バスケ部JCはたまに変



 大学の授業を終えて。

 今日は2,3限だけだったので時刻は15時過ぎ。

 

 まだバイトには時間があるし、俺は金曜日のルーティンを行うべくいったん帰宅してから近所の公園へと足を運んでいた。


 暑さのピーク時刻を過ぎたとはいえ、まだまだ暑い。

 

 黒地に青色のラインがあしらわれたリュックから俺はタオルを取り出すと、軽く汗を拭いた。

 目的地まで、あと少し。



 「うっし。着いた着いた」


 草木が生い茂り、空気の美味しい公園の一角。

 ポツンと置いてあるのはバスケットボールのゴールリング。


 「この世界、あんまり気軽にスポーツできないのが難点なんだよなあ……」


 転生前から俺はスポーツがそこそこ好きだった。

 身体を動かすのが好きだし、中でもバスケと野球は割と本腰を入れてやっていた節もある。


 だからこっちに来てからもたまにやりたくなるのだが……。


 「地域開放は女の人だらけでちょっと入りにくいし……サークルもちゃんとスポーツやってんのか怪しいし……」


 以前恋海が入っているバドミントンサークルに見学させてもらおうかと思ったのだが、何故か恋海からやめておいた方がいいと強く言われてしまった。

 大学で彼女以上に仲の良い友人はいないし、彼女にやめたほうがいいと言われたら従うほかない。


 

 「まあここでなら気にせずできるし、なにより人が少ないのがいいな」


 休日は先客がいることも多いこの公園だが、平日であれば人は少ない。


 リュックをベンチに置いて、バスケットボールを取り出す。

 2回、3回ほど地面に落として、空気が抜けていないかを確認。


 「……よし」


 しっかり家で空気を入れてきたから、問題なさそうだ。


 リングに向けて、今日1本目のシュートを打とうとした……その時。







 「お、お兄さん!!」



 

 「んあ?」


 今まさに“左手は、添えるだけ”のフォームをとっていたのだが、後ろからかけられた可愛らしい声に反応して、そちらを見やる。


 そこには、いかにもバスケをやりにきましたという恰好の少女がボールを脇に抱えて仁王立ちしていた。


 黒髪ショート。青い綺麗な花のヘアピンが、黒髪にアクセントとしてとても効いている。

 黒を基調とした動きやすそうなシャツに、ピンクのラインが可愛らしさと女の子らしさを演出していて。

 

 俺の胸のあたりくらいしかない身長なのに、頑張ってこちらを見降ろそうとしているかのような、可愛らしい立ち方。

 

 「きょ、今日こそは勝ちます!そして、この場所を……渡してもらいます!!」


 「来たな~ちびっこ」


 「ちびっこじゃありません!由佳は中学生になりました!!」


 このちびっこ……前田由佳との付き合いは、俺が転生してきた直後くらいまでさかのぼる。


 どうしてもバスケがしたくなった俺が、ボールを購入し近所でバスケができるところを探していて、ここを見つけた。

 それから頻繁にここに来るようになったのだが、どうやら由佳はだいぶ前からここで夕方からバスケをしていたらしく、俺と時間がバッティングすることが増えたのだ。


 最初は、「良かったら使って、もう帰るから~」といった俺からの一方的なコミュニケーションだったのだが、ある時「一緒にバスケしませんか?」と声をかけてきてから、距離がだいぶ縮まったように思う。


 そしていつからか、何故か「勝負に勝ったらこの場所の所有権を得る」という話になってしまったのだ。

 いやここ公共施設なんだが。


 

 「きょ、今日こそはこの場所を返してもらいます……!」


 けれどこの少女とのこのやりとりが、俺は嫌いではなかった。

 


 「はっはっは、俺に一度でも勝ったことがあったかな少女よ~」


 「きょ、今日は秘策があります!」


 初めて会った時は小学6年生で、今は中学1年生。

 流石に大学1年の俺が負ける理由はない。

 そもそもバスケットボールは『身長』という絶対的な壁がある以上、由佳が俺に勝つことは基本的に難しいだろう。


 だが。


 (この子マジでめちゃくちゃ上手いんだよな……)


 この世界の基準はよくわからないが、由佳はとにかくバスケが上手い。

 プロスポーツも女子の方が盛り上がっているような世界だから、女子の方が上手いという認識がもしかしたらあるのかもしれないが、この子はそれを抜きにしてもうますぎる。

 今は身長というとんでもないズル要素を使って勝ちを拾っているが、成長期を終えて身長が平均位まで由佳が伸びたらもうわからないだろう。

 ってか負ける多分。


 

 「な、なにをボーっとしてるんですか!1on1や、やります、よね?」


 由佳はよく強気なんだか弱気なんだかわからない姿勢になる。おそらく、年上の異性との距離感を掴みかねているのだろう。まあそこが可愛いんだけど。


 「いいぞ~けどちゃんと準備運動しろよ?ケガするぞ?」


 「あ、当たり前です。それくらい、もう終わってます」


 「え?君今来たよね……?」


 いったい彼女はどこで準備運動をしてきたと言うのだろうか。

 


 「いいから、や、やりますよ!!」


 彼女が持ってきたボールを手に取り、こちらにバウンドパス。

 と同時に、彼女はディフェンスの姿勢を取ってきた。どうやら先攻はこちららしい。

 

