第15話 悪役令嬢と嫉妬心

 《イーリス鉱山》入り口のひらけた場所──


 お腹を押さえてうずくまる男性。

 そして、その男性の苦しむ姿を見て、嬉しそうに高笑いをあげる女性。


 俺たち一行は、超高難易度サブクエスト《真心弁当》に突入してしまっていた。


「悪霊に取りかれてるって…………あの女性、操られてるってこと!?」


 チェルシーが女性を見やり、驚きの声をあげる。


「そうだ」


「そ、そんな…………いえ、呆けている場合ではありません! はやく男性を治療しましょう!」


「待て、ルルナ。その男の状態を魔法や薬で解除することは不可能だ」


「では、どうすれば良いのですか!?」


 ルルナが切羽詰まった様子で訊ねてくる。


「男が苦しんでいる原因……それは呪いのせいなんだ。そして、その呪いを解呪するには──呪いを掛けた本人を倒すしかない」


「呪いを掛けた人って……」


 辺り一面に轟くような笑い声をあげている女性。

 チェルシーは、その女性を見て呟いた。


「そう。あの女だ」


「でも、それって呪いを掛けた悪霊だけを倒せば良いのよね!?」


「いや、女性の生命活動を停止させる必要がある。あの女性と悪霊は、身体だけでなく心も一体化してしまっているからな」


「そんな……」


 ルルナが悲しそうな目で女性を見つめる。


「待ってよ! あの女性ひとだって、悪霊に操られてるんでしょ!? 女性に罪は無いわ!」


「チェルシーの気持ちは分かる。でも、俺たちは、あの女性を倒さなきゃ前に進めないんだ」


 このサブクエストのクリア目標は、『お弁当を渡してきた女性を倒す』ことである。


 その目標を達成する以外に今の状況を抜け出す方法は…………。


 いや? 待てよ?


 ここは《フェイタル・リング》の世界の中で間違いないが、ゲームの時とは大きく異なる点が一つだけある!



 ──裏ボスの存在だ。



 裏ボスである俺には様々なチート能力が備わっている。


 その中でも……空間転移能力──このチカラはゲーム上では誰も試したことがない特殊なスキルである。


 そう考えた俺は、すぐに空間転移テレポートスキルを使用した。


 のだが……。



 ──現在、空間転移スキル使用不可です──



 視界上部に表示される無情なシステムメッセージ。


 ダメ……か。


 クエストなどの特殊な状況下に置かれている間は、そのルールに従わなければならない、ということらしい。


「アハハハハッ!! アンタたち、そのクズ野郎の味方をしてるみたいだけど……そいつ、死んで当然のゴミみたいな男だからね!」


 俺の気持ちを知ってか知らずか、クエスト討伐目標の『名もなき女性』が話を進める。


「この男性が、いったい何をしたというのですか!? こんな優しそうな旦那さんを殺そうとするなんて……私は絶対に貴女を許しませんっ」


 主人公ルルナが叫ぶ。


「いいわねぇ、頭の中にお花畑を咲かせている小娘ちゃんは! その男はね……妻である私以外のオンナに手を出して、自分の欲望を満たすためのハーレムを作っていたのよ! 私にバレないよう、コソコソ隠れてね!」


 女性はカッと目を見開いて、夫である男性を睨みつけた。


「……そ、それでも! どんな理由があろうと、人を殺めることは絶対に許されません! もう一度、お二人で話し合うために、男性の呪いを解いてくださいっ」


「フンッ!! 解くわけないじゃない! そいつの大好物の弁当に特製の隠し味呪いを掛けてあげたんだから。それで死ねるんなら本望よねッ!? あなたッ!!」


 女性が青筋を立てて夫に迫るが、男性は苦しそうに悶えるだけで答えることはできなかった。


「完全に理性を失っているようです……。あれが悪霊に取りかれる、ということなのですね。聖職者である私も初めて見るタイプのものです……」


「女性の嫉妬心に付け込んで身体を乗っ取ろうとする悪霊と、その悪霊のチカラ呪いを利用したい女性。両者の思惑が重なり、一体化してしまったんだ。今のあの女性は、嫉妬心に駆られて動く悪霊そのものだ」


