第五夜 死者は微笑む

第33話 推しの像が呪われた!?

 新年の宴も、いよいよ最終日となり。私たちは外廷前の庭園にある、大きな白い布の前に集まっていた。陛下による御言葉を賜ったのち、合図と共に二十名余りの妃たちの手で一気に取り払われた白布の下から現れたのは、巨大な噴水である。白い大理石で作られたその噴水の中央に立っているのは、軍馬にまたがり剣を振り上げた皇帝陛下の銅像だ。


 その像の周囲を取り囲むかのように、噴水から勢い良く水が噴き上げた瞬間――並み居る族長たちの野太い声で、大きな歓声が沸き起こった。この乾いた砂漠の国に作られた大きな噴水には、特別な意味合いがある。それは、皇帝陛下の莫大な富と権力の象徴……つまり諸部族、諸外国への示威行為しいこういにつながるということだ。


 太陽の真下で水しぶきを受けてキラキラと光り輝く銅像をながめつつ、私は除幕式の成功にホッと息を吐いた。実はこの成功に至るまでには、ちょっとしたトラブルがあったのである。



  ◇ ◇ ◇



『陛下の像、銅像なのにピカピカだね。緑色じゃないんだ!』


 納品されたばかりの銅像の検収作業を見物しながら、レイリがそう驚いたような声を上げた。これは最終的に外廷の噴水内部へ設置するものだが、臣下たちへネタバレにならないよう、まず後宮の広間へと仮搬入されたのである。そんな新品の銅像は良く磨き上げられた赤銅しゃくどう色に輝いていたが、その疑問に答えを返したのはアーラだった。


『緑色って、緑青ろくしょうのこと? あれなら経年とともに、そのうちふいてくるものよ』


『そうなんだ~! それにしてもあの像、すごくカッコよくない!? 部屋に姿絵を飾るのもいいけど、立体もいいなぁ……』


 胸の前で指を組み目をキラキラとさせるレイリに、私は思わずツッコミを入れた。


『あれ等身大だよ? さすがに部屋に置くには、存在感すごすぎない!?』


『ええー、等身大だからいいんだってば! 本気で職人に依頼してみようかなぁ……』


 真剣な顔で考え込み始めたレイリに、私も思わず真剣な顔で詰め寄った。


『それ、できたら絶対に見せてね!』


『うん、もちろんだよ~!』


 ニコニコとうなずくレイリの横で、アーラは自分の顎に指先を当てながら、小さく首をかしげてみせる。


『私も、手のひらに乗るくらいの大きさなら、陛下の立像ほしいけど……その大きさで、どのくらい本物に似せて作れるものかしら?』


『わ、その大きさなら私も欲しい! 仕上がりは、やっぱり写実系で人気の原型師に頼めるか、ご予算次第ってかんじ……?』


 そのくらいの大きさなら、寝室に自作した神棚(仮)で陛下の細密画ミニアチュールの隣に飾って楽しめそうである。だがせっかく頼むなら、やはり原作の再現度が高いものをお願いしたいのが人情なのだ。


『やっぱり、予算よねぇ……。でも原型が一つあれば銅像は複数鋳造ちゅうぞうできるはずだから、他の妃たちにも同志を募れば割り勘でなんとか……』


 そんな他愛たわいもないネタで私たちが盛り上がっているうちに――丁寧な検収の終わった銅像には再び布が掛けらて、真新しい噴水に設置するべく、前庭へと運び出されて行ったのだった。




 ――その翌日。除幕式の予行演習のため、私たち妃は人払ひとばらいを済ませて誰もいない早朝の前庭に集められていた。あくびを噛み殺しながら左右の列に分かれて布の端をつかみ、合図と共に本番さながらに一気に大きな白布を引いてゆく。


 だが布の下から現れたのは、あの神々こうごうしく光輝く銅像ではなく……朝焼けの光を全て吸収してしまうかのように、真っ黒に染まった陛下の像だった。


『え、なんで黒!?』

『昨日まで確かに輝いていたのに!』

『まさか、これも何かの呪い!?』


 銅像の元の姿を知っている数名の妃たちを皮切りに、皆に動揺が広がってゆく。このままでは、また変な噂が生まれてしまうだろう。私は急いでマハスティ様に許可をもらうと、汚さないよう靴を脱いで噴水の中に足を踏み入れた。


 西方から運ばれたという白い大理石で作られた噴水は、今はまだ乾いた状態である。私は磨かれた石の上をひたひたと歩いて銅像に近づくと、端を少しだけ指で、次に手巾ハンカチで拭ってから、噴水を出た。


