第45話 ルルナ覚醒

 タナトスが右手に魔法の剣マジック・ブレードを生成した。


 ここからが本番。


「気をつけて! ルルナ!」


 チェルシーの声にも熱が帯びる。


 タナトスの表情からは余裕が消えており、完全に真剣モードだ。


 ゲーム上では、このタナトス『後半戦』が厄介だった。


 左右の剣の軌道を読み、回避と防御を適切に使い分けなければならない。


 タナトスの剣の攻撃は凄まじい速度で、プレイヤーは主人公ルークと一体化するような感覚でコントローラーを操作する必要があった。


 それだけ反応速度を求められるバトルだったのだ。


 しかし──


「──ッ!? な、なに……な、なんだと……!? ッチ、ッ、ックゥ!!」


 タナトスの左右から放たれる剣の攻撃。

 なんとルルナは、その全ての攻撃を的確に、俺が言った通りの方法で防いでいた。


 完璧なまでに。


「凄い! 凄いわ! ルルナ!」


「…………ッ」


 俺は無言になる。


 左手の実剣の攻撃は、軸足である右足の開き角度を意識して。

 右手の魔法剣の攻撃は、土魔法で即座にガード。


 言葉にするのは簡単だが、実際にやってみるのは難しい。

 


 ──ゲーム上でさえ。



 ルルナは、それをの世界でやってのけているのだ。


 これまでの戦いの中で成長してきたということだろうか?


 ……いや、それだけじゃない。


 自分の感情に打ちつため。

 仲間を守るため。


 自分の手で世界を守るため。


 そういった強い覚悟が、ルルナを突き動かしているんだ。


「こ、こんな……はずでは……ぐぬぅ!」


 タナトスが奥歯を噛みしめる。


「…………」


 対するルルナは、研ぎ澄ましたような視線をタナトスに突き刺している。


 相手に対して一切油断せず、冷静かつ慎重に戦闘に臨んでいるのだ。


 ゲームの時と同じような立ち振る舞いのタナトスに比べ、ルルナは本当の戦に挑むような覚悟で臨んでいる。


 これはゲームではない。


 ルルナとタナトス、両者の差は歴然だった。

 戦闘技術ではなく精神的な意味において。


「……ハァ…………ハァ……ハァ……ッ」


 大聖堂に、タナトスの必死な呼吸音が響く。


 なぜ短時間でタナトスの体力がここまで削られるのか?


 その答えはルルナの装備している武器──『デーモンサイズ』にある。


 裏ダンジョンで入手した最強武器『デーモンサイズ』の攻撃力は900。

 これは、俺がゲームをクリアした時に装備していた武器の3倍の数値である。


 つまり、単純計算で3倍早く敵を倒せるということだ。


 あくまでタナトスの凄まじい攻撃を防ぐことが前提ではあるが。


「タナトス様、覚悟してください」


 ルルナが大鎌『デーモンサイズ』を振り上げる。


 《悪魔の審判ラスト・ジャッジメント》発動の構えだ。


 あの最強スキルを食らえば、タナトスの残りHPは吹き飛ぶだろう。


 ルルナはタナトスの攻撃を見切っている。

 既に勝負は決した。


「……クソォォォ! 栄光ある神衛隊隊長の私が、お前みたいな裏切り者に負けるはずがない! 存在としての格が違うのだ!!」


 タナトスが威勢よく吠えるが、ルルナの最強スキルはいつでも発動できる状態だ。


 《悪魔の審判ラスト・ジャッジメント》は、大味なスキル故、通常時のタナトス相手には避けられてしまう。


 しかし、今の満身創痍のタナトスであれば、簡単に直撃させられるだろう。


「私にはタナトス様の価値観を推し量ることができません。ただ、聖王様のような支配ではなく、世界を平和に導く……そのためにタナトス様の力をお貸しくださるのであれば、私はこの鎌を降ろします」


 これは聖女としての投げ掛けだ。


「ネズミが調子に乗るなよぉ!!! この私に向かって、お前のような下賤な輩が偉そうな口を……ッ!!! 私は聖王様の隣で、ともに世界に君臨する男なのだ!! そんなハッタリの攻撃、私に通用するわけがない!! お前ら全員の処刑は決定している!! この場で全員殺してやるッッッ!!!」


 丁寧な口調や礼節さえ捨て去った神衛隊長タナトス。

 彼にルルナの最後の言葉は届かなかった。


 ルルナはタナトスの様子を見て、覚悟を決めたようだ。


 掲げていた『デーモンサイズ』を握る手に力が入る。


 そして──


「《悪魔の審判ラスト・ジャッジメント》!!」


 ルルナ渾身の必殺スキルがタナトスに向けて放出された。


 悪の魔神のような禍々しいオーラを放ちながら、ルルナのスキルはタナトスに直撃。


 激しい爆音が大聖堂に響き渡った。


 タナトスの手から黄金の剣が地面に落ちる。


 右手に生成されていた魔法剣は、霧のように霧散して消えていった。


「あっ…………うっ…………うぐっ……ガハッ」


 最強スキルを全身に受け、自慢の鎧も粉々に破壊されたタナトス。


 タナトスは膝から地面に崩れ落ち、その場に倒れた。


「倒した……の?」


 チェルシーがポツリと呟く。


「ああ」


「…………」


 難敵を討伐した歓喜のシーンだが、大団円にはまだ早い。


 ルルナの緊張が緩んでいないことからも、それは明らかだった。


「……ふむ」


 聖堂前の椅子。

 そこに鎮座する聖王エリオン17世が、重い口を開いた。


 この聖王こそ、『光のリング』入手イベントの最終ボスなのだ。


 なのだが……。


「聖王様、勝負はつきました。タナトス様は、まだ息があります。治療のために、休戦……いえ……治療の後、私たちと一緒に皆で皇帝ディアギレスに立ち向かいましょう!」


「…………休戦……だと?」


 聖王が眉をひそめる。


「はい! 世界を支配するなどという考えはお捨てになって、安定と平和……この世界に暮らす人々のためにリングの力を使いましょう!」


「くだらん。実にくだらん。まさに、一介の元聖女見習い風情が抜かす戯言よな」


「戯言とは……」


「お前は何も分かっていないようだな。そもそも、今お前が倒したその男……タナトスなど、余にとっては部下ですらない。まだ、余とお前との戦いは始まってすらいないのだ」


「部下ではない!? どういうことですか!?」


「その男は余にとっての道具。ともに世界を支配するなどと抜かしておったが…………片腹痛いわ!」


 聖王は目をカッと開き、椅子に座りながら手をかざした。


 地に横たわるタナトスに向けて。


 聖王の指に装着された『光のリング』。

 そのリングの力が発動し、光魔法攻撃がタナトスに向かって放たれた。


 目を開けていられないほどの光量が大聖堂に広がった直後。


 タナトスの身体は跡形もなく消え去ってしまっていた。


「あ……あ……な、なんという……ことを……」


「これが余の──世界を統べる者のチカラだ! 憎き皇帝ディアギレスは余が倒す……お前たちを倒してリングを奪い取った後にな!!!!」


 威厳たっぷりに椅子から立ち、宣戦布告する聖王エリオン17世。


 『フェイタル・リング』を装備した者との初めてのバトル。

 そして、『光のリング』入手イベント最高の盛り上がりをみせるバトルなのだが。


 この聖王戦──


 パーティーバトルなんだよな……。







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