念糸22
月影邸は、高級娼館というだけあって、かなり落ち着いた店構えだ。
どこかの貴族の別宅と言われても、納得するだろう。
けばけばしさはなく、煌びやかでもない。
「趣味が良いですね」
「来る客が一流だからな」
サーシャの感想にレオンが答える。
一晩で落としていく金額が違うのだ。すべてに質の良さが要求されるのだろう。
「それで、親衛隊がどのようなご用件で?」
目の鋭い男だった。
年齢は三十くらい。この店のオーナーらしく、かなり身なりがいい。
やり手なのだろう。
「ルクセイド・ハックマンが来ていると聞いたが?」
レオンの質問に、オーナーはやや眉間にしわを寄せた。
「お答えいたしかねると申し上げたら?」
場所が場所だけに、守秘義務があるのは当然だ。
それに、『犯罪者』と確証があって、追ってきたわけではない。
この対応は、ある意味、この店が一流である証拠だ。
「それは別に構わないが、ハックマン祭司は命を狙われている可能性がある」
レオンはあいも変わらず無表情で告げる。
「ここの娼婦と心中と見せかけ殺害される可能性もなくはない」
「何をおっしゃっているのです?」
「見たところ、この館の警備は魔術方面に関しては、ほぼ何もされていませんね」
サーシャは指摘する。
たいていの娼館と同様、この店にも警備員が多数配置されており、刺客などが入り込むのは難しい。
ただ、魔術に関しては、サーシャが見る限り簡単な『呪い返し』程度が施されている程度だ。
外からの魔術攻撃を受けたら、まず防げないだろう。
「ハックマンを狙っている輩は、自分の手を汚さず、殺害を試みると予想している。ゆえに予想が当たっていれば、不幸な巻き添えが出るだろう」
レオンは肩をすくめた。
「ハックマン祭司はいらっしゃっております」
コホン、とオーナーが咳払いをする。
「ですが、すぐにお呼びできるかどうかは」
オーナーの話を聞きながら、サーシャはふと眼鏡を外して、天井を見上げた。
──何かがおかしい。
建物の中にしてはエーテルが大きくうねっている。
「大きな魔力を必要とする魔道具は、この上にありますか?」
「え? ありませんが」
サーシャの問いに、オーナーは首を振る。
「殿下、おそらく攻撃です!」
「アルカイド君?」
サーシャは大急ぎで陣を描く。
「右上の位置に強い魔力が外から働いていると思われます。建物全体に結界を張ってみますので、早急に影響下にある人間を保護してください」
「わかった」
レオンがマーダンを伴って、階段へ向かうのを横目で見ながら、サーシャは意識を建物に広げる。
魔力が集約している場所がはっきりわかればもっと、狭い範囲の結界で対処可能だが、おそらくそんな時間はない。
──今回は殿下の予想が外れたのかもしれない。
レオンはハックマンを狙うなら、親衛隊が手配した後だろうと予想した。
ただ、ハックマンが不慮の事故で死ぬ方が、自害に見せかけるよりも簡単で確実だ。
──とはいえ、間に合うといいけれど。
おそらく遠隔で一気に魔術攻撃をするような真似はしないだろう。
黒魔術を使用し、『物理的な方法』で殺害しようとするに違いない。
──とりあえず、私は魔術を遮断するほうに集中しなくては。
サーシャは目を閉じ、魔力を陣に注ぎ込んだ。
レオンはマーダンとともに階段を駆け上った。
「お待ちを!」
後ろから、オーナーが追いかけてくる。
その時、部屋の中で何かが割れる音がした。
「や、やめろ!」
男性の悲鳴だ。
レオンは声の聞こえてきた扉のノブを開こうとしたが開かない。おそらく中からカギがかけられている。
「殿下、お下がりを」
マーダンは前に出て、扉の蝶番を風の魔術で破壊する。内鍵の位置が正確に分からない場合、蝶番の方が確実に破壊できるからだ。
扉が通常とは逆に開く。
血臭がした。
薄暗い照明の中、割れたガラスの瓶を振り上げている全裸の女性がいる。
「ひぃぃ」
悲鳴を上げて、床に座り込んでいる男も全裸だ。男は頭から血を流しており、床にはガラス片がちらばっていた。
レオンは女の右腕をつかみ身体を拘束する。
「離せェ!」
女は狂乱状態だ。
「眠れ!」
マーダンの呪文が完成し、女が崩れ落ちると、後には、血だらけの男が泣きじゃくっていた。
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