『ファリン、どうだった?』


 戻ってすぐ不安そうに声をかけて来たマハスティ様に、私はあえて気楽そうに笑って応えた。


『あれは、たぶん硫化……銀製品が黒ずむのと同じ状態になっている可能性がありますね』


『でもたったの一晩しかたっていないし、それに銅像って黒ずむより青くなってゆくものじゃない?』


 まだ首をかしげているマハスティ様に向かい、私は説明を続けた。


『同じ銅の腐食でも、青い硫酸銅のほかに黒い硫化銅とか、茶色い酸化銅とか、種類がたくさんあるんです。ちなみに西方のとある地域に、火山の噴火と気流の影響で遠くにあった新しい銅板屋根が一夜にして真っ黒になった、という記録があります。どこかで火山が噴火したか何かで、同じような成分が昨夜のうちに像に降ったのかもしれません』


『まあ、そんな記録があるなんて! でも困ったわね。作り直しも間に合わないだろうし……』


 銅像の方を振り返ると、なぜか使用人を呼ばずに元々この場にいた数名の小姓の少年たちが手ずから洗浄を始めたようだった。だがやはり、水と石けんでは全然落ちない様子である。


『あの、もし私の仮説が正しければ……塩と檸檬レモン汁を混ぜたもので磨けば、ピカピカに戻るはずです。試してみてもよろしいでしょうか?』


『ええ。では、急ぎ作業しましょう』


 マハスティ様はそう言うと、柔らかな絹の衣裳の袖をまくり始めた。


『えっ、そんな簡単に信じていいんですか!?』


 なんの根拠もないただの伝聞だけで、すぐに乗り気になってくれるなんて。驚いた私が思わず目を丸めると、マハスティ様は不思議そうな顔をした。


『だって、貴女がそう言ったんじゃない。なら、そうなのでしょう?』


 それって、荒唐無稽な話でも、の言葉だから信用できるということだろうか。それがとっても嬉しくて、私は思わず状況を忘れて破顔した。


『あ……ありがとうございます! でもマハスティ様、まさかご自身がやるおつもりで……』


『こんな話が使用人たちにまで広く知れたら、大事な一年の始まりに不吉な噂を流されてしまうかもしれないもの。あなた達も、絶対に内密に頼むわね』


『では、急いで始めます!』


『はいはーい、私もっ! 陛下の像を磨きたいですっ!』


 その下心をぜんぜん隠さないセリフは、レイリのものだ。それにすかさずアーラも同調すると、マハスティ様と仲の良いゴルバハール様も加えて五名で作業することになった。


 こうしてマハスティ様は呪いではなく自然現象であるとしっかり説明した上で、箝口令かんこうれいを敷いて他の妃たちを後宮へと戻らせると。残った私たちは小姓に頼んで用意した塩レモンを布に浸して、せっせと銅像を磨き始めた。



  ◇ ◇ ◇



 除幕式を、無事当初の予定通りに終えて……後宮へと戻る道を皆でゾロゾロ歩いていると、こんな話声が聞こえてきた。


「なぁんだ、やっぱり呪いじゃなかったのね!」

「ちょうど噴火が起こるなんて、運が悪かったわねぇ……」

「でもその危機を見事に切り抜け光輝くなんて、さすが陛下だわ!」


 どうやら上手くフォローできたようで、私はホッと胸を撫で下ろした。懸命に磨き上げた銅像は磨きにくい溝などの部分に黒いところが残っていたけれど、逆に墨入れしたみたいに陰影がつき、立体感が強調されてカッコよく仕上がっていたのである。陛下のミニチュア像ができたら、むしろあえて少しいぶしてみようかな、と思うくらいだ。


 でも本当は、私には気がかりなことがあった。あの夜、黒化した像には布が掛けられていたのだ。仮に火山性ガスが流れてきていたとしても、布に防護されて一晩であそこまで真っ黒にはならないはずだ。本当は、違う理由……やはり、呪いが――


 ――いや、まさかね。実際に塩レモンできれいにできたんだから、やはりあの黒色は呪いなんかではなかったのだ。そう、呪いなんて、無いったら無いのである。


「無事に除幕式が終わってよかったわ! さてと、頑張った五人で今からお疲れさま会でもどうかしら?」


 後宮の門をくぐったところで、そうマハスティ様が私たちの方へと振り返る。すると横にいたゴルバハール様が、ポンっとひとつ手を打って言った。


「ならば皆さま、よろしければわたくしの部屋にいらしてくださいな。とても珍しい絵を手に入れましたのよ!」

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