文学少女JKはお淑やか



 この世界に来てから、2ヶ月が経った。


 いきなり来た時はどうなるかと思ったけど、意外とどうにかなるもんだな。

 まあ、そもそも貞操観念がちょっとおかしいってだけで、他はなにも変わらないわけだし、当然っちゃ当然か。

 

 これが異世界フッ飛ばされて、あなたは勇者ですとか言われたらキツかったけど、一般人の俺でなにも問題ないくらいには優しい世界である。

 

 「ふわあ~……ねっむ……」


 今日は土曜日で授業はない。

 土曜にとれる講義もあるにはあったらしいが、恋海も入れてないって言ってたし、俺も休日は休みたい派の人間だ。

 

 壁にかけてある時計を見る。時刻は10時半。

 昨日夜中まで働いたことを考えれば、よく起きた方だろう。


 「今日は確か……15時からか……うーん、とりあえず昼飯でも作るかな……」


 今日は15時から予定がある。

 寝ぼけまなこをこすって、のそのそと俺はベッドから出た。


 その際に枕元のスマートフォンを拾い上げると、何やら通知が。



 《恋海》『なにそれめっちゃ面白いじゃんw』


 《恋海》『んで結局将人はなんのバイトしてんのさ~』


 

 「……なんの話してたっけ……」


 恋海は連絡先を交換してから、こうしてメッセージを日に2,3回送ってくる。

 まあ、それくらいは前の世界でもよくあったコミュニケーションだし、俺も楽しいしで応じているのだが。


 「流石にバーの方は言えないよなあ……」


 恋海の誘いを断ってしまった手前、金曜日の夜にバイトをしていることはバレている。

 しかしここでバカ正直に『ボーイズバーで働いてるんすわww』なんて言った日には、『え……キモ……』とか『その地味な感じで……?』とか言われるのがオチだ。俺もそこまでバカじゃない。


 しかし、俺には次なる手を思い付いた。


 「そうだ!こっちなら大丈夫やろ」


 素早くスマホ画面をフリップする。



 《片里将人》『いやーそれがさ、実は家庭教師やってんだよね』



 

 ヨシ。これなら問題ないな。


 そう、俺は家庭教師もやっているのだ。

 土曜日の15時から。

 こっちの方を言っておけば、なにも問題はないだろう。普通のバイトだ。


 スマホを閉じて、キッチンへと向かう。

 確かまだ卵が2個と、ベーコンがあったはず……テキトーにチャーハンでも作るかあ~。

 チャーハンは男の一人暮らしの最強料理やからな。


 

 ピロン。


 ピロン。



 ……?

 炊飯器の残りのご飯を確認していたら、スマホが鳴っている。

 おかしいな、恋海はメッセージ送ってからだいたい3、4時間は返事が返ってこないはずだし、他に連絡くれるような友達なんていたっけ?


 スマホを取りに行くと、そこには再び《恋海》の文字。

 

 ……返信早過ぎね?



 《恋海》『か、家庭教師?』


 《恋海》『まさかとは思うけど、女の子に教えてたり、とか?』


 

 ……?なにか問題があるんだろうか。

 確かに恋海の懸念通り、相手は女の子だけれど。



 《将人》『そうだよ?高校生』



 簡潔に返して、また作業に戻る。

 そんなに驚くようなことだろうか?大学生で家庭教師とか塾講師やる奴くらいけっこういそうなもんだけどな……。


 炊飯器からしゃもじをつかって米をよそいだした、その時。


 


 ブーッ、ブーッ、ブーッ。




 机の上のマナーモード設定のスマホが、振動している。

 あれはメッセージの通知ではない。

 電話だ。


 ここからでも分かる。画面には、《恋海》の文字。



 ……え?怖いマヨ。




















 14時過ぎ。

 俺は家を出て、家庭教師先へと向かっていた。

 

 「いやはやマージで恋海のスイッチはどこで起動するかわからんなあ……」


 あの後、電話に出た俺は、恋海の声の抑揚のなさに震えていた。

 

