第120話 藤咲さんとの再会

 

 タクシー乗り場に着くと、柏木さんが彩夏に尋ねる。


「彩夏が住んでいる場所は神奈川の湘南――藤沢の方だろう?」


「えっと、今は『藤咲さん』という方の家に居候させていただいてまして……。藤沢市の辻堂駅の近くです……」


 彩夏は目も合わせずに答える。


「柏木さんはどこに住まわれるんですか?」


「辻堂の西海岸に家を買っておいたから、そこに住むよ」


「あはは、さらりと家を買いますね……」


「引き渡しやらなんやらは明日だからな、今夜はホテルになるだろう」


 そんな話をしつつ、三人でタクシーの後ろに乗り込む。

 俺が最初に乗り込むと、彩夏も『お、お邪魔します……』と一言車内に入った。

 彩夏はタクシーなんて使うの初めてだから勝手が分からないのだろう。


「彩夏、悪いが少し詰めてくれるか?」


 後ろに三人で座ることになるので、確かに少し詰めないと乗れない。


「ひぇ!? そ、そんなことしたらお兄ちゃんが凄く近くに……そうだ! わ、私前に座ります! なので、お二人は後ろでごゆっくりどうぞ!」


 彩夏はそう言って前の座席に移動してしまった。

 完全に避けられている。


 柏木さんはやれやれといった様子でため息を吐くと後ろの座席に乗り込んだ。


 タクシーが出発すると、バックミラー越しに何度か彩夏と目が合う。

 その度に、彩夏は視線を逸らしてうつむいてしまう。


 タクシーを走らせて約1時間。

 飛行機ではトラブルの中看護にあたり、気を張り続けていた柏木さんはすでに眠っていた。

 車は江の島を左手に鵠沼海岸を超えて海水浴場沿いを走る。


 まだ肌寒い初夏だけど、すでに何人かのサーファーがパドリングで波へと向かっていた。


(またこの湘南でも、夏が始まる)


 窓を開くと、懐かしい潮風が肌をくすぐった……


 ◇◇◇


 柏木さんをホテルに降ろすと、俺と彩夏はそのまま藤咲さんのおうちに向かうことになった。

 柏木さんはドル紙幣から換金したばかりの3万円をタクシーの運転手に渡す。


「わ、私が払います! ラウンジとかも無料で使わせてもらっちゃったので!」


 彩夏が慌てて財布を取り出すと、柏木さんはその財布を奪い取った。


(あ……まずい)


 病院で幾度となくされたこの行為に既視感を覚えて俺は頭を抱える。


「全然入ってないじゃないか。女子高生は何かとお金がかかるだろう? もう少し持っておけ」


 そう言って万札を数枚、財布にねじ込んだ。

 柏木さんの逆カツアゲである。


 初見の彩夏は驚きすぎて跳び上がり、車の天井に頭をぶつける。


「えぇ!? いえいえ! もらえません! むしろ、お金を払いたいくらいなのに!」


「柏木さん、タクシー代はご厚意に甘えますから。彩夏の財布は元に戻してやってください」


 俺は落としどころを提案して、柏木さんを説得する。

 柏木さんは少しつまらなそうに彩夏の財布を返してくれた。


「では、また後日会おう」


「はい、柏木さん。今日はゆっくりと羽を伸ばしてください」


「か、柏木さん……ありがとうございました!」


 最後に柏木さんは彩夏の耳元で何かをコソコソと話した。

 彩夏の頬が赤く染まり、最後に柏木さんがウインクをすると彩夏は頭から煙を出して縮こまってしまう。

 完全ノックアウトである。


 別れを済ませると、そのまま彩夏と2人で藤咲さんの家にタクシーで向かう。

 無論、会話などない。してくれそうにない。


「着きましたよー!」


 柏木さんからチップ代わりに多めの運賃をもらっている運転手さんは明らかな上機嫌で俺たちを降ろした。


 マンションのエントランスを抜けて、

 彩夏が藤咲さんの家のドアを開くと――


「――だから、何度も言っているだろう! 私は料理人としての道を歩みたいんだ!」


「何を言っているんだ涼子! 女は家庭を築いてこそだろう!」


「そうよ! 貴方は黙っていれば美人なんだから、その性格をなんとかして早く良い男の人とくっつきなさい!」


 藤咲さんが誰かと言い争っているような会話が聞こえた。


――――――――――――――

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