ツンデレ系OLが泣いている
恋海と受けた授業が終わって。
今日はバーのバイトの曜日である金曜日ではない。
普段なら帰る前にちょっとバスケしたり、どこかで時間を潰してから帰るのだが、藍香さんから『ごめん今日一人欠員出ちゃって緊急で入れない?』と連絡を受けて、バイト先へ。
バイト入れるならそれに越したことはないからね!お金欲しい。奨学金も返さなあかんし。
今日は水曜日なのできっと常連の星良さんも来ないだろうし、おそらくは受付とかお酒作ったりとか裏方の仕事だろう。
接客をしないのであれば服も裏方用の制服で良いだろうし、それであればなんの問題もない。
「お疲れ様です~」
時刻は18時過ぎ。
既にバーは開店しており、休憩室には1人しかいない。鏡と向き合ってヘアセットしている先輩が、俺に気付いた。
「お~!まさと久しぶりやん!今日はありがとな。そーいやなんか常連できたって聞いたぞ~?やるじゃん」
「ゆーすけさんお疲れ様です。あはは……たまたまっすよマジで……」
「お前は俺らとはタイプ違うけど絶対人気出ると思うんだけどな~藍香さんが金曜日固定って言っちゃったから仕方ねえけど!」
ゆーすけ先輩は俺が入りたての時に色々手伝ってくれた先輩で……このお店の中で、一番考え方が前の世界に近い気がする。チャラいけど。
女性に対しての考え方も全然傲慢じゃないし、性格良いし……とても尊敬している先輩だ。
何故か右腕に、軽く包帯を巻いている。
「……あれ、その怪我どうしたんすか?」
「あ~、これ?いやこの前これ彼女にやられちまってさ……お前も気をつけろよHAHA」
女性好き過ぎてこの仕事やっててさらに恋愛方面でとんでもない武勇伝をいくつも持つこと以外は、だが……。
「そーいや思ってたんだけどさ、ちょっとまさとこっち来いよ」
「え?なんすか?」
ゆーすけさんに手招きされて、俺は椅子に座らされる。
先ほどまで使っていたワックスを、ゆーすけさんが手に取った。
「まさと絶対オールバック似合うと思うんだよね。今日だけちょっと騙されたと思って俺にヘアセットされてみない?」
「え~……」
「いいじゃんいいじゃん!美容師の学校行ってる俺が言うんだぜ?任せろって」
まあ、今日は星良さん来る日じゃないしいっか。
毎週会ってる星良さんが俺の似合わないオールバックなんて見たら『え……まさとくん流石にそれはないわ~』とか言われてもおかしくない。
流石にせっかく指名までしてくれてるお客さんにそれを言われるのはダメージがでかい。
「今日だけっすよ?」
「よっしゃ任せな~?」
鞄からジェルタイプのワックスとヘアアイロンを取り出すゆーすけさん。
あんま似合わないと思うけどなあ~……。
「まさと!3番テーブルさんジンハイ2」
「はい!」
わかってはいたけれど、水曜日でも、そこそこ忙しい。
毎日来る猛者のお客さんもいるくらいだ。
注文通りにお酒を作って、テーブルへ。
「お待たせしました……」
「私の男になって!」
「え~もう冗談やめてよ~」
……うん。まあ俺のことなんか見えてないみたいだな。
その方が助かる。
グラスを下げて、俺はひっこむ。
このくらいのことは日常茶飯事だ。
洗い場でグラスを洗っていると。
「まさと!悪いんだけどさ、駅前のドラッグストアでトイレットペーパー買ってきてくんね?!なんか無くなっちゃったっぽくて!」
忙しいようで顔だけ洗い場に出したゆーすけさんが、焦った様子で俺に買い物を頼む。
トイレットペーパーが無くなるのはまずいな。昨日は閉めの時トイレのチェックちゃんとしなかったのだろうか。
「承知しました!行ってきます!」
「悪いな!今みんな接客入っちゃっててよ……カードそこにあるから!領収書もらってきて!」
「はい!」
手を拭いて、俺は店を出る。
このヘアスタイルと恰好で外出るのちょっと恥ずかしいけど、まあええやろ。
あたりはもう暗い。
仕事帰りのOLや学生でごった返す駅前。
そんなに大きな都会の駅ほどではないにせよ、人とぶつからずに歩くに気をつけなきゃいけない程度には人が多かった。
「早いとこ買って戻らんと……」
そんな大混雑の中でこんな格好で好きで歩くほど俺は狂ってない。
早い事買い物を終えて店に戻ることにしよう。
そう思っていたのだが。
「すみません……!コンタクト落としちゃったんです……!ごめんなさい……!」
泣きながらしゃがんで、右往左往する女の子。
コンタクトを落とした……彼女が泣いていたからコンタクトが取れてしまったのか、それとも他の要因かはわからないが……。
それでも全く意に介することなく過ぎ去っていく周りの人達を見て……。
俺は無視するという選択肢を取れなかった。
「大丈夫ですか?コンタクトですよね。一緒に探します」
「え……?……すみません、ありがとう、ございます」
コンタクト片目取れている状態で、彼女の視力が元々いくつあるのかはわからないけれど、そんな状況で探すのは困難を極めるはずだ。
俺は幸い視力は良い方なので……彼女よりも早く、コンタクトを探し出せるはず。
「すみません!ちょっとコンタクト探してますので!」
俺も一声周りにかけて、地面を這いつくばる。
この程度なんてことない。今日は幸いお店の制服だし、洗えばなんとかなる。
探し始めて1分ほど。
割と早めに、俺は地面に光る小さなコンタクトレンズを発見。
「あった……!ありましたよ!」
「……!」
俺はそれを丁寧に拾うと、ポケットからハンカチを出して、その上にコンタクトを乗せる。
彼女の元へと歩み寄った。
「はい。気を付けてね」
「ありがとう……ございます」
「あ、このハンカチは別に返さなくていいから。じゃ!」
「……え、あ、あのちょっと待ってください!!」
……え~このまま颯爽と立ち去ったら俺珍しく結構カッコ良くなかった?
