第14話 ノミを一掃する方法
急ぎ自分のヴィラに駆け戻り、同じく除虫菊を確保してくるよう侍女に頼むと――私はこの騒動の中でも出窓でのんびり日向ぼっこを続けていた子トラに、声をかけた。
「バァブルは、ノミ、大丈夫なの!?」
「ボクの
「花の香りには負けていたじゃない」
私が呆れた声を出すと、子トラはげんなりとした様子で突っ伏した。
「アレはさすがにキツすぎだって! で、ノミだけどさ、ボクに願えば、一瞬で全滅させてあげるけど?」
前足にアゴを載せたまま、子トラは青い瞳をクリっとこちらに向ける。
「ううん、大丈夫。願い事は一回きりなんでしょ? 今回はそれでよくても次に大発生した時にまた混乱しちゃうから、ちゃんと対応する方法を皆で確認しておいた方がいいよ」
「ふぅん。ま、がんばりなよ」
面倒くさそうにくあっと一つ大あくびして、バァブルはのんびり目を閉じる。その姿に私は苦笑を返すと、自分のヴィラを後にした。再び物干し場に向かい、ノミの駆除が終わった毛皮を数枚受け取ると。バハーミーン様のヴィラへと戻る。
「お待たせしました」
「ああファリン! ごめんなさいねぇ。自分のところも大変でしょうに」
「いいえ、うちはもう、あとは空にした部屋を燻蒸するだけですから。何かお手伝いできることはありますか?」
「ありがとう! 虫干しが必要なものは、残りはこの絨毯だけなのよ。あとはこの子たちについているノミを取ってあげたいんだけど、どうにもイヤみたいで逃げられちゃって……お手上げなの」
そういうバハーミーン様は、どうやら猫についたノミを一匹ずつ手で探し出しては地道に潰していたらしい。確かにその方法では時間がかかりすぎるから、途中で逃げ出されても仕方がないだろう。
「猫たちについたノミのことなら、もっと効率的な取り方がありますよ」
「まあ、どんな?」
不安そうに首を傾げるバハーミーン様に向かい、私は安心させるように笑いかけた。
「まずは水洗いから始めましょう」
「でも、水洗いなんかで毛の中に隠れたノミは取れないでしょう?」
「猫を水で濡らすのは、ノミに居心地が悪いなと思わせるためなんです。それから別のしっかり乾燥している毛皮で
「なるほどねぇ。じゃあ、やり方を教えてちょうだい」
ゆったりとした
「でも、上級妃であるバハーミーン様が自らなさらなくても」
「わたくしも……いいえ、わたくしが、やらなければならないのよ。この子たちは、わたくしの大事な家族なんだもの」
いつも目を細めておっとり喋る印象のバハーミーン様が、珍しく声に力を入れている。私はそれにしっかりとうなずき返すと、手に持っていた虫干しが終わった毛皮を広げて見せた。
「では何か、小刀などお借りできますか? この毛皮を
私が細長い毛皮を巻いた自分の首元を指さすと、バハーミーン様は小さく首をかしげてみせる。
「西方あたりでは毛皮を襟巻にするって、聞いたことはあるけれど……何で今? これから作業をするのに、暑くはないかしら」
「毛皮を襟に巻くのは防寒目的だけではなくて、頭髪に逃げ込んだノミを集めて取る効果もあるんだと、西方出身の父から聞いたことがあるんです」
「まあ、そうなの! それなら少々暑くても大歓迎だわ」
私たちはさっそく、割いた毛皮を首元に巻き付けると――逃げまどう猫たちを捕獲してくる係のバハーミーン様を始めとして、水洗いする係、毛皮で包みこむ係、ノミまみれになった毛皮を再び干しに行く係にそれぞれ使用人たちの振り分けを行った。
そうして手分けしてノミの駆除作業を行っている間、密閉された部屋の中では除虫菊が
やがて目的地に到着した私は持ってきた毛皮を物干し用のロープに吊るすと、先にしっかりと太陽に当てていた毛皮を木の棒でバンバン叩いて、乾いたノミの残骸を振り払った。こういうときばかりは、この砂漠の強い日差しはありがたい。
私はついでに首に巻いた毛皮もしっかり振り払ってから、ヴィラの方へと戻るべく足を向けた。すると建物の間にさしかかった辺りで、激しく言い争うような声が聞こえてくる。だが周囲を行き交う使用人たちはまたかといった顔で、意にも介さず自分の仕事を続けていた。
やがてバハーミーン様のヴィラへとたどり着くと、やはりケンカの相手はパラストゥー様である。第五妃バハーミーン様と第六妃パラストゥー様は、ここ後宮では有名な犬猿の仲だった。もっともパラストゥー様は、他の上級妃の皆様ともあまり仲良くはしていないんだけど。
「――そもそもこんな騒ぎが起こったのは、バハーミーン様が猫をたくさん飼っているせいでしょう!? だから嫌だっていったのに! とっとと外に捨てて来なさいよ、汚らしい!」
「ひどいわ!! この子たちは、わたくしの大事な家族なのに!」
どうやらこのノミの大発生事件の原因はバハーミーン様の飼い猫たちだろうと、元々良く思っていなかったパラストゥー様が文句をつけに来たらしい。だが飛び交うノミでイライラが頂点に達していたらしい二人は、いつも以上にヒートアップしているようだ。
このままでは、今にもつかみ合いの大ゲンカに発展しそうな勢いである。どうにか穏便に済ませたい私は慌てて駆け寄ると、二人の仲裁を試みた。
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