誕生会5

「これで全員なのか?」

 レオンは集まった人間を見回す。

 ホールのそばにある、休憩室の一室に集められた給仕たちは、それぞれ緊張の面持ちをしている。

 サーシャは眼鏡を外したまま、レオンの後ろに控えた。使用人の中に、強い魔力を持つものはいない。

 これはたいして珍しいことではないし、そもそも魔術薬剤なら、魔術のない者でも扱えるのだから、今回の事件の場合、魔力の有無は関係がないのだが、念のためだ。

 サーシャが魔眼持ちだとわかったところで、動揺している様子もない。

「……いえ、ベン・カーターがおりません」

 給仕たちを取り仕切っていた給仕長が、そわそわと落ち着かない感じで頭を下げる。

「誰か姿を見た者はいないのか?」

「ホールを出ていくのは見ましたが」

 手を挙げたのは、若い女性だった。

「その、カーターという男はどういう男だ?」

「はい。宮廷に勤めて三年になる人物で、特に今まで問題などなく……」

 宮廷から外に出る人間は、すぐに止めるように親衛隊に指示はしているものの、その前に脱出してしまっている可能性もある。単純に『何か』用事があって席を外しただけならば、招集がかかっていることに気づくはずだ。

「今日の様子はどうであったか?」

 レオンの問いに、給仕長は考え込むそぶりをした。

「カーターはかなり仕事の出来る男でしたが、その、寡黙でして、あまり人と話す男ではありません。ただ、少し疲れているとは思いました」

「ホールを出ていくときの様子は?」

「ええと。少し慌てた様子でしたので、てっきり厨房に何か取りに行くのかと」

 先ほどの女性が口を開く。

「そういうことはよくあるのか?」

「あります。飲み物や食べ物の補給も我々の仕事ですので」

 給仕長が女性に代わって答える。

 一応、定期で補給等は行うことになっているが、目端の利く人間が不足ぶんを取りに行くことはよくあることらしい。カーターは、普段から気が付く男だったから、誰も不審に思うことはなかったということだ。

 給仕の人間が向かうのは、厨房か地下の酒造庫のどちらかだ。どちらもホールからの出口は同じで、しかも招待客は入らない通路のため、警備はほとんどない。つまり、そこから先の目撃者はあまり見込めないということだ。

 給仕を三年も続けているのであれば、歩いていて他の使用人に見咎められることはないだろうから、そのまま勝手口から外へ出ることも可能だろう。

 もっとも、そこから宮殿外の敷地に出ることは、そんなに簡単ではないが。

「個々の聞き取りは頼む。まずは、そのカーターという男を探さねばならん」

 合流したマーダンにそう告げると、レオンはきびきびと行動し始めた。

 いつまでも招待客を閉じ込めておくわけにもいかない。

 ラビニアが倒れた件に関しては事件性は高いものの、一番の目撃者はサーシャとレオンであり、一番の証拠はサーシャの手の中にある。

 他に犯人がいたとしても、それを知る者は今のところカーター意外に考えられない。

 ほどなくして、マルス皇太子が戻ってきた。魔術薬剤を使ったことがわかっていたため、対処は速やかに行われ、意識はすぐに戻ったらしい。

 マルス皇太子は、そのままラビニアについていようとしたのだが、ラビニアに言われてこちらに戻ってきたらしい。

 主役が戻ってきて、ラビニアに異常がないことが分かったので、とりあえず会場そのものの警備は通常の状態に戻し、誕生会はそのまま続行させることになった。

 もっとも、出口や馬車止めは、厳重に人を配置してはいる。

「それで……アルカイド君は、どうする?」

「そうですね、まず、これをなんとかしないと」

 サーシャは手にしたグラスを見せた。

「私は一旦、塔に戻りまして、この魔素を固定させます。証拠が消えては何もなりませんので」

「塔まで送ろう」

「え?」

 サーシャは思わずレオンの顔を見上げる。

 ここから塔まで距離がないわけではないが、何故、サーシャがレオンに送られるのか?

「大事な証拠品だ。君が優秀なことは知っているが、一人で動くのは良くない」

「ああ、そうですね」

 言われて得心する。魔素はちょっとしたエーテルの流れでこぼれてしまうし、しかもやがてはエーテルに吸収されてしまう。 

 これは犯人が残していった大事な証拠品だ。狙われない保証はどこにもない。

「塔でラビニアに話も聞きたいしな」

 もちろん、ラビニアの飲み物に魔術薬剤が使われていたのは間違いないから、彼女が知っていることはほぼないだろうと思われる。

 事件のことでというよりは、単純にラビニアが心配なのかもしれない。

 魔術の塔は、華やかな宮廷から少し離れた場所にあり、長くて暗い通路を渡っていく。

「暗いから、足元に気を付けて」

 本来守られるべき立場のレオンに、さりげなく姫君のようにエスコートをされ、サーシャは複雑な気持ちになった。

 もちろん彼が守っているのはサーシャではなく、証拠品である。だが、その行動はとてもスマートで、自然だ。

 やはり皇子だけあって、全ての行動が洗練されている。

「殿下が、どうしてオモテにならないのか不思議です」

 月光に照らされたレオンの無表情ではあるが美しい横顔を見上げ、サーシャは首をひねる。

 無表情なのは顔だけで、豊かな感情が流れているのは、少し話せばわかることだ。

 まだ婚約者のいないレオンを死神皇子などと呼び、令嬢たちが遠巻きにしている意味が分からない。

「そんなことを言うのは、アルカイド君だけだよ。それに……正直、私には事件の方が面白い」

 レオンは肩をすくめて呟く。

 その気持ちは、サーシャにもわかる気がした。

 k

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