第2話 バイト先でも見下される。その1
「4番テーブルの料理、上がりました~! 6番テーブル、もう少し待ってください~!」
土曜日のランチラッシュの時間帯。
俺はバイト先の本格フランス料理のお店『ラ・フォーニュ』のキッチンで忙しく鍋を振っていた。
バイト仲間たちと協力して何とか怒涛の客足をさばき切ると、ちょうどお昼の営業時間が終わる。
ホールに出ていた年上の女子高生や女子大生のアルバイトたちがいつも通り、俺の作るまかないを目当てにキッチンに入って来た。
「おデブちゃん今日もありがと~! 楽勝だったね~!」
「いつもお料理作るの早~い! しかも盛り付けも完璧!」
「おデブちゃんがキッチンの日はお客さんも大満足だから働いてて楽しいよ~!」
ここでは、俺のあだ名は『おデブちゃん』だった。
なんというか身も蓋もないあだ名だけど、クラスで豚男と呼ばれているよりはずっと気に入っている。
「こらっ、お前たち! 山本を変なあだ名で呼ぶなと言っているだろう!」
キッチンの奥から、力強い声が響く。
帽子を脱いで綺麗な黒髪を出しつつ凛とした雰囲気の女性が怒りの表情で彼女たちに詰め寄った。
このお方は当店の店長、藤咲涼子(ふじさきりょうこ)さんだ。
まだ22歳という若さでこの一つ星フランスレストランのオーナーシェフを見事に務め上げている。
「あはは~、ごめんなさ~い! でも、『おデブちゃん』でもう馴染んじゃったから」
「お前たち、普段から山本に散々世話になっておいてだな――」
「い、いいんですよ、店長さん! 俺も馴染んじゃいましたから!」
怒りが収まらない様子の藤咲さんを抑えつつ僕は彼女たちに笑顔を向けた。
「皆さんのまかないはここに作っておきましたよ! 新作ですので、感想を頂けますと嬉しいです!」
「やった~! 新作だって~!」
「おデブちゃんの作るお料理、いつも最高だから楽しみだよ~!」
「食べたら早く合コン行こ~! 今日の男の人たち、かなりレベルが高いんだって!」
藤咲さんは彼女たちの様子を見て呆れたようなため息を吐く。
俺はヒソヒソ話でお礼を言った。
「店長さん、ありがとうございます」
「はぁ……山本、お前も嫌だったらちゃんと言うんだぞ」
「あはは……善処します」
藤咲さんは本当に良い人だと思う。
とても美人で、毅然としていて、仕事も完璧にこなす。
俺の尊敬する人だ。
「おデブちゃん! この新作、最高! これもメニューにしちゃおうよ!」
「この料理ならまたお店が話題になっちゃうよ!」
「えぇ~、これ以上忙しくなるのはごめんだよ~」
アルバイトたちの女の子たちは俺の作ったまかないを食べながらキャッキャッと盛り上がっていた。
俺は家でも料理をしているし、妹の彩夏や自分のお弁当も作っている。
そしてフランスで3年間修行してきた店長の藤咲さんからもこのお店で料理を学び、最近はかなり腕を上げていた。
「今日なんて、何だか偉そうなおじさんが来て、食べ終わった瞬間に『感動した! 作ったシェフを呼んでくれ!』なんて言い出してさ~」
「流石におデブちゃんは呼べないから、どうしようか迷ったよね~」
「結局手が離せないからってことで帰ってもらったけど、あのおじさんまた来そうだよね~」
「たぶん、どっかの料理評論家じゃないかな~」
この話は藤咲さんのもとまで届いていなかったらしい。
驚きの表情で問い返す。
「お前たち、そんなことがあったのか!? じゃあ、山本を連れて行けばよかっただろう!」
「むりむり~、このお洒落な店内でこんなおデブちゃんが料理を作ってるなんて知られたらお店の評判が落ちちゃうよ~」
「そ、そんなハズないだろう! お前ら、山本をなんだと思っているんだ!」
藤咲さんはそう言ってくれているけど、残念ながら彼女たちの意見が正しいと思う。
俺が130キロの巨体を揺らしながら店内を歩いたら、悪い意味で注目を集めてしまうはずだ。
「ていうか、てんちょーってやけにおデブちゃんの肩持つよね~」
「あっ、店長って確か料理一筋で恋愛経験とかないんでしたっけ? その歳で?www」
「いつも頭が固くて男なんて寄り付かないでしょうし、おデブちゃんで練習したらどうですか~?www」
「あははそれいいね! お似合いなんじゃないですか~? 料理という共通の趣味もお持ちなわけですし?www」
流石に我慢ができなくなり、俺はすかさず口を挟んだ。
「店長に失礼ですよ。それより、みなさん時間は大丈夫ですか? 合コンがあるとか言ってましたが」
「あっ、そうだった! 早く行って、メイクばっちりにしないと!」
「てんちょーもせっかく美人なんですから、早く良い人見つけた方が良いですよ~」
「そうそう、その怒りっぽい性格がバレる前に身を結ぶんですよ~! あはは!www」
「よ~し、今日こそイケメン彼氏を捕まえるぞ~!」
店長の藤咲さんを散々煽ると、彼女たちは気合満々でお店を後にした。
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