ツンデレ系OLは壊される
生きてる意味なんてあるのだろうか。
私――望月星良は最近そんなことばかりを考える。
大学を卒業して就職。
大学はまあそこそこな所だったから就職活動も割とスムーズだった。
大学では女友達とはしゃいだりするのが楽しくて、割と楽しめた方だと思う。
彼氏も……一応は、いた、と思っているし。
考えれば考えるほど地獄な彼氏だったが。
「はあ……死にた」
「ちょっと星良、課長に聞こえたらどうすんの……!」
「すいません……」
今日も今日とてパソコンと向き合う。
パソコンと向き合って作業するだけならいい。
問題は、上司だ。
それも、一日中同じ部屋にいる上司。
「ちょっと望月さ~ん?さっきもらった書類、こことここに会社名入れてって言ったよね?入ってないんだけど?」
「え……いや、さっき確認したら課長がいらないって……」
「は?私そんなこと言ってないけど?あんたが聞き間違えたんでしょ?」
「……」
毎日毎日。
この脂っこい課長にどやされて生きるのに、なんの意味があるのか。
「やだやだ。そういう聞き間違いばっかりするから、男に逃げられたんじゃないのー?」
「……ッ!」
殺意が喉から出かかって、鋼の意志でそれを制する。
課長が大きな声で言ったこともあり、まわりからヒソヒソと声が聞こえてきた。
「えっ、望月さんって男に逃げられたの……?」
「もう去年の話だよ。就職して1ヶ月くらい。なんかそもそも向こうは付き合ってたつもりもなかったらしいよ」
「えひっど。なにそれ」
本当に、嫌になる。
私は無言で席に着いて、言われた書類のやり直し作業にとりかかった。
大学時代、私には彼氏がいた……はずだった。
私のグループがいわゆる上位グループだったこともあり、周りがそこそこ彼氏を作っている中で私だけ作れなかったから、卒業間際に彼氏ができた時は本当に嬉しかった。
人生初めての彼氏だったのだ。
そしてそんな浮かれていた私を……あいつはどん底に叩き落した。
『え……?本気にしてたの?wwごめん無理だわ。ってか実は俺彼女2人いるしww』
怒りよりも憎しみよりも先に、自分の愚かさを呪った。
なんでこんな奴と付き合えて喜んでいたのだろうか。
男なら、誰でも良いと思っていたのだろうか。
そんな自分に、反吐が出る。
結局2ヶ月も経たずに別れて、もう一切連絡をとるのをやめた。
SNSもブロックした。
それからずっと、一人だ。
一人暮らしだから、家に帰っても一人。
何の気も無しに、SNSを開いてみる。
大学時代の友人達が、彼氏とテーマパークに行っただの、デートでどこどこに行っただの、その類の投稿が立て続けに並んでいる。
羨ましいとか、そういう感情もとうに無くなった。
生きてる意味なんて、あるんだろうか。
「え?ボーイズバー?」
「そう!星良ちゃんもどうかなって思って!」
今日は会社がノー残業デー。
明日が休日ということもあって、早く帰ろうと思っていた私を引き留めたのは、先輩のみきさん。
この人には何度も助けてもらっているし、頭が上がらないのだが……。
そんな先輩に、ボーイズバーに行かないかと誘われている。
「私達たまにね、こうして次の日休みの時に、行ってるお店があるの!イケメンもいるし、良いよ~!目と健康に良い!」
「はあ……」
本音を言えば、帰って寝たい。
朝からクソ課長の嫌がらせを受けて疲れているし、心身ともに疲労困憊だった。
「最近星良ちゃん元気ないから……ちょっとでも元気になれればなって……」
「……」
みきさんが、自分を気にかけてくれているのはわかる。
それを無下にするのも、悪いかな……。
「良いですよ、行きます」
「え、ほんとー?!嬉しい!きっと星良ちゃんも気に入ってくれると思う!」
手を握られてぶんぶんと上下に振られる。
うーん、正直そういう系のお店は行ったことないし、あんまり楽しめる気がしない。
自分自身がつまらない女だっていう自覚はあるし、むしろ他の皆の楽しみに水を差さないか心配だった。
「星良ちゃんに誰ついてもらおっか!」
「え~あの人がいいんじゃない?」
「え、でもあの人指名料高いよ~。最初にするにはちょっとじゃない?」
「あんまりぐいぐい来てくれる人じゃないほうがむしろいいんじゃないかな?」
なんか私のいない所で盛り上がってる。
……まあ、適当に軽くお話して、帰ろう。
ボーイズバー『Festa』そう書かれた看板は、ネオンが眩しいくらいに輝いていた。
駅前から歩いて少し、割と立地の良い場所が、どうやら今日の目的地らしい。
みきさんが先導して、お店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ~!……あ、みきさん!また来てくれたんだね!」
「ゆうせいく~んまた来ちゃった♡」
……え?
