念糸 20

 マーベリックとの話が終わると、サーシャはレオン達と一緒に、会議に参加するために一緒の馬車に乗った。

 今日の会議は、宮廷魔術師、親衛隊、宮殿の護衛官、皇太子の侍従、神官が参加する。

 参加する神官は、一人だ。

 ウイリアム・ローザーという神官は、先程マーベリックに聞いたところ、大祭司派のやり手らしい。

「どうしてその人が参加することに?」

 神官は全部で五人の人間が宮殿に訪れているが、ウイリアム・ローザーは、その中に入っていない。

「内部調査の責任者ということらしい」

 レオンは肩をすくめる。

「下手に口を割られると困るからということでしょうか?」

「おそらくな」

 親衛隊の方で、五人への聞き取りは行われているものの、有力な話は一つもない。花瓶敷が置かれた日付が、はっきりと分からないのだから仕方がない。

 ただ、その件に関して、サーシャが発見したのは置いて間もないものだったのではないかと、推測されている。いくら微弱な術とはいえ、何日も宮廷魔術師が気付かないのは不自然だからだ。

 部屋に出入りできる人間のほとんどは、常に『誰か』と一緒であり、自由に出入りしていたのは、宮廷魔術師と、神官だけだ。

 もっとも、神官は皇太子がいるときのみなのだから、一番怪しいのは宮廷魔術師という結論になる。

 しかし、これは宮廷魔術師の犯行ではないだろう。術が稚拙すぎるのだ。

 宮廷魔術師は魔術に関してプライドが高い。犯行におよぶなら、必ず自分で術をくみ上げるだろう。あのような、他人が織り上げた術を使用することはありえない。

 この国で、黒魔術に詳しいのは、宮廷魔術師を除けば、神殿だ。

 思い込みは危険だが、キンブル製糸商会の件に、神官がかかわっている。

 まして、花瓶敷にかけられた魔術の効果を考えれば、すべてが神殿を指しており、まったく関係ないとは思えない状態だ。

「マーベリックの話を聞いて、アルカイド君はどう思った?」

「マーベリック氏は、神殿を恨んではいないのですね」

 もちろん、マーベリックを陥れたのは、神殿ではなく、影狼だ。

 正しく事態を認識していると言えるが、少しくらい憎んでいても不思議はない。

「結果論で言えば、聖女アリア・ソグランはかすり傷一つ負っていないのです。追放はやりすぎと恨んでも不思議はないかと思っておりました」

「神殿に対してはどうかわからぬが、とりあえず、神への信仰を捨ててはいないのだろう」

 サーシャにはよくわからないが、神を信じるということはそういうことなのかもしれない。

「それにしたって、もっと悪しざまに話すことだってできるのに、自制心の強い方ですね」

「ハックマン祭司のことか?」

 サーシャは頷く。

「おそらく黒魔術を研究するような神官と、何事もまっすぐなマーベリック氏とは、合わなかったはずです」

 マーベリックは良くも悪くもまっすぐすぎるタイプだ。

「祭司時代、対立していてもおかしくありません。マーベリック氏は、もっと何か知っている可能性もあります。ただ、もともと『神』を守ろうとして、主流派と戦っていた人ですから、憶測で人を陥れるようなことは避けたいと考えても不思議はありませんけど」

 彼が祭司に上り詰めた過程、祭司から追放された経緯は、決して褒められるものではない。が、誰よりも理想を追っていたのは間違いない。

「先ほども申し上げましたが、黒魔術を研究する人間に必要なのは、強さです。マーベリック氏の話を聞く限り、ハックマン祭司は、その強さを持っているとは思えません。のめりこむタイプは、いつか一線を越えます」

 サーシャは苦笑する。

「おそらく、ハックマン祭司は、神殿の中でもかなり有名な変わり者で、人柄も少し危ういと思います」

「……そうか」

 レオンは頷き、車窓に目を向けた。

 夕日が傾き始めている。

「マーダン!」

 突然、レオンは声を上げ、馬車に並走して馬を走らせていたマーダンを呼んだ。

「殿下?」

 馬車が止まり、マーダンが車窓に近づく。

「宮殿にはいかない。このまま神殿に行く」

 突然の変更に、マーダンが驚きの表情を見せた。

「至急、ルクセイド・ハックマンの身柄を確保したい」

「しかし、殿下。彼がやったという証拠はまだ見つかりません」

「証拠はおそらく、山ほど出てくる」

 レオンは目を細めた。

「私の推測が正しければ、神殿はおそらく、ハックマンを切ってくる。ウイリアム・ローザーが何か証拠を持ってくるはずだ」

「つまり、すべてをハックマン祭司に押し付けてということでしょうか?」

 サーシャは目をしばたかせる。

「そうだ。ハックマンの身を確保しなければ、おそらく、彼の命はない」

 今回、花瓶敷の件はともかく、キンブル製糸商会に関して大きく親衛隊が動いていることは神殿も把握しているはずだ。導火線に火はついている。どこかで火消しをしてくるはずだ。

「たとえ私の推測が外れたとしても、神殿で一番黒魔術に詳しい男に会うことに問題はない」

「わかりました。宮殿には、急用で遅れると連絡を入れます」

 マーダンは頷き、護衛の一人に耳打ちをすると、馬車は神殿へと走り始めた。


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