第26話 2時間と3時間

「ヴェリオさん、人間じゃなかったのですか?」


 そう訊ねてきたルルナに答えたのは……、


「ヴェリオ様は存在ということね! さすがはヴェリオ様よ。リング装備者じゃないのに、ハーピーの長老に一発でその凄さを見抜かれてしまうんだからっ」


 チェルシーだった。


 饒舌に俺のことを語るチェルシーの口ぶりは、とても滑らかである。


「なるほどっ。そういうことだったのですね。たしかにヴェリオさんの力は人間を超越しています。ハーピーの長老様が、まるで人間ではないみたい、と表現したくなる気持ちには納得ですっ」


「うんうん!」


 ルルナとチェルシーは、勝手に話を進めて勝手に納得してくれたようだ。


 良かった良かった。

 とりあえず、俺の正体は追求されずに済みそうだ。


 安心した俺は、二人に『風のリング』入手の説明をおこなうことに。


「それで、『風のリング』についてだけど──」




 『風のリング』は、広大な空をランダムに漂っている、という設定である。


 俺たちは空を飛ぶことができないので、ハーピー族に力を貸してもらいリングを探索するのだ。


 ここ《ゆうとうフィーリヤ》に棲むハーピー族には、風の流れを読むチカラが備わっている。


 彼らハーピーに、空中を漂う『異物』の位置を島の様々な角度から調査してもらう、というのが今回のクエストである。



 ──そして、ゲーム上では『ミニゲーム』扱いのクエストであった。



 島に点在するハーピー族と交流し、主人公が『リング』探査を依頼する。

 

 一度に探査依頼をおこなえるハーピーは1体のみであり、実行している探査が終了すれば、別のハーピーに探査を依頼できるようになるという流れだ。


 つまり。


 ひじょ~~~~に時間が掛かるクエストなのである。


 『リング』探査をおこなうのに1回あたり2時間かかり、『異物』を発見できないことも多々ある。


 また、探査に失敗した場合は飛行系モンスターとバトルになることもあり、プレイヤーからの評判が著しく低いミニゲームだった。


 ここで問題になるのは、そのクリア時間──『風のリング』を発見するまでに掛かる時間である。


 ゲームでは約16時間ほどでクリアできた。

 挑戦回数にすると、8回。


 一刻も早くラスボスを倒したい俺にとって、この16時間はあまりにも長すぎる。


 ただ、この16時間というのは方法で攻略した場合の時間である、




 このミニゲーム、実はが存在しているのだ。




 まず、島の北北西の方角に居るハーピーの場所まで行く。そして、その場で3時間、何もせずに放置する。


 すると、ハーピーが、


『あっ、あそこに異物の反応があります!』


 と言ってくるのだが……。


 この『異物』が100%『風のリング』なのだ。


 3時間消費するだけで、戦闘も無駄な労力も使わずに無事にクエストをクリアすることができる。


 ゲーマーとして、この裏技は使いたくなかったが……今の状況を考えると変なプライドを出している場合ではない。


 万が一とのバトルに突入したら、ルルナたちに危険が及んでしまうかもしれないからな。


 探査失敗した時に出現する様々な飛行系モンスター。


 その中でも、ゲーム内最強格の敵──

 空の守護者『風魔獣マ・ヴァールナ』は、この世界では相手にしたくない敵だ。


 ラスボス『皇帝ディアギレス』、サブクエの『名もなき女性』と並び、プレイヤーから三強と言われていた強敵である。


 遭遇率1%──つまり、探査100回につき1回遭遇するかどうかの確率。


 ゲーマーとしてなら、『風魔獣マ・ヴァールナ』討伐のために時間を掛けて、わざとバトルに突入させたいところだが。


 ここは当然、安全策を取る。




「──ということは、私たちは3時間、ここで何もせずに立っていればよいのですか?」


 説明を終えた時、俺たちは島の北北西に到着していた。


「そうだ」


「えー! 3時間、ただ立ってるだけなんて、アタシ無理よ!」


 皇女とは言え、チェルシーは中学生くらいの年齢である。

 精神的には、まだまだ幼い部分があるのだ。


 初めて訪れた憧れの地に、ただボーッと突っ立ってるのは精神的にこたえるのだろう。


「我慢してくれチェルシー。これが最善の攻略法なんだ。この方法によって、安心安全、平穏無事に『風のリング』が手に入る。3時間のタイムロスなら悪くない」


「そうですね。《イーリスの町》や《エルフの里》での戦闘に比べたら、とても平和な3時間です」


 ルルナは真剣な表情で言った。


「んー……まぁ、2人がそう言うなら……アタシも我慢するしかないわね……」


 こういう聞き分けが良いところは、チェルシーの長所だ。

 ゲームの悪役令嬢チェルシーに比べて、とても素直な少女に成長している。


「ありがとう、チェルシー。それじゃあ──」


 俺が暇つぶしの雑談を始めようとすると、


「これはこれは! 運命の導き手様! 長老から話は伺いました。これから『風のリング』の探査をするのですよね?」


 その場に居たハーピーが声を掛けてきた。


「あっ、いえ……私たちは、その……」


「なにモゴモゴしてるのよ、ルルナ。アタシたちは『風のリング』を手に入れるために、ここに来たんでしょっ」


「チェルシー、待ってください! それは、そうなのですが……その返答は……」


「それでは、ワタクシが『風のリング』探査をして参ります。2時間ほど掛かりますので、運命の導き手様はこの場で待っていてください」


 そう告げて、ハーピーは北北西の空に向かって飛んで行ってしまった。



 ──ミニゲーム『風の行方』が開始されました──



 俺の視界に、システムメッセージが表示される。


 チェルシーの返答が探査依頼と見なされ、ミニゲームが始まってしまったらしい。


「あ……」


 口をけたまま固まるルルナ。


「ああああああぁ!! アタシ、もしかして、やっちゃった!? ねぇ? これ、やっちゃったのかしら!?」


 チェルシーが両手で頭を抱えて叫ぶ。


「まぁ……1回くらいの探査だったら、そんなに時間ロスじゃないから平気だ。2時間後、今度はハーピーに返答せずに突っ立っていればいいさ」


「うぅ……ごめんなさい……」


 その後、半泣き状態のチェルシーを、俺とルルナ二人で元気づけた。




 ──2時間後。


「た、大変ですっ! 『異物』だと思って近づいたところ、相手はモンスターでした! 運命の導き手様、どうか御力をお貸しくださいませ!」


 探査から戻ってきたハーピーが、慌てた様子で言ってきた。


 どうやら探査結果は失敗だったらしい。


 ……まぁ、確率的には失敗のほうが圧倒的に多いからな。


「なにあれ……なんか……デカくない……!?」


 ハーピーの後方から飛んでくる物体を見て、チェルシーが顔を引きつらせている。


 俺もチェルシーに続いて、敵モンスターを確認してみる。


 ……。


 …………。




「って! あれ『風魔獣マ・ヴァールナ』じゃん!!!!!!」




 1回目の単発ガチャで、いきなり最高レアリティを引き当てやがった!!!!


 全然嬉しくねぇええええええ!!!!!






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