念糸 25

 ハックマンを塔に預けると、サーシャ達はそのまま宮廷の会議へと向かった。

 すでに予定の開始時刻をかなり過ぎている。

 だが、捜査の中心の親衛隊の代表であるレオンと、第一発見者であるサーシャが不在のままで何を話しているのか、サーシャにはちょっと予想がつかない。

 会議はまだ続いているようで、話し合いの声が廊下に漏れてきている。

 どうやら、ルーカス・ハダルが呪術の説明を丁寧にしているようだ。

 レオンは会議室の前に立っていた護衛に声をかけ、中に入る。

「遅くなってすまない」

 しんと静まり返った中、レオンは断りを入れて、自分のために用意された場所に腰かけた。

 どこに腰かけたものかと迷っていたサーシャは、リズモンドに手招きをされて、宮廷魔術師たちが並んでいる場所に座る。

「読め」

 リズモンドに手渡された書類を繰りながら、サーシャは会議で何が話し合われていたのかを把握する。

 書類の内容は、宮廷魔術師の調査による細かい呪術説明と、親衛隊の調査による使用人たちの話についてで新しい情報はない。

 どうやら、ルーカスが懇切丁寧に術について説明をすることで、レオンが到着するまで時を稼いでいたようだ。もっとも、皇太子のマルスにしてみれば、どのような術が施されたかというのは何よりも気になるところだろう。黒魔術による洗脳ともなれば、当然だ。

 神殿より派遣されたウイリアム・ローザーは、レオンの方をずっと気にしている。レオンが何を調べていて遅くなったのか、警戒しているのだろう。

 レオンは、サーシャと同じように渡された資料を読み込んでいるようで、全く気にしていない。

「それでは、神官についての聞き取り調査をローザー氏にしてもらおう」

 マルスが、ローザーに意見を求めると、ローザーは手にしていた資料を配った。

「親衛隊から問い合わせのありました神官の聞き取り捜査を行い、さらに内部調査を行いました」

 サーシャは配られた資料を見る。

 五人の神官についての素行調査などが書かれている。

 そして、やはり、というべきか。ルクセイド・ハックマンの名があった。

「大きな証拠があるわけではありませんが、『黒魔術』について、我が神殿で一番詳しいのは、ルクセイド・ハックマン祭司であり、彼の弟子のオルド・レイドンが疑わしき五人の中に入っていることを偶然とは呼べないと考えております」

 オルド・レイドン自身も、黒魔術に関心があるらしい。しかも、神殿活動の合間に商いをしているという情報がある。

 現在神殿の内部調査において、レイドンは黙秘しており、詳細はわかっていないとローザーは説明した。

「つまり、自白はしていないが、彼が『犯人』だと神殿は考えているということか?」

 質問をしたのはマルスだ。

「疑わしいとは、思っております」

 婉曲だが、ほぼ断定したと言っているようなものだ。

「現在、オルド・レイドンはどうしている?」

「謹慎中です」

 レオンの問いに、ローザーは答える。

「捜査権はこちらにある。疑わしいのであれば即座に引き渡しを願いたいのだが?」

「それは……もちろん」

 ローザーは頷く。

「彼からの供述が取れ次第、そのようにするつもりではおりました。また、彼の上司ともいえるハックマン祭司についてもただいま調査中でございます」

 あらかじめ考えていた答えなのだろう。ローザーはよどみなく答える。

「ちなみに、花瓶敷に付与されていた術についてだが、神官として、君はどう思う?」

「非常に残念なことだと思います。神を奉じるためにせよ、他人に強要するような、まして黒魔術の手を借りるようなことはあってはならないことです」

 その質問も予想済みだったのかもしれない。ローザーは動揺の欠片すら見せなかった。

「兄上の信仰心を煽り、運命の相手をすり込もうとする。その姿勢は神殿の主流派そのものの姿勢だ。本当に一部の神官が勝手にやったことなのか?」

「言いすぎだ、レオン」

 さらに強い口調でたたみかけるレオンを、マルスが制する。

 神殿全体を敵視するのは現段階ではまずいとのことだろう。

 ただ、マルスのその態度の甘さが、神殿の増長につながっているようにサーシャには思えた。

「失礼。だが、一部の神官の暴走にしても、神殿には責任がある。そこははっきり認識すべきだ」

 レオンは念押しする。

「それは承知しております」

 ローザーは頷いたが、そこまで深刻にとらえてはいないように見える。

 そもそも、黒魔術とはいえ、命にかかわるような術ではない。皇族を標的にしたからこそ問題になっているだけ、とくらいの認識しかないのだろう。

「ところで、ブリックス伯爵について聞きたいのだが」

「ブリックス伯爵?」

 突然のレオンの質問にローザーは戸惑いを見せた。

「熱心な信者だと聞いているが?」

「ええと。はい。かなりの寄付金をいただいております」

 慎重に答えながら、ローザーはレオンの表情を探ろうとしているようだ。

 気持ちはわかるが、レオンの死滅した表情筋から何か読み取ろうとするのは無理だろうな、とサーシャは意地悪く思う。

「伯爵はルクセイド・ハックマン祭司とかなり親しいと聞いたのだが?」

「ハックマン祭司ですか?」

 ローザーの顔に動揺が見えた。

 ハックマンと伯爵の関係に親衛隊が気付いているとは思っていなかったのか、それとも、本当に知らないのか。

 どちらで戸惑っているのか、判別は難しい。

「そのような関係だと私は把握しておりません。ただ、ハックマン祭司は研究費を必要としておりましたので、スポンサーとしてのお付き合いがあったのかもしれませんが」

 ローザーは首を振る。

「つまり、まだハックマン祭司について何も調べていないということだな」

 レオンは息をついた。

「神殿のことは神殿が内部調査をするという理由で、親衛隊の捜査を拒否してきた。だが、捜査とは名ばかりのその程度の情報で我々を納得させるつもりだったのか? 皇族に対して術を行使しようとした罪を軽視しているとしか思えない。ルクセイド・ハックマンは既に我々が確保し、今回の件の自白も既に得ている」

「嘘だ」

「何が嘘だと? ハックマンが生きていることが嘘だと言いたいのかね?」

 にやりと口の端を上げたレオンに、ローザーは青ざめた。

「レオン、どういう意味だ?」

 マルスがレオンに問いかける。

「ハックマンは命を狙われておりましてね。アルカイド君がいなかったら、みすみす死なせるところでした。どうやら、ローザー君は、ハックマン祭司が狙われたことを知っていたようだ」

 レオンがそういうと、ローザーはがっくりと肩を落とした。



 

 

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