18:残念すぎる兄

 一夜明けてお昼ごろに屋敷へと帰ってきた私は、玄関で待ち構えていたお父様とお兄様にサロンに引っ張られてやってきた。

「ジルダ、フェルナン王子との婚約が決まったと言うが本当か!?」

 お父様はどうやら自分が知らないと文句を言っている様子。しかしお母様が、「私が決めました」と言い切って沈黙させていたわ。



 問題はお兄様で……

「私のジルダ、将来は俺のお嫁さんになると笑顔で言ってくれていたのに、あれは嘘だったのかい?」

「な、なんだと! わたしでさえ言われていないと言うのに羨ま……、ではなく。ジルダ! 一体どういうことだね?」

 どっちがどっちとか、本気でどうでも良いわよね?


 そう言われてもねぇ、私のジルダたる記憶の中にそんな出来事は無いのよね。

「お兄様それは一体いつのお話でしょうか?」

 仕方なしに私は確認してみたのよ。


 するとお兄様はどや顔で、

「忘れもしない、俺が幼年学校に通っていた時で、当時ジルダは四歳と九十二日目のことだ」

 えっちょっと待って?

 日付をそこまで暗記しているとか。

 やだこのヘンタイさん怖い……


 そしてかなり引き気味の私を他所に、お兄様はさらに続けたのよ。


「令嬢に有名な店で、クッキーを買ってジルダのお土産にと持ち帰ったのだ。

 それを手渡した時にジルダはこう言った、『ありがとう、おにいちゃま。大好きよ』とな!」

 記憶を探ってみる。

 そう言えばお兄様は昔からやたらとお菓子を買ってきた覚えがあった。年頃になった今はそのまま体重に来るから遠慮しているけど……

 で、今のはどうやらその中の一つの話みたいだけど、この私がそんなに可愛いらしく『大好き』とか言うかしら?


 と、思っていた私はまだまだ甘かったらしい。



※略



 お兄様の話はもうね、ずーっと、延々と続いているわ。

 まず最初にお母様がドン引きして退席し、続いて聞き飽きたらしいお父様が居なくなり、逃げるに逃げれぬ当事者たる私だけがこの苦痛を味わっていた。


「さらにジルダが五歳と百三十一日のことだ」

 小一時間ほど経ちやっと一年とちょっと。しかしお兄様の話はまだまだ続くようで、もはや私は背筋に寒気を覚えていた。

 ねえ。いつまで続くの、これ?

「ケーキを買って帰った俺に『いつもありがとうね』と、可愛らしい笑顔でお礼を言ってくれたんだ」



※略



 もう限界、私は相当我慢したつもりよ……

 ところどころ聞くに堪えない部分は頭が理解するのを拒否して覚えてないのだけど、一向に『結婚』の二文字は出てこないのよ。



「それで、いつになったら『結婚する』が出てくるのですか?」

 痺れを切らしてそう聞いてみれば、お兄様は呆れ顔を見せてこう言ったのよ。


「これだけ『好き』と言われているのだ、その相手と結婚するのは当たり前だろう?」


 これを聞いた私も呆れ顔を見せていたと思うわね。

 しかし私は、呆れ顔同士見つめ合う間抜けな兄妹を演じるつもりは無くて、はっきり言ってあげたのよ。

 そう、私が思い出したことをね!


「お兄様、大変申し訳ないのですが、幼い頃に私が言っていた好きと言うのは、『このお菓子好き』と言う意味で、お兄様に言ったのではありませんわ」

 それを聞いたお兄様は固まった。

 そして次の瞬間、耳を塞いで子供のようにイヤイヤと首を振り始めたのだった。


 なんだか一気に幼児化した様な気がするけどきっと気のせいだと思いたいわ。

 しかしこのチャンスはを逃すつもりはなく、私はお兄様を残してさっさと自室に避難したのよ。







 翌日に学園に行くと、馬車の停留所に人だかりが、さらに玄関口にも人だかりが出来ていたわ。そして彼らは我先にと、自己紹介しながら口々に「おめでとうございます」と言ってきた。

 これらはお祝いの言葉なので、不敬では無い。

 でもね?

 その裏に透けて見える思慮の黒さは十分に不敬よね……

 第二王子の婚約者、つまりは将来の大公夫人に少しでも家名を覚えて貰おうというその魂胆ったらね?


 いつもより多くの時間を費やして、私がやっと教室に入った時には始業の鐘が鳴る寸前だった。

 すぐに担任教師のベルニエ先生が入ってきて、

「今日は転校生がいるぞー」と、伝えてきたわ。

 ちなみにベルニエ先生は少々ひょうきんなところが有って、生徒から慕われているのよ。



 私は転校生と聞いて、少しばかり嫌な予感がした。

 だってこの国の貴族なら年齢と共にこの学園に入るはずで、転校生と言う概念がそもそもないのよ。

 それが起きるときと言うのはどういう時か?

 つまりゲームのヒロインのように設定で強引に入ってくる輩という訳よ。


 ベルニエ先生に言われて入ってきたのは、顔から髪型そして体格までもがそっくりな二人の女性だった。

 顔は美形と言って差し支えのないのだけどね……

 体の方は長身で少し大柄というか、悪く言えばガタイが良いというか、まあ女性に使うには相応しくない表現でしか語れない二人だったわね。

 自己紹介によると、彼女たちは双子で騎士の家の娘だと言っていたわ。


 なるほど双子だから似ているのね。

 ただ似すぎていてまったく見分けが付かないのだけど……



「二人には開いている席に座って貰おうと思ったんだが、折角だからこの機会に席替えをしようと思う」

 そう言うとベルニエ先生は自作したらしいくじを出してきて皆に引かせたのよ。


 席替えを終えてみれば転校生の二人は、私を挟むように左右に並んだわ。これで見分けが付かないって言えなくなったわね……

 だって二人とも隣の席なのだもの、名前を間違えるなんて失礼じゃない。


 私が先に自己紹介を終えると、二人はまるでステレオのように自己紹介をしてきたわ。

「「始めましてアルテュセール様、わたしは(ボクは)メレーヌ(イレーヌ)です」」


 う、うん、ちょっと待ってね……


「出来れば一人ずつ話して貰えると嬉しいわ」

「「失礼しました」」

 うーん、すごくステレオだわ。


「じゃあわたしから」と、今度は右の方からだけ聞こえてきた。

「わたしは姉のメレーヌです。よろしくお願いしますアルテュセール様」


「じゃあ次はボクだね」と、今度は左の方から。

「ボクは妹のイレーヌです。よろしくお願いしますアルテュセール様」

 えーと、わたしで右で姉がメレーヌで、ボクで左で妹がイレーヌね。

 改めて見比べて、うん無理だと確信したわ……


「所で申し訳ないのだけど、どこか見分ける方法はあるかしら?」

「「わたし(ボク)の方が痩せてます」」

 やっぱりステレオで聞こえた後、二人はにらみ合った。

 最初に出てくるのが抽象的な事ってことは、見分ける方法は無いんじゃないかしら……

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