第6話 妹とアイドルを見に行く。その2
自販機で飲み物を買い終えた俺が彩夏のもとへ戻ろうとすると、そのおっさんは困った様子で呟いた。
「"ありゃ、トイレはどこだったかな……困ったな。日本人は英語が極端に苦手だから話しかけづらいし……"」
「"トイレでしたら、あちらですよ”」
簡単な英語なら分かるので、俺はそのおじさんにトイレの場所を指さして教えた。
俺の姿を見て一瞬驚いた様子のそのおっさんは、笑いながら礼を言った。
「"ありがとう。君は英語が分かるんだな"」
「"と言っても、学生レベルですが……それでは"」
俺が行こうとすると、「"待ってくれ"」と声をかけられた。
そして、おっさんは何やら俺の顔や身体をジロジロと見始める。
「"……君は太っているな。顔もむくんでいるし、正直アイドルなんかとは程遠い存在だ"」
「"あの……流石にそれくらいの英語の悪口は俺でも分かりますよ?"」
俺は呆れた表情でそう言ったが、そのおっさんは真剣な表情で俺の顔を見つめ続けた。
「"――だが、とても綺麗な瞳をしている。分かりにくいが骨格も整っているし、何より人を惹きつける何かがある"」
「"そりゃ、これだけ太っていたら人の目も惹きつけるんじゃないですかね……悪い意味で……だからイジメられてる訳ですし"」
「"なるほど、君はイジメられっ子か。それは大変だな! あっはっはっ!"」
うんざりした俺はもうその場を離れようとしたが、おっさんに腕を掴まれてしまった。
「"うん、何だろう。やっぱり君には何だか輝くモノを感じるんだよね。アイドルプロデュース歴25年の俺の勘がそう告げてる"」
「"はぁ……分かりましたから、もう行っても良いですか?"」
「"悪いんだけど、君の連絡先をもらっていいかな? あ、俺はこういう者なんだけど」
そう言って、俺に名刺を渡す。
俺はそれを見もせずにポケットにしまった。
「"分かりましたから、俺の連絡先を教えたらもう行かせてくださいね。妹が待っていますので"」
俺はしぶしぶ自分の携帯電話の番号を教えることにした。
このおっさんも日本語が話せなくて日本での生活に困っているのかもしれないと思うと、断りづらかったからだ。
性格には難ありだが、困っているなら助けたい。
「"手間取らせて悪かった。俺は明日からアメリカに帰っちゃうけど、もし興味があったら連絡をくれ。プライベートジェットで迎えを出すよ、それじゃあ俺はトイレに行くよボーイ"」
「"はぁ……それではさようなら"」
最後まで変な冗談を言っておっさんは笑いながら去って行った。
◇◇◇
俺が戻ってくると、ライブは丁度幕間の休憩時間だった。
「お待たせ、彩夏。ほら、飲み物だ」
「お帰り、お兄ちゃん! 遅かったから心配したよ~」
「あぁ、変な外人のおっさんに絡まれてな、こんな名刺を渡されたんだ」
俺が渡された名刺を見て、彩夏は飲み始めたジュースを噴き出した。
「ゲホッゲホッ! ――あ、R・Kロバート!?」
「知ってるのか?」
俺は彩夏が噴き出した飲み物をタオルで拭くと、彩夏は興奮交じりに語り出した。
「R・Kロバートって言ったら世界規模で活躍するようなトップアイドルを何人も生み出してる超敏腕プロデューサーだよ! 素性は謎に包まれているけど、彼に目を付けられたアイドルは絶対に大成功してるの!」
彩夏の話を聞いて、俺はすぐにピンときた。
「なるほど、俺はあのおっさんにからかわれたって訳か」
「あ、あはは~……流石にそうだろうね~」
「こんな小道具まで用意しやがって。アメリカに帰るって言ってたしもう会うこともないだろ」
「……アメリカかぁ~」
彩夏はそう呟いて空を見上げる。
「……お兄ちゃんの病気に効くお薬、アメリカだったら認可が下りてるんだよね」
彩夏は俺の『若年性肥大症』の特効薬『ボトロニーゼ』の話をし始めた。
その薬を投与すれば脂肪と皮膚が収縮し、患者が本来の姿に戻れるらしい。
「あぁ、だけどかなりの高額だ。それに新薬だから、1年ほどは向こうで経過観察が義務付けられる」
「そっか……確かに1年もお兄ちゃんに会えないのは寂しいなぁ~」
「1年後には彩夏も高校生なんだから、俺に甘えてばかりじゃダメだぞ~」
「えぇ~、嫌だ~! ずっと甘えたい~!」
そう言って、彩夏は俺の腕に抱き着いた。
今でこそ彩夏は俺と仲良くしてくれているけど、俺と同じ高校に入って環境が変わったら、流石に俺を煙たがるだろう。
俺がみんなにイジメられている情けない兄貴だということもバレてしまうし、そうなれば彩夏といえども俺という存在を恥ずかしく思ってしまうはずだ。
(だから、今だけは……彩夏が俺と仲良くしてくれるうちはこうして楽しもう……)
そんなことを考えながら、俺は再び始まったアイドルのステージを彩夏と一緒に応援し始めた。
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