02:ボードレール公爵家
以前にフェルとお見舞いに行った後から、私はミリッツァ様とかなりの頻度でお手紙のやり取りをするようになっていた。
当初の頃は、代筆と思われる筆跡であった手紙も、次第に短いながらもミリッツァ様が書いているように変わって少しは良くなったのだろうかと、少々嬉しく思っていた。そしてマエリスの件が解決して、ミリッツァ様の容態は見違えるほどに良くなっているようだ。
体調がずいぶんと良くなったミリッツァ様は、隣国の学校へ留学する事になったそうだ。
ちなみにこの手紙のやり取りを知ったボードレール公爵閣下から、大変恐縮したお礼の手紙と品物を頂いていて、逆にこちらが恐縮する事もあったのよね。
そんな訳で、私とフェルはミリッツァ様が留学される前に、ボードレール公爵領へと向かっていたわ。
「ジルダがそんなに頻繁に手紙のやり取りをしていたとは驚いたよ」
「お手紙のやり取りは楽しいですからね、よく書きますよ」
もともとリアーヌ辺りとはかなり出し合うし、今回は励ましの意味もあったからさらに気合を入れて余分に書いたと思うわ。
それを聞いたフェルは眉を不機嫌そうに
「どうかなさいましたか?」
気になって問い掛けてみると、
「僕はジルダから一回も手紙を貰った事がない」
あっ、確かに書いた事ないわ……
「……そうでしたか?」
「よく書くんじゃないのか?」
「いえ、そんなに書かないかも、ですわ……」
どうやら機嫌は直らなさそうなので、帰ったら手紙を出そうと思ったわ。
ボードレール公爵の屋敷では、ミリッツァ様が笑顔で出迎えてくれた。
あの最悪の頃に比べれば、彼女がかなり回復している事が分かった。しかし学園時代に比べればまだ少し細く、顔色も化粧で少し朱を入れているようだ。
まだ完全に健康とは言い難い感じはするわね。
「よく来てくれたわね!」
その口調は以前のどこか壊れそうなものではなく、学園時代に近い凛とした感じだった。
本当に良くなっているみたいだわ。
庭の見えるテラスに移動して、私が手土産に持ってきた流行のお菓子を広げて色々な話をした。
会話の合間に、少しだけ庭を見ていたミリッツァ様が、
「そう言えばジルダ様はこの屋敷で過ごしたことは覚えているかしら?」
前回にお邪魔した時の話だろうか?
そう思って確認すると、ミリッツァ様はクスクスと笑いながら、「違うわよ」と否定されたわ。
「わたしはちゃんと覚えているのに、ジルダ様は酷いわね」
そういって再びクスクスと笑ったのだ。
そして、庭にある大きな飾り石を指差して、「ヒントはあれかしら」と言ったわ。
「石ですか?」
「そうよ、覚えが無いかしら。あの石の上で泣いていた小さな男の子」
「小さな男の子?」
……昔の話?
そう言えば六歳頃だったかしら、お兄様が病気になって私はどこかの屋敷に一週間ほど預けられた事を思い出した。
「六歳の頃に、もしかしてここに来ていますか?」
そう問い掛けると、ミリッツァ様は嬉しそうに微笑んだ。
「感慨深いわね、あの時に石の上で泣いていた子と貴女がまさか婚約するなんてね」
それを聞いたフェルが「えっ!?」と驚いていた。
「確かあの時、使用人の子が混じっていたと思ったんだけど、それがジルダなのか?」
「遊びで着ていた服を汚してしまって、脱いでしまったのよ」
そして「汚れたお洋服は脱ぎ捨てて、下着同然で走り出したから侍女が慌てて子供用の仕着せを着せたのよ」と、可笑しそうに笑っていた。
「……それは本当に私のことでしょうか?」
聞けばそりゃもうはしたない話なのだが、幼少期の頃なのでノーカウントでお願いしたい内容だったわ。
ミリッツァ様はクスクスと笑って、「そうよ」と教えてくれた。
「と、言う事は……。
ジルダが僕の初恋の人なのか!?」
「はい?」
おぃこの王子様、突然何を言い出した?
興奮したフェルは、
「石から降りれずに泣いていたら、使用人の女の子に助けられたんだ。
その後も泣き止まなかった僕を、その子は泣き止むまで頭を撫でていてくれたんだよ!」
そしてずずぃと詰め寄ってくる。
またより一層近いわね……
感動しながら覗きこんで来るフェルを他所に、私は記憶を辿った。
とんと覚えが無いのよね。
でもあの石はなんとなく覚えているけど、あの石の上に男の子なんて居たかしら?
……。
…………。
って、思い出したわ!
たしか私ともう一人の金髪の男の子が石の上に乗って遊んでいたのよ。
それで確か、もっと小さな男の子が「僕も登る」とか言ったから二人で引き上げて、でも私たちは男の子を乗せたらすぐに石から降りて別の遊びに夢中になったのよね。
そして男の子は置き去りになって……
あれ、フェルが泣いたのって私の所為じゃない?
これは言えないわよね……
と言う訳で、
「やっぱり覚えてませんわ。ごめんなさい」
◆『SideB②』幕間
「ねえクローデット、本当にうちのジルダが殿下の初恋の相手なの?」
クローデットがえらく確信を持って言っていたので、気になって理由を問い質してみたのだ。
「ふふふ、カティアは覚えていないかしら。
十年前くらいに流行り病があって、ジルダをボードレール公爵にしばらく預けた時の事」
「あぁあれは子供だけが掛かる流行の病だったわよね。
うちの領地でも流行って、ジルベールが掛かったから、まだ流行っていなかったボードレール公爵にジルダを預けた事があったけど、それが何か関係があるの?」
「あの時は王都でも流行っていてね、わたくしも大事を取ってアナンとフェルを公爵家に預けていたのよ。
それでね、帰ってきたフェルが『ミリッツァ姉さまのところで凄く可愛い女の子が居たんだよ!』って、顔を真っ赤にして言うから可笑しくって。
調べてみるとそれがジルダだったのよね~、あの子きっとそれが初恋のはずなのよ」
そう言ってクローデットはくすくすと楽しそうに笑っていたわ。
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