第34話 良い知らせと悪い知らせ

 柏木さんは俺を自分の診察室に連れてきて椅子に座らせると、綺麗な脚を組んで正面の椅子に座る。


 柏木さんのデスクの上は、俺が初日に来たときとはうって変わって資料で埋もれていた。

 俺が英語の勉強で四苦八苦している間も柏木さんはデータの分析をしてくれていたらしい。


 その中の一枚の資料を手に取り、柏木さんは説明を始める。


「さて、検査の結果。良い知らせと悪い知らせがある。どちらから先に聞きたい?」


「おぉ、アメリカっぽい言い回しですね。じゃあ、良い知らせだけで結構ですよ」


 無理だと分かりつつ、俺は聞く。


「良い知らせは、君は人より汗をかきにくい体質だ。よかったな、清潔感があると女の子にモテるぞ」


「それ以外に壊滅的なモテない要素がてんこ盛りなんですが……」


 今更、清潔感ごときでは取り返せない悲モテの肉塊は小さく鳴いた。


「さて、悪い知らせはその発汗作用についてだ。汗が出ないということは、君の場合、脂肪から水分を追い出すのが人より苦労するということになる。つまり、トレーニングは通常の被験者よりも厳しくなるな」


「うげっ!? た、ただでさえみんな挫折してる厳しいトレーニングなんですよね?」


「正直、ここまで治療に適合しないケースは稀だ。私も必要なトレーニング内容を算出して目を疑ったよ」


「……俺が『もう殺してくれ』と言ったらひと思いによろしくお願いいたします」


「まぁ、そうおっしゃるなよ。私も可能な限りサポートするさ」


 柏木さんは俺の肩をバシバシと叩いて励ましてくれるが、俺は落胆の色を隠せなかった。

 ただえさえ苦手な運動……それがさらにキツくなるなんて……。


 そんな俺の様子を見て、少し考えた末に柏木さんは探り探りといった様子で語り出す。


「そうだな……もしも、お前がこんな体質にも関わらず完全に治療をやり遂げ、私がデータを取れたなら、日本での薬の認可は大きく前進するだろうな。何せ適性最低値でのサンプルデータになる」


「おぉ、そうなんですか!? なら、頑張ります!」


 確かにその話を聞いて、悪くないと思った。


 少ないとはいえ、日本でも肥大症の患者は数百人程度はいるはずだ。

 その人たちの為にも頑張りたい。


 薬の認可について、俺はふと思ったことを聞いてみる。


「そういえば、この肥大症の新薬を作ったのは柏木さんですよね? やっぱり柏木さんも日本での認可を求めているんですか?」


「……なぜ、わざわざそんなことを聞くんだ?」


「いえ、柏木さんが俺の為に一生懸命やってくださっているのは分かるのですが、あまり柏木さん自身は薬の認可について話したがらないご様子だったので」


 さっきもそうだ、落ち込んでいる俺を見て何とか励まそうと仕方なく話し出した感じがした。


 柏木さんはまた少し考えながら俺の顔を見る。


 やめて、そんなに良い顔で見つめられると好きになっちゃうから。もうなってるけど。


 アホみたいな理由でドギマギしている俺の心情なんか知る由もなく、柏木さんは語り始めた。


「お前の治療に私の個人的な期待まで乗せるつもりはない。本当は日本での認可の話もしない方が良いと思っていたんだ。お前が自分の為だけに治療が専念できるようにな。期待は重荷になる、トレーナーの私が重りを増やしてどうすんだ」


 なるほど、柏木さんなりの俺への配慮だったらしい。


 しかし、彩夏にもよく言われるが俺は自分のことには無頓着だ。

 普通の人だったらプレッシャーになってしまうかもしれないが、俺の場合はむしろ人のためと言われるとモチベーションになる。


「結果的に話してしまったがな、すまなかった。どうか気負わずにやってくれ」


「気にしないでください。俺にとっては励みになりましたし」


「……お前はそういう奴だったな。早速、着替えて運動場に向かおう。君の身体能力を見せてもらうぞ」


「うぅ……笑わないでくださいよ……?」


 俺は重い足を引きずって柏木さんと一緒に運動場へと向かった。


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【業務連絡】

 ☆評価を入れてくださった方、本当にありがとうございます!

 細かい伏線を入れているせいで長くなり、すみません!


 主人公無双を早く書きたいです!

 引き続き、よろしくお願いいたします!

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