第10話 物語、開始する
俺たちの冒険はこれからだ!
……本当に、これからなのだ。
現在の物語の進行度は0%に近い。
ストーリー的には、主人公が水のリングを手に入れて旅立つという『オープニング』しか終えていないのだ。
メインクエストは1つもクリアしてないし、そもそも受注すらしていない。
唯一クリアしたのは《リア充爆発しろ》とかいう謎のサブクエストだけ。
紆余曲折はあったが、ここからが俺たちの本当の冒険のスタートなんだ。
「さーて! それじゃあ、これから『フェイタル・リング』探しに取り掛かるとするか!」
「はい! ヴェリオさん、チェルシー、世界の平和のために頑張りましょう!」
「ええ! アタシの母国へ攻め入ってきた皇帝ディアギレス……あの暴君を止めるために、ヤツよりも先に
ラスダン前でサンドウィッチを食べ終えた俺たちは、本来のメインシナリオを進めるため、とうとう満を持して遅ればせながら動き出したのだった。
◆
俺たちが
「うわぁ、暑いところですねぇ~」
聖女ルルナが思わず顔を歪めてしまうほど暑い気候の町だった。
ニフレイム大陸の中央部に位置する《イーリスの町》。
『火のフェイタル・リング』が眠る場所であり、多くのプレイヤーが最初のメインクエストクリア後に訪れる町である。
俺たちはトッポ村のメインクエストを速攻でクリアした後、ここ《イーリスの町》に来たのだった。
ゲーム前半で入手することになる『火』と『土』と『風』のリング。
その入手順は各々のプレイヤーが自由に選ぶことができるのだが、それぞれのリングの入手難易度は異なっており、攻略手順を間違えると一気に難易度が増す。
『火』→『風』→『土』
この順番で攻略していくのが最善のルートである。
俺が何度も試行した結果導き出した、最高効率のチャートだ。
「この町に『火のリング』があるの!? いつの間にか情報を得ていたヴェリオ様は、さすがだわ!」
チェルシーが尊敬の眼差しを俺に向けてくる。
「戦闘能力だけでなく情報収集能力まで高いなんて、尊敬です……!」
ルルナは直接「尊敬」という言葉を出して言ってきた。
知識チートはあるが、ゲームの《フェイタル・リング》の情報に頼りすぎるのは良くないだろう。
すでに俺はチェルシー関連のイベントでミスを犯している。
ここからは、慎重にクエストを進めていくぞ!
「よし、じゃあ《試練の塔》に…………いや、その前に《イーリス鉱山》へ向かうぞ」
「はい!」「ええ!」
ルルナとチェルシーは、俺に
2人の信頼を裏切るわけにはいかない。
俺は気持ちを新たにし、先導するように《イーリスの町》を歩き出した。
◆
《イーリスの町》は鉱山の
町に住む男性のほとんどが鉱山で働く鉱夫であり、町中には
埃っぽい空気に加え、額から汗が流れ出るほどの熱気。
その熱さの原因が《イーリス鉱山》にある。
町の男たちが働く《イーリス鉱山》。
鉱山では高価な鉱石が採掘されるのだが……。
この鉱山、実は活火山なのだ。
噴火活動の後に、地中深くから金属類の鉱脈が流れてきて現在の鉱山になったとされる。あくまで設定的な話ではあるが。
採掘場の奥地にはマグマ溜まりが発生しており、その中に『火のフェイタル・リング』が眠っているのだ。
そして、俺たちは火のリングが眠る、その《イーリス鉱山》前にやって来ていた。
「なんだぁ!? お前たち、見慣れない顔だが、ちゃんと入山許可証は持っているんだろうなぁ!?」
鉱山に入ろうとすると、入り口に立っていたマッチョ男に止められてしまった。
「許可証ですか? 持ってませんよ?」
ルルナが、さも当然のように答える。
「なんだとぉ!! 許可証のねぇヤツを鉱山に入れるわけにいかねぇ! とっとと帰んな!」
「お待ちください! アタシたちは、この鉱山に大事な用があって参ったのです。貴方に迷惑はお掛けしないので、入れて頂けないでしょうか!?」
チェルシーが平身低頭して、丁寧な口調でマッチョ男に頼み込んだ。
皇女が粗暴な平民に頭を下げる。ゲームでも見なかった光景だ。
しかし──
「ダメだダメだ! 鉱山に入って野垂れ死なれたら、オレたちも迷惑なんだッ!! オレたちは死体回収屋じゃねぇんだ。鉱石掘り屋だからな!」
「それでは、その入山許可証というのは、どちらで頂けるのでしょうか?」
マッチョ男の威圧的な態度にも動じない聖女様。
普段は穏やかな性格のルルナだが、なかなかに肝が据わっている。
主人公補正でも付いているのだろうか。