 基本恋海は小悪魔可愛い感じで一緒に講義とか受けてるとただただ眼福なんだけど、急にスイッチ入ると怖くなるんよね。

 気を付けようと思おうにもどこがスイッチなのかわからんから気を付けようがない。


 結局、今日の電話は、俺が事情を説明する形でなんとか機嫌を戻してくれた。

 ちゃんと月曜日出かける時説明するから~って言ったらしぶしぶ納得してくれたらしい。良かった。




 自転車を駐輪場に止めて、駅から電車に乗る。

 家庭教師先は、電車で5駅ほどだ。




 家庭教師を始めた発端は、1ヶ月ほど前まで遡る。


 まだ俺の収入源がバーだけで、そのバーもまだ当時は星良さんが固定客って決まったわけじゃなかったし、(なんか今はすごい星良さんが払ってくれてるみたいでちょっとだけ贅沢できるようになったが)少し稼ぎが足りないかな~と思っていた。


 最初バーの仕事を覚えるために働いていた時は金曜日以外もバリバリシフト入っていたから、それでもいいかなと思ったのだけど、藍香さんに、『こういう仕事をやりすぎるのは良くない』と言われたこともあって俺は金曜日だけ固定になった。



 生活費は藍香さんが相当負担してくれているのだが、それも申し訳ないし藍香さんに相談したところ、藍香さんがすげえ楽しそうな顔で「あ、じゃあ将人頭良いんだし、ちょっと頼まれて欲しいんだけど」と言われて振られたのが、この家庭教師だったのだ。


 なにやら藍香さんの仕事のつて?で知り合った女性の娘さんが俺の大学を目指しているらしく。

 その勉強の手助けをして欲しいとのことだった。


 そんなこんなで、1ヶ月ほど前からとある女子高生の家庭教師をしている。


 ちなみにこの前「家庭教師代口座入れといたから~」と藍香さんに言われて確認したら、信じられない額が入っていた。なんで?


 学生の家庭教師代でこの金額はおかしくない?と思ったのだが、藍香さんはにやにやと笑うだけ。

 まあ……さしずめ藍香さんが上乗せしてくれて俺が生活しやすいようにしてくれてるのかもしれないが……。


 やっぱり藍香さんには頭が上がらない。



 

 「さて」


 電車を降りて、駅から歩いてしばらく。

 家庭教師先の家へとついた。

 立派な門がついていて、庭を少し歩いた先に、玄関。

 見るからに、良いところの家って感じだ。


 10分前だけど、まあ良いだろう。

 インターホンを押す。


 「すみません、片里です。汐里さんの家庭教師で来ました~」


 『は~い!』


 元気そうな声が聞こえてきて、ガチャン、と門のロックが解除された音。

 前も思ったけど、設備えぐう~。


 玄関を開けると、そこには家庭教師をしている篠宮汐里ちゃんのお母さんが。


 「将人くんこんにちは!ありがとうね~!汐里ならもう2階の部屋にいると思うから、よろしくね!」


 「はい。精一杯務めさせていただきますね」


 靴を脱いで、家に上がらせてもらう。

 靴を揃えるのも忘れないようにしないとな。


 

 階段を上がって、汐里ちゃんの部屋へ。

 トントン、と2回ほどノックした。


 「汐里ちゃん?片里です。入っていいかな?」


 「は、はい。大丈夫です」


 透き通ったソプラノボイス。汐里ちゃんは本当に透き通った綺麗な声をしている。


 ドアを開ければ、そこには長い艶やかな黒髪を、水色のリボンでハーフアップにまとめたスレンダーな少女が椅子に腰かけていた。

 うーん本当にお淑やかって言葉が似合う素敵な子だ。


 

 「こんにちは、汐里ちゃん」


 「はい、こんにちは」


 ……そういえば、今日は制服姿じゃないな。

 今までは制服姿で授業をしてたのだが、なにか理由があるのだろうか。


 「あれ、今日は制服じゃないんだね」


 「そ、そうなんですよね。考えてみれば、せっかくのお休みに制服というのも変な話だなあって思いまして……」


 椅子を少しだけ回転させて、こちら側を向いてくれる汐里ちゃん。


 うんうん。黒の半袖の上からベージュのダブリエ……いわゆるワンピースのようにそのままスカートまでつながっているタイプのオーバーオールが、彼女のお淑やかな内面とマッチしていてとても似合っている。


 「へえ~いいね、とっても似合ってるよ。制服姿しか見たこと無かったから、新鮮かも」


 「……ふふふ……ありがとうございます。将人さんの私服も、カッコ良いです」


 「お世辞言っても宿題は減らんぞ~?」

 


