幼馴染系JDは心配する


 

 

 大学の学食というのは、基本的にお昼休みに入ってから行くと席がとれないことが多い。

 生徒数よりも圧倒的に席が少ないのが主な理由で、席が取れないとわかっているからか、授業が終わると大学の外に出ていく学生も少なくない。

 しかしやっぱり学食は安いし、ウチの学食は味も悪くないので、できることなら学食でお昼を済ませたいのが学生の本音。



 「恋海~!やはやは~!」


 だからこうして、先に学食の席を取っておいてくれるのは大学生活においてとてもありがたいことで。

 

 腕を元気にブンブンと振り回すみずほの元に、私はランチセットのトレーを持ちながら慎重に人の合間を縫ってたどり着いた。


 「みずほありがとう!今日も元気ね~」


 「んふふ。ま~ね!食べよ食べよ~!」


 「ってかみずほ昼からカツ丼って……重くないの?」


 みずほは、私が知ってる友達の中で一番の元気印。

 高校の時からいっつも明るいし、はしゃいでるしで、何度この無邪気な明るさに救われたかわからない。

 男を捕まえようとして玉砕するのが日常と化してるが……なんでこんなに可愛いのに彼氏できないんだろ。


 トレードマークのツインテールと、ぱっちりとしたスカイブルーの瞳。

 線が細く、身長も私より小さくて、いわゆる可愛い系。


 オーバーサイズのTシャツに、薄いデニムジャケット。

 黒のショートパンツからは彼女の細く綺麗な脚がすらっと伸びている。


 その人懐っこい笑みは、女の私でもちょっとドキっとすることがあるほどなのに。


 

 「へっへ~ん!今日は超大事な日だからカツ丼!勝つためにね!」


 「なんの勝負……?」


 「それはもちろん……恋の勝負なのだ!!」


 恋に恋してる感じがあるのが……マイナスなのかな?

 私は思わず苦笑い。


 「告白でもするの?」


 「そうです!!いやー今回は勝率高目だと思うんだよね!結構お話してるし!!」


 「あ、もしかしてバドサーのけいとさん?」


 「そーそー!なんかサークルの時良く目合う気がするし、これは間違いない!と思ってね!」


 「いやハードル低くない……?」


 それアイドルのライブ行って最前列付近にいた人が良く言うセリフだけど……。


 「あ~!恋海最近自分が絶好調だからってバカにしたな?!」


 「ぜっ……絶好調なんかじゃ、ないよ~」


 「あ~!ニヤけてる!ずるいずるい!」


 みずほには悪いケド、確かに私は将人とだいぶ調子が良い。

 この前もデートいったしね……♪

 ちょっと家庭教師やってるとか寝耳に水すぎて焦ったけど、家庭教師以外では会ったこと無いって言ってたし、大丈夫なはず……。


 そんなことを考えていると、ポン、と肩に手が置かれた。


 「ま~待っていたまえよ……私がGETした暁には、ダブルデートと洒落こもうぜ……」


 「いやあんたそれ死亡フラグだからやめなって……」


 本当に、みずほは高校の時から性格が全然変わってない。

 陽気で、クラスの中心にいて、皆を盛り上げて。


 そんなみずほだからこそ、私も幸せになって欲しいなって心から思う。


 カツ丼を食べ終えたみずほが、両手を合わせた。


 

 「ごちそうさまでした……それでは!私は部室に行ってまいりますので、吉報を待たれよ!」


 「ええ?!今から?!だいぶ急じゃない?」


 「善は急げ!いつだって運命は待ってくれるわけじゃないのよ、お嬢ちゃん……」


 ちっちっちと。

 可愛らしい動作で細い人差し指を振ったみずほが、席を立つ。


 るんるん気分で出ていった彼女の姿が見えなくなるまで、目で追って。

 


