第94話 遠坂蓮司のリベンジ
「"リリアちゃん、ご飯食べよ~"」
夕食時。
いつもはリリアちゃんが自分の分の食事を持って俺の部屋に来るのだが、今日からは俺が自分の食事をリリアちゃんの部屋に持って行くことにした。
「"何よ、わざわざこっちに来なくてもあんたの部屋にくらい行けるわよ"」
そう言うリリアちゃんは松葉杖を左肩にかけたまま、明らかに途方に暮れていた痕跡があった。
引き続き、ご飯は一緒に食べてくれるみたいで安心する。
「"良かった、また距離を空けられると思ってたから"」
「"別に、もう病気のこともバレちゃったし、今更あんたから距離を空けることなんてどうせできないからね、ロリコンさん"」
「"あはは、リリアちゃんが一緒に居てくれるならロリコンで良かったかも"」
そんな話をしながらテーブルにつく。
リリアちゃんが動かせないのは右手の指と左脚。
まだ日常生活を送れないほどじゃない。
「"同人誌、もう全部読み終わっちゃったんじゃない?"」
「"何度でも読むのよ。こういうのは妄想を膨らませるのが楽しいんだから"」
「"そうなんだー。実は俺の学校の先輩が描いたんだよね。凄いでしょ?"」
「"この人は神様よ、一度は会ってみたかったわね……"」
「"大丈夫、きっと会えるよ"」
そんな話をすると、リリアちゃんは左手で食器を持ってご飯を食べ始めた。
「"……食べ終わったら蓮司たちのところに行くわよ"」
「"え? 何で?"」
「"あんたに車いすで連れて行ってもらうの。どんな乗り心地か知りたいし、ついでに邪魔をしてやるわ"」
「"まさか救おうとしてる相手が邪魔をしてくるとは思わないだろうね"」
「"そうでしょ? 一泡吹かせてやるわ"」
リリアちゃんは苦手なグリーンピースを丸のみして得意げに笑った。
◇◇◇
「"山本、もっとスピードを出して! コーナーを攻めるのよ!"」
「"リリアちゃん。法定速度は守らないと"」
車いすを楽しんでいるリリアちゃんをゆっくり押しながら蓮司さんの研究室の前に着いた。
リリアちゃんの笑い声が研究室の中にまで聞こえたのだろう。
蓮司さんと柏木さんも中から出てきた。
「"二人とも、引きこもってばかりじゃつまらないわ~。私と遊びなさいよ~"」
リリアちゃんがそう言うと、柏木さんは疲れた表情で笑う。
「"山本が遊んでくれてるじゃないか。ほら、ラムネをやろう"」
「"そもそも、今まで研究者たちが何十年も研究してきたことなんでしょ? 今更私が生きてるうちに薬ができるなんて思わないんだけど"」
「"私と柏木君が居ればそんな研究者たちの100年なんかより意味があるのさ。リリアは今のうちに日本旅行のことでも考えていなさい"」
蓮司さんもそう言って、リリアちゃんの頭を撫でる。
釈然としない様子のリリアちゃんに、蓮司さんは独白するように語りかけた。
「"『筋繊維衰退症』は私の妻――遠坂理子が亡くなった病気だ。だから私は治療方法を見つけ出したい、それだけさ。リリアが私たちに気をつかう必要はないよ"」
「"――え!?"」
蓮司さんの奥さん、つまり千絵理の母親の死因を知って俺は驚きを隠せなかった。
「"詳しく話してよ。蓮司のこと、もっと知りたいわ"」
リリアちゃんに促されて、蓮司さんはぽつりぽつりと語り始めた。
「"私が医者を志したのは、当時付き合っていた彼女を救う為だ。救えなかったがね……遠坂家は代々弁護士の家系でな。私も弁護士になるのを期待されて勉強していたんだが、理子の病気の事を知って治療するために医者になった"」
柏木さんも聞きながら補足する。
「"遠坂は私より若くして医者になっていたんだ。私も遠坂のサポートがなければこんなに若く医者にはなれていない"」
「"柏木さんより早く!?"」
「"あぁ、確か13歳で医療系大学を卒業していたな"」
「"親に大反対されて、家を飛び出した私はがむしゃらに頑張るしかなかったんだよ。柏木君も似たような境遇だったな"」
柏木さん以上の天才がいたことに、俺は絶句した。
話を興味深く聞いていたリリアちゃんは質問する。
「"蓮司は……その……どうやって立ち直ったの? 大切な人を失って"」
蓮司さんは少し考えると、リリアちゃんに話す。
「"そうだな……理子は最後まで理子だったからなぁ。あいつは気が強くて、我儘で、最後まで笑いながら亡くなったよ。『こんな病気に負けたままだなんて嫌だから、リベンジしろ』だなんて俺に言ってな。多分、あいつには一片の悔いもない。……だからそんなに落ち込まなかった"」
柏木さんもうなづく。
「"あぁ、そうだな。私にとっても本当の母親以上に母みたいな存在だったが……思い出すのはあの人の笑顔ばかりだ。葬式も最初はみんな悲しんでたが、思い出話に花が咲いてな、参列者はみんな笑顔だったよ"」
リリアちゃんは二人の話を聞いて、驚いたような表情をしていた。
「"そう……そういうものなのね……"」
そう呟くと、リリアちゃんは何やらうなづいた。
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