「…………」


 俺の言葉に、口をつぐむチェルシー。


 チェルシーは何か思い詰めるように、唇を嚙みしめていた。


 一方、そんな俺たちを威嚇するように睨みつけてくる女性。


「その男の味方をするっていうなら……アンタたちも私が殺してやるわッ!!」


 困惑するルルナとチェルシーをよそに、『名もなき女性』が戦闘態勢に入る。


「ヴェリオさん!? 私たち、あの女性と戦うしかないのでしょうか!? 他に何か解決方法は無いのですか!?」



 言葉での説得は不可能であり、討伐することでしかクエストは進まない。


 ──絶対に。


 このクエストの結果に納得がいかなかった俺は、何度も繰り返した。


 何度も何度も何度も何度も何度も。


 でも、このクエストの行き着く先は何も変わらなかった。


 この《真心弁当》のクリア達成目標は、討伐対象である女性の死。


 しかし、女性を倒したことで呪いが解かれるはずの夫も、結果的に死んでしまうのだ。


 そもそも、女性に浮気を疑われている鉱山夫の旦那だが……。



 ──実は、浮気など一度もしていない。



 それどころか、妻一筋の愛妻家である。


 男性は、愛する妻との夫婦生活を知り合いの女性に自慢していただけなのだ。


 男性自身は確かに女性からモテてはいたのだが、妻を一途に想う気持ちは一切揺らぐことは無かった。


 つまり、妻のために毎日鉱山で働く男──『良い夫』だったのだ。


 夫のことを一方的に誤解した妻。

 彼女は誰にも相談することなく、日々、自身の嫉妬心を膨らませていき、とうとう悪霊に取りかれてしまったのである。


 主人公プレイヤーが女性を討伐すると、男性は呪いから解放される。


 しかし、目覚めた男性の前には、死体となって横たわる妻の姿。


 絶望した男性は、その場で自害してしまうのである。




 誰も救われない『サブクエスト』。

 メインストーリーにも絡まないので、クリアする必要もない。

 報酬もなく、ただただ後味の悪さだけが残るクエスト。


 このサブクエストが胸糞と言われる理由が、そこにある。


 そして、イベント内容よりも問題なのが、その攻略難易度である。


 臨戦態勢となり、今にも襲い掛かってきそうな『名もなき女性』──この討伐対象の女性が恐ろしく強いのだ。


 ゲームバランスが崩壊しているのでは、と思うほど強い。ブッ壊れキャラである。


 この段階で到達できるLvを考えると、難易度的にはゲーム内でも屈指の高さだろう。

 正直、俺はラスボスよりも苦戦した。


「ルルナ……わかってるな? ルルナにも思うところがあるだろうけど、やるしかないんだ。ルルナが、やるしかないんだ」


 俺はルルナを鼓舞するように言った。


 このクエストはが参加できるバトルである。


 俺はクエスト攻略の対策を色々と考えたのだが、結局、主人公ルルナのLvを上げることしかできなかった。


 それでも、通常プレイでは達することができないLv8までは持ってこられた。

 Lvによるゴリ押しが通じる相手ではないが、なんとか頑張ってもらうしかない。


 あとは、敵の攻撃方法などの攻略情報をルルナに伝えるだけだ。


 覚悟を決め、俺がルルナに情報を伝えようとした時──



「アタシがやるわ! 嫉妬なんて醜い感情、アタシが…………消し去ってあげる!」



 悪役令嬢チェルシーが俺とルルナの前に出て、女性を指差して言った。


「はぁあああああ!? いや、ちょっと待て!? チェルシー、それはダメだぞ!?」


「フンッ!! だったら、お前から殺してやるッ!! この町に相応しくない、その高そうな服ごと燃やしてあげる!!」


 だから! ダメだって言ってるじゃん!

 え? なんで?

 どうして、こうなった!?


 チェルシーのLv…………1なんだけどおおおお!!!!!






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