 ボールのサイズは流石に由佳のものに合わせている。

 大人用だと、ちょっと中学生女子には大きすぎるからね。



 「急だなあ……んじゃいくぞ~」


 俺はボールを受け取り、ドリブルで由佳との距離を詰める。多少ボールが小さくなったところで、ハンドリングに問題はない。

 すぐさま俺は、由佳の左側にカットイン。


 「行かせません……!」


 彼女の驚くべきところは、そのアジリティ。

 左に進路をとった俺の目の前へ、素早く移動。進路を塞いでくる。


 「ここまでで大丈夫ですっと!」


 「あっ!」


 しかし俺は彼女がこの程度ならついてくることをわかっていた。

 それなりに1on1してるしね。

 

 俺が選択したのは急加速からの急ストップ。そしてそこからのシュートだ。俺は即座にシュートモーションに入り、ミドルレンジからシュートを決めた。


 「よーしこれで先制な~……ん?由佳?」


 無事ゴールに入ったボールを拾って由佳に返そうとすると、由佳がその場で固まっていた。

 そういえば目の前でジャンプシュートを打ったのだから、止められないにせよジャンプしてブロックに来るかなと思ったのだが、そういった動きもなかったように思う。

 


 「……どした?」

 

 「はぇ……」


 心無しか顔が赤い。ん?もしかして体調悪いのか?


 「おい、顔赤いぞ?熱中症なんじゃないか?ベンチで休むか?」


 「あ、ああああ?!違います違います!大丈夫です!は、はやくボールをください!すぐ同点にしますから!」


 パタパタと急ぎ足でスタート地点まで戻る由佳。いったいなんだというのか。

 


 ボールをバウンドパスで由佳に渡し、今度は俺がディフェンス。

 油断してるとマジで簡単に抜かれかねないので、姿勢を低くして由佳のドライブに備えた。


 「いきますよ……っ!」


 由佳がそう言うが早いか、由佳は俺の左側に鋭角に切れ込んできた。

 由佳の得意とする、利き手側のドライブ。


 「それは知ってるよっと」


 迷いなく俺はその進路を塞ぐ。由華が得意なパターンなぞ、何度もやられて頭に入っているからだ。


 しかし。

 由佳はその右手側のドライブから、一気にクロスオーバー……左手側に重心を動かした。


 (やっぱ、はええ……けどそれもまだ知ってる!)


 由佳が一度で抜けなかった場合のテクニックの一つ。それがこのクロスオーバーだった。

 いきなり逆側への重心になるのだから、初見での対応はかなり難しい。

 けれど、これも俺は見たことがあった。


 「それでこそお兄さんです……!」


 しかし今日の由佳には、その先があった。


 「なっ……!」


 クロスオーバーで切り返した後、由佳は俺に既に背を向けていた。


 (……ロールか!)


 相手を背にして、回転を利用して抜き去る技術……ロール。


 由華は見事にそのクイックネスで俺を瞬時に抜き去る――はずだった。


 


 「あっ……!」


 やっぱり、準備運動不足だったのだろうか。

 由佳がロールした際に足がもつれ、由佳の体勢が崩れる。


 「……よっと!」


 我ながら良い反射神経だったと思う。


 倒れそうになる由佳を横から飛び込むように支えて、彼女が地面に激突する前に、俺がクッションになることで彼女を衝撃から守る。


 視界が反転して、ぐっ、と目を閉じる。

 背中に感じた重い衝撃に思わず顔が歪むが、それも一瞬。


 

 「ってて……大丈夫か?由佳」


 「……」


 てんてん……とゴールの方に転がっていくボールが弾む音だけが響いた。


 「由佳……?」


 今の体勢は、非常によろしくない。

 完全に俺の上に由佳が乗っかってしまっている。


 ……こいつ良い匂いすんな。

 はっ!まずい!これでは俺がロリコンの性犯罪者みたいじゃないか!!



 「はわ……」


 「……はわ?」


 彼女は軽いので全然苦ではなかったものの、そろそろどいてくれないとまずいのだが……と思っていたら、ようやく由佳が反応を示す。


 

 「はわわわわわわ」


 「おいどうした!!」


 由佳の顔が真っ赤になったかと思うと、なんかショートした電気機器みたいになってしまった。

 俺に乗っかったまま。



 

 「なんだってんだ……」


 仕方なく由華をそのまま背負い、木陰のベンチへと運ぶ。

 仰向けに彼女を寝かせて、枕代わりにタオルをたたんで置いてあげた。

 こうしてみると、本当に顔立ちが整っている。まつ毛は長く、きめ細やかな肌が瑞々しい。

 今はまだ幼さが先に出るが、将来とんでもない美人になるんじゃないかと思わせるくらいだ。


 (って、何冷静に分析してんだ……)


 彼女のことを俺はまだあまり知らない。

 もしかしたら彼氏がいたっておかしくない年齢なんだ。最近の中学生、ませてるからな。(確信)


 「……シューティングするか」


 しばらくはリュックに入っていた下敷きを使って彼女を扇いでいたものの、そのうち顔の赤いのも治ってきたので、俺は一人シューティングに向かうことにするのだった。







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