 俺も鞄を置いて、教材を出す。

 

 今では想像もつかないが、汐里ちゃんと初めて会った時は、眼鏡で、三つ編みだった。

 それがどういった心境の変化かはわからないが、次来た時にはもうこの髪型で、コンタクトに変えていた。


 まあ、最初来た時どうやらお母さんが家庭教師が男であるというのを伏せていたっぽいので、焦ったのだろう。

 人の悪いお母さんだ……。


 「さて……始めようか、と思ったけど、まだ5分前だね」


 「そう、ですね。どういたしましょうか」


 「せっかくだし、ちょっと雑談してから勉強しよっか」


 あんまりガチガチにやるのは趣味じゃない。

 もう4回目だけど緊張はやっぱりしているようだし、どうせなら緊張をほぐしてほしいしね。


 この世界に来てから会った女の子の中ではかなり落ち着いているタイプだと思う。

 由佳とか、しょっちゅう緊張しすぎて噛んでるし。そんな緊張せんでもええのにねえ……。


 ふと汐里ちゃんの机の上を見ると、単行本が置いてあった。

 そう、彼女は文学少女なのだ。


 

 「あ、本今日は何読んでたの?」


 「あ、えっと……田坂さんの、これを……」


 「あ~それ面白いよね!『二階から、夏が降ってきた』……どんな生き方してたらそんな冒頭思い浮かぶんだろうねえ……」


 正直趣味読書と言えるほど本は読んでいないけど、有名どころならちょっとだけ読んでいる。

 前の世界とそのへんも共通で良かった。

 

 共通の本を読んでいるというのは、会話を盛り上げるために役だったりするしね。

 どうやらかなり本を読んでいるらしい汐里ちゃんに、俺程度のにわかでは釣り合わなさそうだけど。


 

 「あ、あははそうですよね本当に……」


 あれ、意外と食いつきよくない……かな?やっぱニワカだとバレるのか……。難しい。


 


 


















 1時間ほどが経って。

 

 「ここはね、もう一個、読み方変わるんだよね。ここの記号がここにとぶから、正しくは~」


 俺の大学は文系ということもあって、汐里ちゃんに教えてる科目は国語、社会、英語の3科目。

 だいたいそれを1時間ずつ計3時間やって、俺の家庭教師業務は終了。休憩も挟むから終わるのはだいたい19時前とか。


 今は英語を終えて、国語の勉強にとりかかったところ。


 

 「えっと……うーん?」


 どうやらてこずっている。

 そっか、ここわかりづらいよなあ……あ、そうだ。


 良い事を思い付いた俺は、立ち上がって汐里ちゃんの後ろに回り込む。

 

 そして、後ろから教材をのぞきこんだ。


 「良い?汐里ちゃん、今から俺が指でなぞっていくわ。一緒に読む順番を……」


 よし、これならわかりやすいだろ。


 と思っていたのだが、汐里ちゃんの手が止まる。

 ん?

 







 「……おっふ」








 

 え?


 なんかすごい声聞こえたけど。

 汐里ちゃんか?今の。










 ガタン、と席を立つ汐里ちゃん。




 「すみません、ちょっとお花を摘みに……」


 「あ、ああ。OKごめんごめん」



 表情が見えないまま、汐里ちゃんはトイレへ。やべ、怒らせちゃったかな。



 ……あ、ちょっと近すぎたか。

 そんなに仲良くもない男にこんな近づかれたら嫌だよな。貞操観念が逆転してるから油断してたけど、これは良くなかったか。

 

 申し訳ない。






 しばらくして帰ってきた汐里ちゃん。



 心無し顔が赤いけど大丈夫だろうか。

 

 「失礼しました。続きをしましょう」


 「う、うんそうだね」


 よかった。そこまで怒ってはないらしい。

 機嫌を損ねたらどうしようかと思った。


 もう同じ失態はしまいと、俺は隣に座って勉強を再開しようとする。








 「え?」



 

 きょとんとした表情で、俺のことを見る汐里ちゃん。



 え?








 「あ、いや。どうぞ、思い切り背中からきてください。思いっきり。覆いかぶさるようにお願いしますね」










 え?








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