 「大丈夫かなあ……」


 パスタを一口頬張りながら、みずほの告白の成功確率をなんとなく考える。

 けいとさん。バドサークルの先輩で、確かに人当たりは良い。けどなんか裏がありそうで、私はちょっと嫌だなと思っていた。


 あからさまに一部の先輩女子としか一緒にいないし……。


 腕時計を見る。

 3限開始まではもう少し時間があった。


 「部室棟の方寄ってから行こっかな……」


 3限は将人と同じ授業。席をとっておいてあげたいのはやまやまだが、みずほの告白も気になる。

 成功したらしたで、お祝いしてあげないとね。


 食べ終わった私は手早く将人に連絡だけ入れて、部室棟の方へと向かうのだった。
























 部室棟。

 3限が終わったあたりからは賑わうこの辺りは、今はまだ人が少ない。

 講義が行われる棟と若干離れていることもあり、授業の合間にこっちに来るのはそれこそ空きコマがある人くらいだ。


 「……いない、か」

 

 とりあえずバドサーの部室を見に行ったが、みずほの姿はない。

 もしかしたら、もう終わったのかもしれないし、そもそも告白が中止になった可能性もある。


 「教室行くかぁ」


 特にみずほから連絡はないし……てももし仮に成功していたら、とんでもない勢いで連絡が来そうなものだが。








 「は?付き合ってくださいって本気で言ってる?w」









 声が、聞こえた。


 嫌な予感がして、私は声の方へと向かう。

 

 (……!)


 物陰に、身を隠した。

 部室棟の最奥。非常階段の前に、2人の男女。


 こちらから表情の見えない後ろ姿は、トレードマークの低い位置のツインテール。



 (みずほだ……)



 見間違えるはずもない。親友の姿。




 「付き合ってください?……え?マジで言ってるの?ww俺はさつきから1年にもたまには声かけてあげてって言われたから仕方なく声かけてただけだよ?wwそんなんで勘違いしちゃったの?……流石にキモイんだけど」


 「……ごめん、なさい」



 ……は?

 私は急激に自分の体温が下がっていくのがわかった。



 「まあそういうワケだからサ……2度とこういうことしてくんのやめてね?wマジでキモいし時間の無駄。あとこれ他の女子に言っても許さないから。どっちがどういう立場かくらいは、わきまえてね?じゃ」


 


 許せない。

 許せない許せない許せない許せない許せない。


 あんなゴミが、みずほの心を傷つけたという事実が許せない。


 ――しまった。録音でもしておけばよかった。

 そうすれば、あいつの本性を暴いて、晒し上げることができたというのに――。




 「盗み聞きとはおぬしも悪よのう?」


 「……!……みずほ……ごめん」


 

 気付けば、みずほが私の隠れていた物陰まで戻ってきていた。


 「いーのいーの!心配して来てくれたんでしょ?恋海殿のやさしさに、拙者涙涙でござるよ~!」


 「みずほ……」


 わかっている。長い付き合いだから知っているし、長い付き合いじゃなくたって、こんなの、誰だってわかる。

 今のみずほは、空元気だ。


 「いや~!イケると思ったんだけどなあ!ものの見事に、バッサリ!ぐわああああ私のHPはもうゼロよ~~ヨヨヨ」


 「……」


 刀で切られた物まねをして、みずほはペロ、と舌を出した。

 

 「なかなかうまく行きませんなあ!恋海殿、ダブルデートは、もうちょい待ってて☆」


 「うん……みずほなら、あんな奴より絶対良い人見つかるから」


 わかってる。こんな空虚な言葉じゃ、みずほの心を癒すことはできないって。

 安い励ましだって、分かってる。

 みずほだって、分かってるはずなのに。


 「うおおおお!やる気出てきたあ!!やったるぞ~!……だから恋海は、今の彼大事にするんだヨ?」


 「うん……」


 なんでだろう。私の方が泣きたくなってきた。

 どうしてみずほがこんな目に遭わなきゃいけないの?