正直一発目からドン引いた。
なーにがまた来ちゃった(はーと)だ。
……会話から察するに、きっとみきさんはここに良く来ているのだろう。
奥へと通される。
「お嬢様5人3番テーブルご案内です!いらっしゃいませ~!」
「「「「いらっしゃいませ、お嬢様」」」」
うわ、すごい。
受付してくれた人が声をかけると、店内のスタッフ全員から歓迎される。
その誰もが、美形揃い。
……確かにちょっとだけ気分が上がる。
席につくと、全員が広いソファにそれぞれ等間隔でけっこう位置を離されて座らされた。
え?なんで?なんでこんな間空くん?
疑問に思った私はみきさんにちょっとだけ身体を寄せて聞くことにした。
「え?どうしてこんな間あけるんですか?」
「この間に、ボーイが来てくれるのよ!」
「あ、間?!」
どうやら、女子勢の間に男が挟まる形式らしい。
なるほど、集団で来たとはいえ、基本は1対1で話すことになるのか。
え、緊張してきたんだけど……。適当に皆と話合わせてれば良いと思ってたのに……。
「いらっしゃいみき。今日は皆普通にボーイつけちゃっていい?」
「あ、ゆうせーくん。ちょっと相談があって……」
みきさんがお店側に何かを頼んでいる。
察するに、ついてくれるボーイの相談、かな?
「そっかそっか、了解。で、みきは?」
「ええ?聞くの~?私は、ゆうせいくん一筋で♡」
え、きっつーーーー。
尊敬する先輩のこんなとこ見たくなかったなーー。
「お邪魔します、お嬢様方」
ぞくぞくとボーイが来て、それぞれについていく。
私の隣はまだ来ていない。
それにしても来る人来る人イケメンな上に、ぎらぎらと眩しい装飾をしているものだから、どうしても気圧されてしまう。
(こんな商売やっている人だし……きっと内面では私達のことあざ笑ってるんでしょ)
なんて思ってしまって、なんて嫌な奴なんだって自分に嫌気が差した。
どうしてもネガティブな方に最近は思考してしまう。
隣ではみきさんがゆうせい(?)さんといちゃいちゃしだしているし、周りの皆もお気に入りのボーイが来たのか既に目がハートマークになってる気がする。
おい、私を楽しませるとかなんとか言わなかったかい。
……正直、楽しめる気はあんまりしていない。
この手の男の人と、話が合う気がそもそもしないのだ。
つくづく私は、つまらない女だと思う。
「お邪魔します、お嬢様」
いよいよ声がかかって、視線を上げる。
「……!」
その日、私は天使に出会った。
「よろしくお願いします、まさとです。お姉さんのお名前は……?」
「あ、えっと、星良、です」
「星良さん!よろしくお願いしますね」
正直、イケメン度合で言えば、さっきから来ていたボーイの人達の方がイケメンだったかもしれない。
けれど、私の所にきてくれた彼は……とても落ち着いていて、純朴そうな印象だった。
服装も良い。
下手に着飾り過ぎてなく、スーツが深めの紺で、まとまっている。
童顔なのも良い。ちょっと背伸びしてスーツを着ていますという感が、庇護欲をそそられる。
「今日は、お仕事後ですか?」
「え、ええ……明日、休みだから」
彼が私のグラスに氷とお酒を注いでくれている。
その間も、にっこりと笑顔を絶やさない。
「そうですね~!明日休み楽しみだなあ。なんで金曜日の夜ってこんなにテンション上がるんですかね?」
「ふふ、そうね」
え、今私笑った、のかな?
