09:これは拉致です犯罪です!

 休みが明けて学園が始まったその日の帰り。私が馬車の停留所へ向かうと、家の使いの者が居て、『馬車が故障したので迎えが遅れます』と、伝言を貰ったわ。


 迎えは相当遅れるらしく、かなり時間を潰す必要がある。

 仕方なく私はしばらく時間を潰す為に、馬車の停留所を放れて教室へ戻ろうとクルリと後ろを向いた。


 そしてその次の瞬間、腕を捕まれて別の馬車の中へと引き込まれたわ。すぐに悲鳴を上げようとしたが、賊の手により口を閉ざされてしまう。

 バクバクと高鳴る心臓。

 出来れば愛だの恋だのといったシーンで高鳴って欲しいのに何でいま!?


 恐怖を覚えながら馬車の中を見れば、引き込まれた馬車の中には、銀髪のフェルナン殿下が一人座っていたわ。

 つまり、私を引き込んだのは彼ということよ!

 そして口! 乙女の唇に触れるとか正気!?


 高鳴った鼓動は一気に冷めて、私は乱暴にその手を払った。

「淑女に対してこの扱いは酷いのではなくて!?」

 例え相手が王族といえど、こんなやり方は許せずに私は声を荒げて文句を言ったわ。



「急ぎだったからな、悪かったよ」

 軽い謝罪とともに更なる事実を教えて貰った。

 なんと私の家の馬車は故障していなくて、今回の件はお父様も承諾済みだそうだ。

 そこまで教えられれば、扱いは気に入らなかったが謝罪を受けないわけにはいかなかった。

 ただし屋敷に戻ったらしばらくお父様を無視しようと心に決めて……




「ところで殿下、なぜこちら側に座られるのですか?」

 いま私たちは馬車の進行方向を向いて、二人並んで座っていた。


 普通こういう時は、客人かつ女性の私がこちら側で、殿下は向かい合わせの逆向きに座るのがマナーなのよね。

 この様に交際もしていない女性の隣に座るなんて論外。


 と言う訳で、私は殿下に間違っていますよと、暗に伝えているわけなのです。

 暗にじゃなくてガチで言ってる? それは気のせいですわ。



 フェルナン殿下は、私の顔を覗き込みながら、

「俺は逆方向だと馬車に酔うんだ。

 もし気になるなら、アルテュセール侯爵令嬢があちらに座ってくれないか?」

 と、恥ずかしげも無くそう言ったのよ。

 とんだヘタレだわ。


 そして、近いわよ!

 なぜそこでさらに近寄って、私の顔を覗き込む必要があるのかしら?



 カタコトと走る馬車の中は沈黙で包まれている。だってお互い席を譲らなかったから、話が弾むわけないわよね。

 この馬車が一体どこへ向かっているのか知らないので、この時間がどれだけ続くのかも分からず、この沈黙はかなり不快に思っていたわ。


 どうやらそれは彼も同じだったようで、

「おい、なんか話せよ」

 と、先に根を上げたのはフェルナン殿下だったわ。

 所詮は年下のお坊ちゃま。こういった空気は耐え難かったみたいね。


「女性に話題の提供を求めるとは、紳士として如何でしょうか?」

 私はこの機会に先ほどの件の鬱憤をここで晴らしてやろうと、あえて冷たく返してやったわ。

 すると彼は、睨みつけるようにこちらを見た後、

「僕は紳士だからな!」

 と、一人称を普段の『俺』から変えて取り繕った後になにやら話を始めた。


 話題は転々とし、幼年学校の話だったり、王宮での暮らしだったりと転でばらばらだったが、彼が一生懸命話していることが伺えて不思議と好感が持てた。

 普段は仏頂面なのに、そうして話しているときは年相応の表情かおをみせるのも新鮮でちょっぴり可笑しかったわ。


 しかし評価は評価。

「それは女性にするお話ではないですね」

 と、所々で容赦なく斬って捨ててあげた。

 この経験はきっと彼の今後に生きるはずよ。

 あら私って優しすぎかしら?


 確かに王宮での話は、侯爵令嬢たる私の常識からもかけ離れている雲の上の話だし、国王陛下や王妃様の意外な一面が知れてかなり楽しめたのよ。

 でもね、学校で友達とカエルと捕まえたとか、ドロ団子を投げ合ったとか言う話は流石に減点よね?


 私の評価を聞いて、眼に見えて不機嫌になるフェルナン殿下が可笑しくていつしか私は心から笑顔を見せていた。







 馬車は王都を抜けて街道を進んでいたわ。

 休憩は一時間に一度、紅茶と軽いお菓子、あとはお花を摘みに参りましたわ、ふふふ。


 そして二度の休憩を挟んで、ついに三時間に突入したころ、やっと馬車は一つの屋敷へと入っていった。


 学園が終わってから三時間、あたりはもはや夜といって差し支えの無い時間ね。


「ねぇフェルナン殿下、流石に令嬢をこれほど遅くまで引っ張りまわすのは、礼儀がなっていないと思うのだけど、その件に関して紳士としてはどう考えていらっしゃるのかしら?」

 一緒に過ごした三時間で、私は彼の扱いを概ね理解していたわ。

 つまり『紳士』をつけると大抵は許されるということを……


 長時間の馬車でお尻がかなり痛いのと、このあとの帰りの心配をして私の言葉はかなり冷たい口調だったと思う。


「い、一応、アルテュセール侯爵には許可を貰っている。

 だから、だから、えーと、ごめんなさい?」

 最初は偉そうに、その言い方が気に入らず私が睨みつければ、最後はしどろもどろとこんな微妙な言葉になっていたわ。

 まぁ必死な姿がとても可愛かったから許してあげましょう。

 何だかこの子ったら出来の悪い弟って感じで放っておけないのよね。


「はぁ、分かりました。

 ただ私は未婚の令嬢です。次からは男性と二人きりで馬車に乗るようなことが無いようにお願いします」

 三時間も馬車と言う密室で二人きりだったのに、『今さらそれを言うか』って思うのはごもっともよ。

 なんせジルダの記憶によると二人きりになって良いのは婚約者か家族だけだもの。私とジルダが混じって居なかったらきっと馬車から身投げしたんじゃないかしらね?

 でも今は私が混じってしまったから、貞操観念はもう少し緩くて、ほとんど気にならないわね。

 だってそんな事言い出したらエレベーターなんて乗れないでしょ?


 私は気にしない、でも貴族ジルダが気にするのならば、常識はジルダあちらにあり。ここはちゃんと言っておくべきところでしょ。


 フェルナン殿下もその常識は一応知っていた様で、彼は顔を真っ赤にして、

「ならば俺と、いや僕と婚約すれば解決するだろうか!?」

 と、一息に言い切ったのよ。


 突然何を言い出したフェルナン殿下……?


 これには言われた私のほうが驚いたわ。

 一体どこでフラグが立ったのか? しかし乙女ゲームの中でしか恋愛経験が無い私には、まったく分からなかった。

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