第20話 エルフの掟

 《エルフの里》。


 その名のとおり、エルフ族が暮らす集落だ。


 人間社会とは隔絶された森林地帯の中に存在し、独自の文化を築いている場所である。


 目的の『風のリング』は、《ゆうとうフィーリヤ》という空に浮かぶ島で入手できるのだが、この島に行くためには《エルフの里》を経由しなければならない。


 お得意の空間転移テレポートで《ゆうとうフィーリヤ》に飛べるかと思ったのだが、それはできなかった。


 ちゃんと『メインクエスト』を進めて正規の手順で入島しなさい、ということらしい。


 ……と、いうことで。


「わぁ♪ ここが《エルフの里》ですかぁ! 素敵なところですねぇ!」


 俺たち一行は、エルフ族の暮らす集落に飛んできていた。


 ルルナは集落の入り口に立ち、感嘆の声をあげている。


 この世界の人間の街にも緑豊かな場所はある。


 でも、《エルフの里》の風景は、ゲームの画面越しからでも分かるくらい、綺麗な自然で溢れていた。


 街の中に木々を植えたのではなく、自然の森林地帯の中に里を作ったのだ。


 エルフたちが暮らす家も、全て自然の素材で作られている。

 大木を掘って、その中に暮らす者もいれば、大木の上に家を作って暮らしている者もいる。

 まさに、自然と共生している種族なのだ。


「綺麗だよなぁ、ここ。この世界で一番好きな場所だ」


 長身で耳長のエルフという定番設定もあり、ザ・ファンタジーという世界観に没入させてくれる《エルフの里》。

 

 ファンタジーゲームが好きな俺にとって、ここは一番のお気に入りの場所だった。


 『メインクエスト』の結果を知っている俺からすると、今の平穏な里の光景は、どこか哀愁のようなものも感じてしまうが──


「ヴェリオ様が一番好きな場所!? それならアタシとの新婚旅行は、ここに決まりね! 今日は、その下見に来たってことかしら!」


 そんなわけない……。


「ここへ来たのは、もちろん『風のリング』を手に入れるためだ。あらかじめ、2人にも入手の手順を説明しておいたほうがいいな」


 『火のリング』の時のような失敗を繰り返さないためにも、クエストのことを入念に事前説明しておくべきだ。


「はい! よろしくお願いしますっ」


 ルルナが真剣な眼差しを俺に向けてくる。


 そして、俺はルルナとチェルシーに『メインクエスト』の概要を説明した──




 『風のリング』がある《ゆうとうフィーリヤ》へ行く道は《エルフの里》にしか存在しておらず、その唯一の道は現在になっている。


 今、《エルフの里》で、ある問題が発生しているからである。


 その問題とは──里の次期族長である『ユーノ』が《洗礼の儀》を受けるのを拒絶していることにあった。


 エルフ族のしきたりとして、族長を受け継ぐ者は、必ず《洗礼の儀》という儀式を済ませなければならない。


 その儀式を次期族長の『ユーノ』が行おうとしないため、里のエルフ総出で『ユーノ』を説得している、というのが今の状況である。


 俺たちプレイヤーの目標は、『ユーノを説得し、彼を《洗礼の儀》に連れていく』ことである。

 《洗礼の儀》が無事に執り行われた後、《ゆうとうフィーリヤ》への道が開放されるのだ。


 いわば、この《エルフの里》は目的地までの通過点。


 簡単な戦闘があるだけで、ここでつまずくプレイヤーは居ない。




 俺が一通りの説明を終えると、


「──なるほど。私たちのすべきことは分かりました。でも、そのユーノさん? 果たして私たちで説得できるのでしょうか? エルフ族は人間を毛嫌いしている種族だと聞いたことがあります」


