誕生会24

 合成獣が見つかったことで、東雲は徹底的な捜査の手が入ることになった。

 表向きは医療品を中心の製造をしていて、そちらの方は医院や診療院、そして軍の医務局が相手で、『真っ当な』取引をしている。

 工房で作られるものの品質は特に問題ない。

 合成獣は塔に一旦引き取られ、内密に調査をすすめることになり、リズモンドが担当することになった。リズモンドは特に魔獣を専門にしているわけではないけれど、そもそも魔獣を専門に研究している人間がいないので、誰がやっても同じだ。

 それならば、秘密を知る人間は少ない方がいい。

 魔獣の話をレオンに持ち掛けられたとき、リズモンドは一瞬だけ渋い顔をしたが、それはどうやらサーシャが親衛隊に残ることへの不満だったようだ。

 とはいえ、課せられた仕事の責任の重さがわからないほどリズモンドは無能ではない。

 場合によっては国家を揺るがしかねない調査だ。リズモンドとしても受けないわけにはいかなかった。

 工房に勤めていた人間への聞き取り調査も同時にすすめられているが、ダラスが頻繁に工房に着ていたことが確認できている。また、業務終了の時間が過ぎても、ムクドやダラスは工房に残って仕事をしていたらしい。また、名前の知らない業者の出入りもあったようだ。

 東雲の『表』の顔を支えていた職員達は、多少疑問を抱いても、給金の良さゆえに気づかぬふりをしていたのだろう。

 ムクドは『表』の商売に関しては公正で寛大な雇い主であり、取引先からもそれなりに信頼をされていた。周辺住人とのトラブルもなく、ダラスの件がなければなかなか捜査線に上がることはなかっただろう。

「それで、ムクドはなんと?」

 朱雀離宮の会議室で、レオンは椅子に腰かけたまま、マーダンに先を促した。

 会議室にいるのは、レオンとサーシャだ。

 東雲に調査に入ってから、三日が過ぎ、少しずつ背景がわかりつつある。

「合成獣の研究のバックは、バルック子爵ですね。念書が見つかりました。ムクドが自分の安全のためにとっていたようです」

「バルック子爵か」

 マーダンの答えに、レオンは顎に手を当てて息をつく。

 バルック子爵は、『カササギ商会』という商会を経営している。エドランとの交易を通じて財を成した商会だ。子爵家ではあるが、かなり資産を持っていて、政治的な影響力も小さくない。

「では、子爵が裏で糸を引いていると?」

 子爵はともかく、カササギ商会の名はサーシャでも知っている。

「おそらくはな。バルック子爵は喰えん男だ」

 レオンは頷く。

「兄の婚約に関して、子爵はどちらかといえば『中立派』だが、穏健派では決してない」

「さようでございますね」

 マーダンが同意する。

 今はまだ政治的な混乱をきたす程ではないが、この国に大きな派閥が出来つつある。

 『エドン公爵家』を筆頭にした名門貴族か、新興貴族の多い『神殿派』か。

 一度は決まったはずの皇太子とラビニア・エドン公女の婚約が『白紙』に戻された経緯は、『神殿派』の勢力拡大にある。

「積極的に分断を図っているのかもしれません」

 マーダンは表情を険しくする。

 二つの派閥が争えば争うほど、帝国は弱体化する。

「バルックは、エドランと親交が深いからな。かの国の意向を酌んでということかもしれぬ」

 現在のエドランの王はかなり野心家らしい。軍備を増強しているという話もある。

 ラビニア・エドンを狙ったのは、二つの勢力のさらなる対立を煽るためなのかもしれない。

「ムクドは、合成獣の知識はどこから?」

手順書レシピは、裏ルートからなら簡単に手に入るようです」

 マーダンは肩をすくめた。

「エドランで合成獣の研究が『禁忌』となったのはごく最近です。その経緯も周辺国の反感を酌んでやむを得ずという感じなので、国家として真剣に取り締まっているわけではないと思われます」

 サーシャが補足する。

 帝国の魔術省が禁止していても、それは国際基準ではない。無論、禁忌となるにはそれなりに理由があり、リスクがあるからこそなのだが、メリットもゼロではない。

 合成獣による暗殺は指示した人間を特定するのが難しいこともあって、需要が尽きることはないと考えられる。国家として研究することを禁じられてもだ。

「ちなみに、その手順書というのがあれば、誰でもできるものなのかね?」

「そうですね。材料である魔獣が手に入りさえすれば、それほど難しくはないでしょう。ムクドは軍の研究員だったわけですから、実力は十分です。どちらかといえば、魔獣を捕らえてくることや、飼育の方が難しいかと私は思います」

 サーシャはレオンの疑念に答える。

「魔獣の生体はあまり知られておりませんし、餌も通常の食物だけでは魔力が衰えます。それなりにエーテルが高濃度な場所で飼育する方がいいとも言われております。かなりの専門知識がいるでしょう」

 魔獣は一定条件下で魔力暴走をおこすという報告もある。人に慣れる、慣れないの問題ではなく、単純に飼育が難しいからだ。

 魔獣についての研究をするなら、宮廷魔術師より軍の魔術師の方がやりやすい。

 軍ならば、『特別処置』が課せられて、研究可能になることもあるだろう。ムクドは軍でノウハウを得たのかもしれない。

「ムクドは軍にいた頃から黒い噂があったようで」

「軍にいた頃から裏組織と関係があったのなら、かなり問題だな」

 レオンの顔が険しくなった。

 軍の機密の漏洩も疑われる。

「ムクドは軍の仕事を通じて、診療院のダラスと知り合い、彼を借金地獄へと追い込んだそうです」

 マーダンは調書を読み上げていく。

「その後、グランドール氏の眠りの魔術薬剤のことを知り、主にその実験をダラスにやらせていたようです」

 合成獣ほどの確実性はないが、逆に薬剤そのものは既に亡くなったグランドール氏の製作であるから、魔素から実行犯を特定される可能性はない。

 使わない手はないと、ムクドは考えたようだ。

「まったく悪事に関しては、天才的に頭の回る男だな」

 レオンは大きくため息をついた。

「殿下!」

 ノックの音とともにカリドが入ってきた。

「子爵家に動きがあります。いかがいたしましょうか?」

「来たか」

 レオンは頷き立ち上がる。

「殿下?」

「おそらくエドランに逃げる気だろうが、そうはさせん」

 レオンは口の端を僅かにあげ、そのまま親衛隊の出動を命じた。

 

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