第四章 神殿

神殿 1

 光の神フレイシアの教えは、帝国の国教でもあるため、政治に大きく介入している。

 とはいえ、以前はここまでではなかったらしい。

 全ては大祭司にグレック・ゲイルブが就任したところから始まる。

 手始めに彼は寄付金の金額に応じて、貴族への対応を変えることにした。

 つまり金さえ積めば、爵位に関係なく神殿は厚遇すると言うのだ。拝金主義と言われようが、彼は撤回しようとはしなかった。

 むろん、爵位の高い貴族はもともと寄付金が多いため、それほど大きな変化があったわけではないが、金は持っているが地位の低い貴族や、商人たちは喜んだ。

 こぞって寄進をし、神殿での地位を固め、大貴族たちに並ぶ『権威』を神殿から得るようになった。

 権威を得た者たちは、神殿の代弁者になり、やがて大貴族に並ぶ勢力を持つようになる。

 ブリックス伯爵はそうして成り上がった、神殿派の急先鋒のひとりだ。

 馬車の事故で運ばれたのは、ウイル・グランドールの医院で、その偶然にサーシャは、縁のようなものを感じた。

 ハックマンの時と違い、魔術の気配はない。

「それでブリックス伯爵の容態は?」

 病室に案内されながら、レオンがグレンドールに問いかける。

「かなり危ないです。全身の骨があちこち折れていますし、何よりもともとひどく酩酊していたようですので」

「酒か?」

「はい。おそらく」

 レオンとグランドールの後ろを、カリドとサーシャはついていく。

 ブリックス伯爵は貴族なので、特別室のようだ。

 体中に包帯を巻かれ、ブリックスは眠っていた。呼吸が深い。顔色も青白く感じる。

「失礼」

 サーシャは眼鏡を外し、ブリックスをみる。特に異常はないと思ったが、念のため、口の中を見る。

 喉の奥の方にかすかな魔素が見えた。

「殿下、おそらく魔術薬剤です」

 サーシャは眼鏡をかけて、静かに報告する。

「魔術薬剤?」

 グランドールとレオンが同時に驚きの声を上げる。

「おそらくは眠りの薬剤。デイビット・グランドール氏のものでしょう」

 断言するには早いが、前にラビニアの時に見えたものによく似ている。

 ただ、服用してからだいぶ時間がたっており、喉に張り付いている魔素もはっきりと判別はできない。

「父の?」

 グランドールが目をしばたたかせる。

「確証はありません。ただ、その可能性は高いと思います」

「しかし、あれは……」

 カリドが不思議そうな顔をする。

 セナック・ダラスと東雲からすべて回収したと言いたいのだろう。

「ラビニアさまの事件の前に、すでに流通していた可能性もあります」

「それはそうかもしれない」

 レオンは頷きため息をついた。

「まだ、彼奴らの取引について、すべて把握できていない」

 帳簿などを調べているものの、まだすべてについて調査が終わったわけではない。そもそも書面で残していない取引もある可能性がある。

「容態が落ち着いたら、塔へ運びましょう。服用した量にもよりますが、エドン公女の時は、処置しなければ半月は眠っていた可能性が指摘されております」

「父の魔術薬剤がそのように使われるなどと……」

 グランドールは顔をしかめた。

「この場合、ディビット・グランドール氏に罪はなく、あえていうならば、彼が天才過ぎたということだ。君が気にすることはない」

 レオンがグランドールを慰める。

 普通に服用すれば、安眠を約束する薬だ。このような使われたかは、故人も本意ではないだろう。

「気になったのですが、ひょっとして、この事故でけが人はほかにも?」

「御者の方が。残念ながら、そちらの方はなくなってしまわれました」

 グランドールが首を振る。

「遺体はどこに?」

「まだご遺族が引き取りにおいででないので、霊安室に」

「見せてください」

「しかし、若いお嬢さんが見るような状態では……」

 グランドールはためらいの顔を見せる。どうやらかなり遺体は損傷しているようだ。

「グランドール殿、アルカイド君が言うのは興味本位ではない。見せてくれ」

 レオンがそういうと。

「わかりました……無理はなさらないでくださいよ」

 グランドールは、心配気に頷いた。


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