第18話 魔神のチカラ

 俺はチェルシーに『魔剣ハーティア』と『火のリング』を装備させ、敵の初動を教えた。


 準備は万端。


 そうして迎えた『名もなき女性』攻略戦。


「その男の味方をするっていうなら……アンタたちも私が殺してやるわッ!!」


「嫉妬なんて醜い感情、アタシが…………消し去ってあげる!」


「フンッ!! だったら、お前から殺してやるッ!! この町に相応しくない、その高そうな服ごと燃やしてあげる!!」


 最初の挑戦時と同じ会話、同じ流れで戦闘が開始されたのだが──


「──ッ!!  《地獄よりの一閃ジ・インフェルノ》!!!!!」


 『名もなき女性』がチェルシーに向けて駆け出した、まさにその瞬間。


 チェルシーが黒い炎を纏った魔剣を天に振りかざし──くうを裂くように勢いよく振り下ろした。



 チェルシーと『名もなき女性』との間には距離があった。


 しかし、そんな距離など関係なく、『魔剣ハーティア』から放たれた黒炎の剣圧は凄絶な速度で目標に衝突。

 敵は巨大な炎に包まれた。



 一瞬の出来事だった。


 一瞬の後に、『名もなき女性』が無残な状態で地面に横たわる今の状況になっていた。



 ──サブクエスト《真心弁当》をクリアしました──



 そうして表示される機械的なメッセージ。


 最初の挑戦時とは真逆の結果。


 俺しか経験していない『チェルシーの死』。


 にされた仲間たちとの会話。


 色々と思うところはあるが、俺たちは初見成功率0%のサブクエストを無事クリアすることができたのだった。


 結局、初見ではクリアできなかったけど。




「…………あ……あ……あぁ……な、なんで、あいつが倒れているん……だ!?」


 呪いが解けた男性が女性のもとへ駆け寄る。


 ゲーム上では、この後、男性は主人公プレイヤーに恨みの言葉を言い残して自害するのだ。


「ヴェ、ヴェリオ様……アタシ……ッ」


 男性の悲痛な声を聞き、声にならない声を漏らすチェルシー。

 責任を感じているのが痛いほど伝わってくる。


「どうして……こんなことにぃ……ッ!!」


 泣き崩れる男性に、ルルナが近寄り、


「それは……私が説明いたします」


 これが自分の役目とでも言わんばかりに、事の顛末を話し始めた。




「──そんなふざけたこと、俺は絶対に信じねぇからな! あいつは……俺の愛する嫁は……お前たちに殺されたんだッ!! ちくしょう……ちくしょうッ……チクショウッ!! あああああぁあああ!!」


 男性は両手を地面に叩きつけて感情を爆発させる。


 チェルシーも「ヴェリオ様……」と今にも泣き出しそうになっている。



「まだ、死んだわけじゃない」



 俺は男性に向かって、告げた。


「死んだわけじゃない……だと!? お前……嫁のこの姿を見て、よくもそんなことが言えたなぁ!!」


 男の嫁──『名もなき女性』は間違いなく死んでいる。

 システムメッセージに『クリア』と表示されたことからも、それは間違いない。


 だが──


 俺は裏ボスだ。


 世界を恐怖のどん底に突き落とそうと企む、悪の魔神『ヴェリオーグ』だ。


 クエスト中のルールは無視することができない。


 でも、のことなら、チート能力で解決できる。


 俺は、自分の『ステータス』を最初に確認した時、気になっていたことが1つあった。


 それが……、



 ・《闇の幕開けヴェ・リオーグ

 HPが0になったキャラクターに自身の血を注ぎ込み眷属化させる。

 魔神ヴェリオーグの眷属になった者は闇属性となり、魔神に支配される。



 自身の名が付いた、このスキルの存在だ。


 HPが0……つまり、この世界でいう死亡状態のことだろう。

 

 俺は声を荒らげる男性を無視し、地面に横たわる『名もなき女性』の口元に自分の手を近づけた。


 爪で自分の指先を裂き、出血させた後、女性の口に注ぎ込んだ。


 ……真っ黒い魔神の血を。


 すると、その直後、女性は何事も無かったかのように目を覚まし──


「……へ? あ、あれ? 私……なんで、こんなところで倒れて……って! ヴェリオーグ様!? あ、あわわわわわっ、こ、この度は、私のような小物を眷属にして頂き、誠にありがとうございましたッ! あわわわわっ」


 俺にひざまずいて感謝の言葉を述べてきた。


「こ、これは……どういうことだ!? 嫁が……生き返った!?」


 目の前で起きた『奇跡』に驚愕する男性。


「し、信じられない………ヴェリオ様が凄い御方であることは勿論知っていたけど……まさか、死んだ人間を蘇らせるなんて……ッ!! 凄すぎるわ!!!!」


 チェルシーは驚嘆の後、喜びの感情を爆発させた。


「ヴェリ……オーグ?」


 一方、ルルナは怪訝な表情を浮かべていた。


 ……マズい。なんか、眷属化したことで、魔神の情報が『名もなき女性』に自動的に流れちゃったみたいだぞ……。


「え、えぇっと……これからは旦那さんと仲良く暮らしてくださいね! 旦那さん、浮気なんか一切しない奥さん一筋の良い人なんですから!」


 ここは無理やりにでも話題を切って、話を終了させるべきだ。


「は、はいっ! 私……なんだか勘違いしていたみたいですね……一人で思い悩んで、一人で勘違いして突っ走ってしまって…………あなた! 本当にごめんなさいっ!」


「え? い、いやぁ、俺には何のことだか、さっぱり……あはははは」


 言葉を濁す男性。


「じゃあ、俺たちはこれで。お二人さん、幸せに!」


「ああ! なんか助けられちまったみたいだな! さっきは酷い言葉をぶつけちまって悪かった! お前さんたちも、これからの旅、頑張れよな!」


 去り際。


 男性が大きな声をあげながら、大きな手を振って見送ってくれた。


 こうして、俺たちは『メインクエスト』と『サブクエスト』を成功させたのだった。






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