第32話 負けイベントに勝利してしまう

 俺たちの目の前に現れた皇帝軍幹部『ルキファス』。


 これから始まる、対ルキファス戦だが──



 いわゆる『負けイベント』である。



 主人公サイドの敗北がシステム的に決定されているバトルイベント。


 プレイヤーが、どんなにレベル上げをおこなっても、どんなにプレイヤースキルを磨いても、絶対に・・・勝てない相手なのだ。


 しかし。


 そんな大人の事情のことなど全く知らないルルナは、顔を強張らせていた。


「皇帝軍……っ!? まさか、ハーピーさんやエルフさんたちを襲ったのは……!?」


「おやおや? 今頃お気づきになられたのですか? ご推察のとおり、あの鳥や耳長族を駆除したのは私の部隊ですよ、クックックックック」


「なんてことよ…………アタシたちが《聖都ロア》に行ったのも、皇帝領ジェルバに来たのも、全部アンタの企みだったってこと!?」


 チェルシーが悔しそうに歯を軋ませる。


「ええ、仰るとおりです。しかし、安心してください。騙されていたのは皆さんだけではありません」


「どういうことですか!?」


「あの頭の悪い聖王も皆さんと同じように騙されていますから! 聖王は、聖王庁に潜入していた私の進言を何ら疑うことなく、そのまま信じたのです。クックックック、なんと愚かな王なのでしょうか!」


「聖王様を欺くなんて…………なんと不敬なことを!」


 声を荒らげる聖女ルルナ。


 自身が信仰する聖エリオン教のトップを愚弄されたのだ。

 ルルナの心情は痛いくらいに伝わってくる。


「クックックック、私のせいではありませんよ。愚鈍な人間が悪いのです。未熟すぎるのです……人間というのは未熟で、進化の見込みのない失敗生物なのです。思考することを諦め、進化することを諦め、停滞することを望んでいる。そんな生物に未来はない。未来は我々、神聖ギレス帝国にしかないのです!」


「意味不明なこと言ってんじゃないわよ! どんな言葉を並び立てようと、ハーピーやエルフが殺されていい理由にはならないわ!」


「あの欠陥生物たちは、この世に必要ありません。皇帝ディアギレス様の計画を邪魔した耳長族は当然ですが、鳥たちも我々が作りあげる新世界に必要ありません。我々よりも高い場所で生活するなど、不愉快極まりない!」


「そんな理由で……」


 ルルナの手が小刻みに震え始める。


 皇帝ディアギレスの計画。

 《エルフの里》に配下を忍び込ませ、内乱を発生させるというもの。


 その計画を阻止したのは主人公なのだが。


 今の時点で、皇帝サイドは主人公たちのチカラを『小虫』程度にしか思っていないことが窺える。

 その皇帝が、幹部を動かしてまで主人公を自国領におびき寄せた理由。


 皇帝には見過ごせない点が一つだけあったのだ。


「人間、耳長、鳥……そんな失敗生物のことなど、今はどうでもいいのです。今は、あなた方が持っている、その『水のリング』と『火のリング』を我々が回収することが何よりも重要なのです! この世界にとって!」


 皇帝軍幹部『ルキファス』が凄んだ直後。

 彼の背中から漆黒の羽が出現した。


 『ルキファス』は鞘から剣を抜き、切っ先をルルナに向ける。


「許せません……自らの傲慢な理屈だけで他者を虐げるなんて! この『リング』は世界を平和に導くためのものです! 他者を傷つけるための道具ではありません!」


 対するルルナは、最強武器『デーモンサイズ』を構え、敵幹部と向き合う。


「ハーピーやエルフ族のためにも、アタシたちは負けるわけにはいかない!」


 チェルシーも最強武器『魔剣ハーティア』を携え、戦闘態勢を取る。



 ──この『ルキファス』戦、結果は分かっている。


 どんな正論をぶつけても、相手には敵わないのだ。


 ゲームの主人公ルークも、ルルナやチェルシーと同じく自分の感情を剝き出しにして『ルキファス』に挑んだ。


 その主人公ルークのセリフや行動に感情移入していなかったわけではない。


 そういうもの・・・・・・として、俺は無意識的に受け入れていた。


 ゲームであれば、『負けイベ』として何の抵抗もなく受け入れられた。


 でも、今は──




「なんでも自分たち・・・・の思い通りになると思うなよ」




 俺はルルナとチェルシーの前に立ち、『ルキファス』と対峙する。


「ヴェリオさん!」

「ヴェリオ様!」


 ルルナとチェルシーの弾んだ声。


 俺が戦闘態勢を取ったことで、2人の表情が緩んだ。


「思い通りになると思うなよ……ですか。クックック、どうやら傲慢なのは、あなた方のほうだったみたいですよ? あなた方の思い通りになるかどうか…………試してみるといい!!」


 俺たちに向けて颯爽と駆けてくる『ルキファス』。


 俺が言葉を向けた相手は『ルキファス』ではない。



 ──このゲームをデザインした人間たちだ。



 ルルナとチェルシーの言葉。

 その一つ一つに俺は感情移入してしまっている。


 彼女たちに対して、俺は元のゲームのキャラクターたちよりも遥かに強い愛着を持っている。


 だから、ルルナたちが傷つく姿を見るのは……。



 絶対に耐えられねぇ!!!!!!!



「《混沌のカオティック・終劇フィナーレ》!!!!」


 俺は疾走してくる『ルキファス』に向けて、スキルをぶっ放した。


 負けイベとかシナリオ都合とか、そんなもん関係ねぇ!


 大切な仲間を守るためなら、どんな相手・・だろうと戦ってやる!


 裏ボス渾身の最強スキルは、『ルキファス』に一直線に向かい──


「な、なんだ!? この攻撃……ッ!? こ、これは……ま、ま、まさか!!!!! 我らの目標! 我らの夢! 我らの理想の存在! 生物の最高到達点……魔神……ヴェ……オオオオオオオオオォォォォォ!!!!!! グハアアアアアアアアアアッッッ!!!!」


 絶対に勝てない敵『ルキファス』を、あっさりと消し飛ばしてしまった。



 その場に一瞬の静寂が広がる。


 静寂を破ったのはチェルシーの声だった。


「す、すごい……!!! やっぱりヴェリオ様は最強ね!!!! 皇帝軍の幹部でさえ一撃で倒しちゃうなんて! ねぇ? ルルナ!」


 興奮気味に語るチェルシー。


 その一方で。


「…………」


 ルルナの表情は戦闘前と一変していた。


 直後。



 ──ルルナは『黄の勾玉まがたま』を手に入れた──



 視界に表示されるシステムメッセージ。


 またしても、俺の知らないキーアイテムを入手したようだ。


 こうして、俺たちは『負けイベ』に勝利し、《海港都市ジェルバ》のメインクエストを成功させたのだった。


 パーティー内に不穏な空気を残して。






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