 こんなに可愛くて、健気で、誰にだって優しいみずほが……。



 「ね。3限彼と一緒でしょ?もう行った行った!」


 「え……でもみずほは……」


 「拙者、少々夜風に当たりたいでござる~!彼待たせちゃダメだよ!早く行った行った!」


 「……みずほ」


 しっしっと。

 軽く手でジェスチャーするみずほ。


 いくつもの言葉が喉から出かかって……私は全部飲み込んだ。


 今どんな声をかけたって、逆効果になるかもしれないと思ったから。

 今は、一人にしてあげた方が良い。




 私は、教室棟へ向かった。みずほの方へは振り向かない。


 背中に感じるみずほの気配が、いつもの何倍も弱弱しかったから。










 

 














 講義開始のチャイムが鳴って、その瞬間に私は教室へと滑り込んだ。


 (あぶな~!)


 出席のカードリーダーをかざして、教室を見渡す。

 奥の方の後ろで、一人の男子がこちらに手を振っている。


 (あ、好き)


 溢れ出した衝動を感じて……そして先ほどまでのみずほの一件を思い出して心が痛んだ。

 あいつ絶対に許さない。

 

 「ごめんありがとう席取ってくれて……!」


 「いいよいいよ。こういうのは助け合いっしょ?いっつも席取ってもらってるしなあ」


 あーーーカッコよ可愛すぎる。

 この世の全ての良い要素を詰め込んだ人。神。


 だからこそ、さっきのゴミを思い出して、反吐が出た。黒い感情が再び私の中で渦巻く。


 みずほを……よくも……許せない。



 「……なんかあったん?暗い顔だけど」


 「……実はね」


 細かい表情を見抜いて気遣ってくれる。本当に将人は良い人だ。


 私は事の顛末を話した。

 私に親友がいることは知っているから、その親友がどんな目に遭ったのか。


 どれだけ私がその先輩を、許せないか。


 思わず声が大きくなりそうになるのを、必死で堪えながら。



 

 


 


 「……ひっでえな……なんだそれ」


 「……だよね」


 いくらなんでも、ひどすぎる。

 男は確かに不遜で傲慢な人も多いが、今回のは特別酷い。

 あそこまで酷い言い草を聞いたのは、初めてだ。


 将人もかなり暗い表情になっている。


 「許せねえな……どんなことされたか他の先輩とかに言っちゃってもよさそう……ってのは、俺が甘い考えなのかもだけど」


 「……みずほがね、優しすぎる性格だから、多分良く思わないと思う。個人的にはめちゃくちゃ言いつけてやりたいよ私だって」


 あの先輩は、女子人気が高い。

 みんな本性を知らないのだ。


 だからもし仮にこれを言いつけたとしても、旗色が悪いのは明らかにこっち。


 それがわかっているから、私も悔しい。


 「……なんだろ、そいつが許せないのは確かだけどさ……もうこうなったらさ」


 しばらく思い詰めていた将人が明るく振り向いた。

 

 「そいつより幸せになるしかないよね。ざまあみろって。お前なんかよりも良い相手見つけて、私は幸せですって見せつけてやるのが、一番の仕返しになるなんじゃないかな」


 

 ……ほんと、私の好きな人は性格が良すぎる。


 「そう……だね。みずほには、幸せになってほしい」


 私は心の底からそう思うのだった。






















 5限が終わって。

 今日は水曜日。あわよくば私は今日も将人とデートできないかな~なんて思っていたのだが。


 「ごめん!なんか急に呼び出されて、帰らなくちゃいけなくなった!!すまん!!」


 と言って勢いよく大学を飛び出していく将人を止めることはできなかった。

 呼び出されたって誰に?!って聞いたら、「親みたいな人!」って言われたから仕方ない。明日も会えるしね。


 将人を見送って、スマホを開く。

 みずほから連絡は、あれ以降返ってきていない。

 電話もかけたが、繋がらない。


 

 「……大丈夫かな……」


 

 いくら玉砕がいつものことと化した親友であっても、今回のことはこたえたと思う。

 隣で見ていていっつも思うのだが、みずほはきっと、恋に恋してるだけであって『相手』には恋していないようにみえる。


 そんなみずほが、いつか心の底から恋ができる相手が見つかればな……。

 それこそ、私にとっての将人のような。


 「明日、パフェでも奢ってあげようかな」


 大の甘党であるみずほのことを思って、私も帰路についた。




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