 主人公ルルナが不安そうに訊ねてきた。


「問題ない。エルフ族は『リング』を所持している者を信用しているからな。ルルナの言うことは無条件で聞く」


 それが主人公特権だ。


 主人公を見た瞬間、ユーノは主人公を儀式の護衛役に指名し、《洗礼の儀》を執り行うのだ。


 そして、儀式が行われる《霊峰ラグナレス》に行き、戦闘に勝利すれば、クエストクリアである。


「にしても! そのユーノって男、なんで儀式するの嫌がってるのかしらねぇ! 里の決まりなら、とっととやっちゃえばいいのに」


「彼にも彼なりの考えや思いがあるんだよ」


 まぁ、俺も最初はチェルシーと同じ感想を抱いたけど。


 RPGで定番の、気弱な情けない跡取り息子を改心させるイベントかと思ってたし。


「そっか。じゃあ、これから里に入ってサクッと儀式を終わらせちゃおっ♪」


「はい!」


 こうして、俺たち一行は万全の準備をしてから《エルフの里》に足を踏み入れた。



 ◆



「族長! 人間です! 人間が里の中に入ってきました!」


「なんだと!? それで、その人間はどうした!」


「なんでも、ユーノ様に用があるとのことで、こちらに連れて参りました!」


 俺たちは里の衛兵エルフに連れられ、族長の家に招かれていた。


 ……いや、厳重な監視下のもと、強制的に連れてこられていた。


「お前たちか……里に入ってきた人間というのは!」


 族長が目を細め、威圧的な態度で俺たちを見つめてくる。


「うわぁ……噂通りね。やっぱり、エルフって人間のことが嫌いなんだ……」


 チェルシーが族長に聴こえないよう、コソコソと呟く。


「だ、大丈夫でしょうか……なんだか、物々しい雰囲気ですけど……」


「2人とも安心しろ。これからユーノが出てきて、ルルナを儀式の護衛役に指名してくるから」


 俺が言うと、ルルナとチェルシーは安堵の表情へと変わった。



 そして──


「父上! 里に人間が紛れ込んだと聞きましたが!?」


 エルフ族の若い男性が族長の家に飛び込んできた。


 青を基調にした軽装備に身を包んだ男性エルフ。

 エルフにありがちな弓ではなく、腰に2本の短刀を下げているのが特徴的である。


「おおぉ、ユーノ! その件だが、まさに今お前の目の前に居るのが、その人間たちだ!」


 次期族長ユーノは俺たちを注意深く観察する。


 そして、一拍置いた後。


 ユーノの表情が見る見るうちに変化していった。


「ち、父上! この者、かの『運命の指輪フェイタル・リング』を装備しておりますぞ!」


「なんと!? ということは…………まさか!? 精霊に認められし、運命の導き手様か!?」


「はい! どうやら、そのようです! 精霊の導きにより、我が里を訪れたのでしょう!」


 族長と、その息子ユーノは興奮気味に話を進めていく。


「そうであったか! そうとは知らず、無礼な態度を取ってしまった! 申し訳ない!」


 族長は俺たちに平身低頭して謝罪した。


 たしか……このセリフの後、ユーノが「父上、この方に護衛していただけるのであれば、ボクは《洗礼の儀》を執り行います!」と言って、主人公を護衛役に指名するのだ。


 このイベントにルート分岐は無い。


 一本道のチャートだから、話の流れに従い淡々と進めればいいだけだ。


「まさか、この目で運命の導き手様を拝めるとは…………至極光栄の至り! どうぞ、《エルフの里》を自由にご覧になってくださいませ! 何か分からないことなどがあれば、次期族長であるボク──ユーノがお答えいたします!」


 ……あれ?

 こんなセリフあったっけ……。


 記憶に無いが、それなら直接確認してみるまで。


「あ、えっと……ユーノさん、さっそく一つお訊ねしたいのですが。俺たち、こちらの里で《洗礼の儀》が行われると聞き、その手伝いにやってきたのですが……なにか手伝えることとかないですかね? その……ユーノさんの護衛役とか」


 直接、訊いてみた。


「そうだったのですか。《洗礼の儀》につきましては……今は、まだボクの決心がついていない状態なんで……執り行う予定は無いんですよ」


 へ!?


 なんか、おかしい流れになってる!?

 このシーンに、分岐や選択肢なんか一つも無かったはずだが?


「い、いや! ここに『リング』を装備した運命の導き手が居ますよ!? このに護衛役をしてもらえば、きっと、ユーノさんのも解決してくれますよ!?」


 こうなったら、強引に流れを元に戻すしかない!


「あぁ……それは確かに心強いのですが……」


「ですが?」


 嫌な予感がする……。




「儀式が行われる《霊峰ラグナレス》はの土地なんですよ」




 あ。


「あ……」


 いた口が塞がらない。


「だから、いくら運命の導き手様といえど、こちらの女性に護衛をお願いするわけにはいきません。ですので、当分の間、儀式を行うことはありません」



 ──詰んだ。


 これ、完全に詰んだじゃん!!!!!!


 このゲームの本来の主人公ルークは、性別固定の男だったけどさ!


 今の主人公……女の子ルルナなんだよなぁ!!!!!!






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