからさ」


 「……」


 将人の姿を、上から下まで見た。

 本当に、カッコ良くて、優しくて……素敵な男の子。

 

 

 恋海の、想い人。

 恋海は私の事を信頼して、紹介してくれたのに。



 

 なのに、私と、将人だけの、秘密……?



 瞬間、背筋がゾクりと震えた。



 ダメだ。

 これは、癖になっちゃいけないタイプの……。






 「……いい、よ」



 勝手に、口が動いた。




 「ほんと!?良かった……!大学の安寧が保たれた!ありがとうみずほ!」



 笑顔で手を握られる。

 心臓の鼓動が、止まらない。



 ダメなのに。


 こんなこと、絶対にダメなのに。


 今の将人を見て私すごくドキドキしてる。




 自分のものじゃないみたいに動く心臓の鼓動が、うるさかった。









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