第124話 隣に並ぶ(物理的に)


 俺がテーブルに頭を下げていると、穏やかな口調で藤咲さんのお父さんは言った。


「顔を上げてくれ、君の言いたいことはよく分かった」


 そして、二人とも俺の顔を見て微笑む。


「俺たちは、勝手に涼子のことを哀れんでいたみたいだな」


「早く結婚した方が幸せ、孤独なのは可哀そう、そんな風に思っていたけれど……あなたみたいな人が一緒なら安心ね」


 そして、二人は立ち上がって藤咲さんに語る。


「男ばかりの世界で活躍することがどれだけ困難か、正直言うと俺なんかじゃ想像もできない」


「我が子にはそんな苦労をして欲しくなかったの、でもそれは私たちの我儘よね」


 ご両親の考え方も聞いて納得した。

 職業に性別なんて関係ない、それは理想論であって、現実は厳しい目が向けられる。

 だから、引き留めたい思いがあったのだろう。

 あるいは、逃げ道を用意してくれていたのかもしれない。


「――それに、私たちが心配するよりも涼子は上手くやってくれているみたいだしね」


 俺と彩夏を見て、お母さんはにっこりと微笑む。


「今日は大変な失礼を働いてしまったな。長居してしまったが、おいとまするよ」


「えぇ、涼子の大切な人に会えて本当に良かったわ。今度は親戚の集まりの時にでも顔を出してね」


 そう言って、お二人は帰っていった。 


「……りょ――藤咲さん。すみません、ついご両親にあんなことを」


 ようやく冷静になった俺は藤咲さんに謝る。

 藤咲さんは顔を真っ赤にして、とろけたような表情で俺を見ていた。


「藤咲さーん? あの……大丈夫ですか?」


 返事がないので何度も呼びかけるがずっと俺の顔を見ているだけだ。

 やはりまだ俺の顔が変わったことに慣れていないのだろうか?


「お兄ちゃん、名前で呼んでみたら?」


 彩夏のアドバイスを受けて試しに呼ぶ。


「……涼子?」


「うひっ!? あっ……あぁ、すまん! ボーっとしていた!」


 藤咲さんは慌てて視線を逸らす。

 頬からも汗が伝っている。

 俺が彼氏というのは藤咲さんも恥ずかしくてたまらなかったのかもしれない。


 そんな藤咲さんは何やら両手の人差し指を合わせながら、恐る恐る聞いてきた。


「その……わ、私の隣に並びたいっていうのはその……そういう……」


 俺は満面の笑みで答える。


「はい! キッチンで働く藤咲さんを見て、自分も隣で一緒に格好良くお料理を作りたいと思ったんです! だから隣に並んで働けるようになって凄く嬉しかったんですよ!」


 俺がそう言うと、藤咲さんは固まった。

 彩夏は何やらホッとため息を吐いている。


 ――ぐぅ~


 最後に、俺のお腹が口を挟んできた。

 ご両親が帰るまで声を出さずに我慢してくれたのは偉いけど、流石に恥ずかしくて俺も顔が熱くなる。


 お腹の音を聞いた藤咲さんはぷっと噴き出して笑った。


「あはは! 山本も長旅でお腹が減ったよな。料理の下準備をしておいたんだ、みんなでご飯を食べよう」


――――――――――――――

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