この私の相手をしてくれる彼が、想像と全然違う、年下の子だったからだろうか。
どこか拍子抜けして、さっきまでの緊張がいつの間にかほぐれていた。
「星良さんは休日なにされて過ごす予定ですか~?」
「そ、そうね……最近ゲームにハマってて……」
と、そこまで言って気付いた。
流石に一発目趣味ゲームはオタクが過ぎないか?と。
無難に読書とか言えばよかったかもしれない。
「え!いいですね!どんなゲームやられるんですか?」
しかし心配は一瞬で杞憂だとわかった。
そもそもここは私が楽しむために来ているのだし、そんなことを気にするのは野暮かもしれない。
彼は一瞬たりとも怪訝そうな表情を浮かべることなく、私の話に食いついてくる。
「ええ、そうね、RPGとか、町育成するタイプのやつ、とか……」
「僕もめっちゃRPG好きです!楽しいですよね!」
満面の笑み。
彼からは、裏表が一切感じられない。
本当に演技が上手くて実はめちゃくちゃ引いてるとかあるかもしれないが、少なくともそんな素振りは私からは一切感じられないし、心なしかむこうも楽しそうに思えてしまう。
だからだろうか。
つい嬉しくて私は注いでもらったお酒が進んでしまうのだった。
「だからあのクソ上司!!わざわざ全員に聞こえるように私が男から逃げられたって……!」
「本当にひどいっすねそれ……」
あれ、いつからこんな話になったんだろう。
ついついお酒が進んで、良い気分になって。
まさと君の距離が近くて、くらくらしてきて。
もうなんでもいいやと思って、気付けば私は最近の鬱憤をぶちまけていた。
ヒートアップしすぎたかもしれない。
一つ、息を吐く。
「……でもね、バカなのは私。本気で付き合ってくれるとか思い込んで、浮かれてた私が悪いの」
「え?でもその男の人から交際を申し込まれたんですよね?」
「そう、なんだけどね……」
そうなのだ。
にやにやと笑いながら、あいつがこっちに付き合ってと言ってきたはずだったのだ。
舞い上がってしまったが、あの時点で気付くべきだった。
「そんなのひどいですよ!星良さんなんも悪くなくないすか?悪いのはどう考えたってむこうじゃないですか!」
目の前の彼が、自分のことのように怒ってくれている。
それがなんだか、無性に嬉しくて。
「でもそういうもんなのよ。女なんて。所詮私達に選択権なんかないのよ」
だから自嘲気味に、言葉を重ねた。
すると。
「俺……それ全然納得いかないんすよね」
「え?」
ずい、とこちらに乗り出してくる彼。
距離が近くて、ドキっとする。
「確かに、男は少ないかもしれません。けど、それだからって男が偉い理由になりますか?俺はそうやって慢心してる男が嫌いです」
初めて聞くタイプの話だった。
男の人とそれなりに話してきたけれど、こんなことを言う人は、彼が初めて。
私が驚いていると、それに、と彼はちょっと気恥ずかしそうに続けた。
「俺がその立場だったら……俺は星良さんみたいな容姿も内面も綺麗な人と付き合いたいけどなぁ」
私の中で、何かのストッパーが壊れた気がした。
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