「あぁん? 嬢ちゃん、そんなに鉱山へ入りてぇのか!? だったら、町を出て南に進んだところに建ってる《試練の塔》ってとこに行ってみな!」
「《試練の塔》? そこへ行けば、入山許可証を頂けるのですか?」
「許可証を貰えるかどうかは…………お前たち次第だ。まぁ、お前たちみたいなヒヨッコ冒険者じゃ、絶対に無理だろうけどな! ガッハッハッハッハ!」
俺たちを馬鹿にするように笑い声をあげるマッチョ男。
──これでフラグ立ては完了。
「よしOK。じゃあ《試練の塔》に向かうぞ」
俺はルルナとチェルシーに機械的に言った。
そうして俺たちは、町の南にある《試練の塔》へ空間転移した。
◆
「ヴェリオさん、こちらの場所には来たことがあるのですか?」
《試練の塔》前に転移した直後、ルルナが不思議そうに訊ねてきた。
「いいや、俺も初めての場所だ」
「それにしては慣れた感じがするわね。まるで観光ガイドさんが付いているかのような安心感があるわ!」
感激するように、両手を胸の前で組みながら言うチェルシー。
「そ、そうか……?」
まぁ、ゲームで何度もやりなおしてるからな……。
火のリング入手イベントで難しいのは、リングを守護する精霊とのボス戦だけだ。
しかし、そのボスバトルはパーティー戦なので、今の俺たちの戦力なら余裕でクリアできるだろう。ルルナとチェルシーはLv1のままだけど……。
火のリング入手イベントはサクッとクリアして次に進むのだ。
「ヴェリオさんが仲間になってくれて本当に良かったです。世界を皇帝ディアギレスの魔の手から守るための第一歩、みんなで力を合わせて頑張りましょうねっ!」
「ええ! このチェルシー、どこへでも付いていくわ!」
ハイテンションで応えるチェルシー。
「ああ」
「ふふっ。ヴェリオさん、さすが余裕ですねっ」
2人と俺の間には、どこか温度差のようなものが存在していた。
ルルナとチェルシーにとっては当然初見の
それに、2人は遊びや酔狂でリング集めをしているわけではないのだ。
──信念に従い、自らの意志で運命を切り拓いているんだ。
転生者の俺とは違う。
俺もゲーム的なノリは
この世界で生きている彼女たちに失礼だ。
ここはゲームの中じゃない。
本物の異世界なんだ。
「悪い、虚勢を張っていただけだ。この後、何が起こるか分からない。2人とも! 気を引き締めていこうぜ!」
この世界は予想外のことが起こり得るのだ。
油断するわけにはいかない。
「はい!」「ええ!」
ルルナとチェルシーは威勢よく応えてくれた。
そして、俺たちは《試練の塔》の入り口へと向かった。
天高く
「この塔に何用であるか! 用がないのであれば立ち去るがよい!」
その《試練の塔》を守る衛兵が、槍を構えて言ってきた。
「私たちは、こちらで《イーリス鉱山》の入山許可証が頂けると聞いて、やって参りました」
衛兵の高圧的な態度にも意を介さず、堂々と答えるルルナ。
やはり、どことなく主人公らしさを感じる。
「そうであったか! まさか、弱そうなお前が鉱山に入りたいとはな! あの鉱山はモンスターが出る
「塔を登るだけ? それだけで良いのですか?」
「それだけ、だと? フハハハハハハハ! この塔の内部には、侵入者を排除するための様々な仕掛けが施されていて、簡単には登頂できないようになっているのだ! お前みたいな弱い人間には到底不可能なんだよ! わかったら、とっとと立ち去れ!」
槍の矛先をルルナに向け、威嚇するように言ってくる衛兵。
「俺たちは、どうしても鉱山へ入る必要がある。だから塔の試練に挑戦させてくれないか」
「ほほう! そこまで言うのなら、挑戦してみるがよい! この《試練の塔》にな!」
「ありがとう。それじゃあ、そこを通してくれ」
俺が塔へ入ろうとすると──
「何を言っているんだ。塔への挑戦を許可するのは、そこの娘……お前一人だけだ」
そう言って、衛兵はルルナを指差した。
「え!? 私だけ!? どういうことです!?」
「塔への挑戦は一人だけと決まっているんだ! わかったら、さっさと入れ!」
「ヴェリオさん……っ」
急に不安そうな表情になり、俺を見つめてくるルルナ。
…………やっちまったぁあああ!!!
ここ、
俺、つい癖で自分が主人公の気分でクエスト進めちまった!!!!
……ルルナのLv……1しかない……詰んだ……。
俺は天を仰ぐように、塔を見上げることしかできなかった。
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