SideB①

 母上に言われてしぶしぶ向かったお茶会の席。

 相手は侯爵令嬢だと言う話だった。


 俺は令嬢と名の付く奴らは嫌いだ。あいつらは俺の王子と言う地位にしか興味が無くて、すぐに心にも無いご機嫌を取ってくる。

 かと思えば、俺の居ないところでは愛想がないだとか、会話がつまらないなどと陰口を吐くのだ。


 だから例え母上の命令でも、令嬢と名の付く奴に会うのは嫌だった。

 でも母上が『貴方しか駄目なのよ』と、優しく頼んできたからしぶしぶ行くことにしたんだ。



 秘密裏に開いたお茶会の会場へ向かうと、くだんの令嬢が一人背を向けて座っていた。


 その髪の色は、驚くことに母上と同じ明るい銀髪だった。

 俺も銀髪だけどほんの少しだけ母上より暗いから、ちょっとだけ不満だった。しかし背を向ける彼女の髪は、俺より明るい銀色でとても俺好みだった。

 これほど明るい銀は母上以外で始めてみた。


 髪の色に釣られて近づいていくと、その令嬢は振り向いた瞬間に俺の顔を見ておかしな叫び声を上げた。

「はぁ!?」

 まるで不審者を見るかのような目、体も思いっきり引いている。この態度にはさすがにカチンと来て俺は文句を言ったんだ。


 近づいてみると彼女の銀髪は母上よりも一段階さらに明るく綺麗だった。もう少しよく見ようと覗き込めば、もはやここに座らないと不自然なくらいに近かった。

 うわぁしまった、正面に座るはずが何やってんだよ。だが今さらテーブルを迂回して、向かい側のソファに座るのは不自然だろう。

 ええい、このまま行くしかない!

 焦りを顔に出さない様に、俺はさも当然の様に彼女の隣に座ってやった。俺の体重が乗ってソファが軋むと、令嬢の体も少しだけ揺れた。

 その拍子にとても甘い香りが鼻孔をくすぐって、俺はその香りを無意識に追った。気づけば顔の近くに令嬢の肩があった。

 ああこのの香りかと納得したところで、彼女と目が合っちゃって顔から火が出たように赤くなった。



 母上から聞いた話によれば、アルテュセール侯爵家のジルダは、馬鹿兄貴がいるあの集団の仲裁役を買って出ている奇特なやつらしい。

 あんなのの仲裁を好んでするなんて、馬鹿か、お人好しのどちらかだと思っていたが、話してみると彼女はそのどちらでもないことが分かった。


 それにしても不思議な女性だ。

 俺が知る令嬢と言う生き物は、笑顔を無意味に振りまき、心の籠っていない猫なで声を出しながら王子の俺に媚を売ってくる。

 しかし彼女はまるで俺に興味がないかのように淡々と話をした。

 驚くことに口調は変わらず平坦で、笑顔も無しだ。

 つまり俺には興味がないってことか?

 そう思うとなんだか悔しくて、逆に俺の興味を惹いた。


 母上の伝言をすべて伝え終わると、最後に彼女が問いかけてきた。

「理由を聞いても良いでしょうか?」と、

 ここで俺は少しだけ悪戯がしてみたくて、『戻れないけどいいか?』と、意地悪く聞いてみたんだ。

 すると彼女は、真顔で。

「いえ、良くないです。

 聞きたくありません、もしこれ以外に用事が無ければ私は失礼します」

 と、急ぎ席を立ち上がって去っていった。

 驚くべき速さで小さくなっていく銀髪を見ながら、あの釣れない態度がちょっと可笑しくて、声を出して笑っていた。






 馬鹿兄貴によってミリッツァ姉さんが学園を追われた日から、ずっとからお見舞いのお願いをしていた。

 ボードレール公爵から、やっと許可が出たのは数日前だった。

 最近になってやっと、ミリッツァ姉さんの容態がかなり安定したという話で、もう見舞いに来ても大丈夫だろうという。


 当初は一人で領地を訪ねるはずだったが、何を思ったのか先日であった令嬢に再び逢いたくて、俺はそのことを母上に相談してしまった。


「良いわよ。アルテュセール侯爵令嬢はミリッツァの同級生です。彼女がお見舞いに行くことは不自然ではないわ。

 そうねぇアルテュセール侯爵とボードレール公爵には、わたくしの方からお話しておきます。あなたは気兼ねなくジルダを迎えに行きなさい」

 この時の母上は何か良いことがあったのか、終始笑顔だった。



 馬車で学園に迎えに行きなさいと母上から言われて、俺は指定された時間に学園へと向かった。

 馬車が速度を落として、停留所へと入っていく。


 ぼぅと窓から停留所を眺めていると、いた!


 そこには遠めにも分かる明るい銀髪の令嬢が一人立っていた。後姿だけどあれほど明るい銀髪を見間違うことは無い。

 指示すれば御者はしっかり彼女の隣へと馬車を付けてくれた。


 しかし彼女は俺に気づくことも無く、停留所を後にして教室へ帰ろうとした。


 気づいていないのなら、ちょっと驚かせてやろう。

 俺はちょっとだけいたずら心を出して、彼女を馬車の中へと引き入れてやった。


 ……すげー怒られた。



 そして馬車が走り出す。

 するとすぐに侯爵令嬢が、『お前はあっちに座れ』とはっきりと言って来た。

 さっき怒られた腹いせに、『俺は酔いやすいからお前があっち座れば』と返してやったんだけど、彼女は『そうですか』と冷笑を浮かべながらそう言ったきり、俺を無視するようになった。


 なんてむかつく令嬢だ……



 馬車が走って三十分。


 幼年学校のクラスの令嬢なら、こぞって自分の話を始めるのに、彼女はあれ以来一言も話す様子を見せない。

 公爵領までは三時間ほど掛かるのに、この沈黙は辛い。


 この際、令嬢の話すくだらない自慢話でも構わないと思って、俺は彼女に何か話すようにと言ったんだ。

 しかし、『話題は男性が提供するものでしょう?』と、冷たくあしらわれた。おまけに『紳士』ならそれくらい当たり前でしょうと、挑戦的な瞳で見つめてきたんだ。


 彼女に紳士じゃないと思われるのは癪だ。

 だから俺は色々な話をしてやった。


 でも彼女は辛らつにも、「女性にするお話ではないですね」と言いやがる。

 容赦なくバッサリと切られ、悔しくて顔をしかめると、何が可笑しかったのか彼女は突然クスクスと可愛らしい顔で笑ったんだ。

 その顔は普段の澄ました顔とはかけ離れていて、見惚れるほどに美しかった。



 夕刻、馬車はやっと公爵の屋敷へと辿り着いていた。

「着いたぞ」と、ジルダに伝えると、


 彼女はいつも通りの澄ました顔を見せつつ、

「ねぇフェルナン殿下、流石に令嬢をこれほど遅くまで引っ張りまわすのは、礼儀がなっていないと思うのだけど、その件に関して紳士としてはどう考えていらっしゃるのかしら?」

 と、睨みつけてくる。


 その表情はとても怖くて、しどろもどろに言い訳し、結局謝罪すると彼女はあの美しい笑顔を一瞬だけ見せてくれた。


 そして、

「はぁ、分かりました。

 ただ私は未婚の令嬢です、次からは男性と二人きりで馬車に乗るようなことが無いようにお願いします」

 そう言えば二人きりで乗ってよい相手は婚約者か家族だけだったことを思い出した。

 彼女が特定の誰かと二人きりになっている姿を想像して、とても嫌な気分になり、思わず俺は彼女に求婚を叫んでいた。

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