女の子の方に、もう一度振り向く。
……。
間。
……???あれ、俺呼び止められたよね?
「……えっと……ごめん、俺急いでるから!」
「……ぁ」
心苦しいが、ここはミッション優先。
まあ、彼女ももう目も見えるようだし、大丈夫だろう!うんうん!良い事した後は気持ちが良いね!
さくっとトイレットペーパーを購入し、店へと戻る。
「戻りました~」
「お~!遅かったやん、混んでた?」
「そっすねえ……ちょっと混んでました!」
さっそくトイレに向かい、トイレットペーパーを補充。
ついでにトイレの清掃を済ませてチェック欄に自分の名前を書き込もうとして……。
「あれ?俺ボールペンどこいった?」
先週まであったはずなのだが、胸ポケットに差しておいたボールペンが無い。
ま、いっか。ボールペンくらい新しいのあるやろ。
俺は大して考えもせず……裏から新しいボールペンを借りることに。
すると。
「おいまさと!お前すぐ着替えてこい!」
「……え?」
「指名だよ指名!なんかお前の常連の子?来てて、お前指名してるんだって」
……俺金曜日しか基本いないって言ったのに?あ。あれか。一応俺指名して、いないってわかったら他のボーイ頼むつもりだったのかな?
「わ、わかりました~!」
「俺が席案内しとくから!2番テーブルな!」
「はい~!」
ロッカーに制服をぶち込んで、俺は接客用のスーツへと着替えるのだった。
某アイドルグループもびっくりの早着替えをすませて……俺はグラスを持って2番テーブルへと向かっていた。
そこには、相も変わらずガッチガチに固まったスーツ姿の女性が一人。
「星良さん、こんばんは。また来てくれたんですね」
「……ええ」
あれ?元気ない?心無しかポニーテールも力なく垂れ下がっているようにみえるし、頬もやつれているように見える……それでも美人だけど。
仕事で疲れたんかな。となると、俺の役目はそういう時に元気づけることやと思うし、今日は頑張らなきゃな……。
「でも驚きました。星良さん金曜日しか来てないって言ってたので」
「……外で、このお店に入っていくあなたが見えたから……」
「あ、なるほど!ちょっと買い物してたんです!今日は接客予定なかったので制服で!恥ずかしいんすよね意外と……」
いつもなら俺が話している時はこっちを見たり目を逸らしたりで忙しい人なのだが、今日は俯いたまま。
ありゃりゃ、こりゃ相当元気ない。
「……いいんですよ。ここでは何も隠さず、言いたいこと言ってくれて。俺は星良さんに何があったのかわからないすけど……いつもみたいに、星良さんの話聞くのは……結構好きなんです」
「……ッ!」
星良さんが、膝の上に置いた手をグッと握った。
相当悲しいことがあったのかな……。
「ごめん……なさい……」
「……え?」
その手の甲に、ぽたぽたと何かが落ちていることに気付く。
星良さんは、泣いていた。
「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……!私……!」
その様子が、なんか見ている俺も辛くて……。
気付いたら、その背中に手を伸ばしていた。
ゆっくりと、背中をさする。
「大丈夫です。なにがあったのか……俺にはわからないですけど……星良さんはきっと悪くないです。良い人っすもん。星良さん」
我ながら空虚な言葉だなあと思う。
まだ知り合ってたった1ヶ月ちょっとで。会えるのは週に1回程度で。
大半がお酒に酔って会社や元カレへの悪口を言って鬱憤を晴らすようなことを言っている彼女。
それでも。一緒にここで過ごした時間のそんなありのままの彼女の姿も、俺は嫌いにはなれなかった。
口をついて出る言葉は攻撃的でも、芯は優しい人なのだ。
だから空虚な言葉でも、もしそれが彼女の助けになるのなら。
俺は力を貸してあげたいな、と強く思ってしまったのだ。
そのままにしていると、星良さんが俺の方に身体を寄せてくる。肩と肩が、くっついた。
おうふ。これは見つかったらちょっとまずいか……?まあ、これくらいなら言い訳きくだろ。きっと。
そもそも、こんな状況で俺は今の星良さんを無下にはできない。
「大丈夫です。星良さん。星良さんが優しい人なの、俺は知ってるんですから」
「……ごめん……ね……!私……最低な女だ……!」
星良さんの背中をさすりながら、俺は少しだけ疑問に思った。
俺が優しくするたび。こうして距離が近づくたび。
何故か星良さんは、更に涙を流しているような気がしたから。
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