鳳凰劇場 8
「ラビニアはいろいろと常識外れではあるが、むやみに権力を行使するほど阿呆ではない」
レオンはゆっくりと首を振る。
「さすがにソグラン家そのものをつぶすことはしないだろう。ソグラン嬢本人はどうなるかわからんが」
フォローしているつもりなのだろうが、フォローしきれていない。
むしろ、ラビニア個人をよく知っている人間からそんな風に評されるとなると、冗談ぬきで、怒りを買えば容赦ないというのは本当のところだろう。
「つまり、エドン公女さまはソグランさまにそこまで敵意を持っていない、ということです」
サーシャは慌てて口を添える。
レオンはともかく、サーシャ自身は言い過ぎた。あとで公女の耳にでも入ったら、厄介である。
「でも、普通に考えたら、公女さまが一番私を憎んでいらっしゃるはずです。あの方なら、ご自身の手を汚す必要もないでしょうから」
アリアはどうやらラビニアの犯行を疑っているようだ。
アリア自身はラビニアとそれほど親しくないから、人となりを知らない。
世間が噂するようにラビニアの犯行であれば、事件は単純なものになる。
「公女さまと皇太子殿下との縁談はあくまで政治的なもの。逆に言えば、恋愛感情がどうであれ、簡単に壊せるものではありません。ソグランさまは確かに『光の魔術師』ではありますが、あなたを皇妃に迎えいれたとすれば、神殿の力が大きくなる。政治的なパワーバランスの問題なのです。つまり公女さまとソグランさま、どちらを選ぶのかは、恋愛的な相性ではなく、皇太子さまがどちらの勢力と手を組むかということだと思います」
「アルカイド君」
レオンが咎めるようにサーシャの名を呼んだ。
今ここで、ラビニアの無罪について説明する必要はないということなのだろう。
「失礼いたしました。要は、エドン公女さま以外で心当たりがないかをお聞きしたいのですが」
「随分と失礼な方なのですね。エドン公女さま以上に恨まれる相手は思いつかないわ」
アリアはムッとしたようだった。ラビニア・エドンは無実だと言い放つサーシャが気に入らないらしい。
ひょっとしたら、アリアは真犯人がつかまるより、ラビニアの評判が落ちればそれでいいと思っているのかもしれない。
コホン。
レオンが咳払いをした。
「この事件に関して、ラビニア・エドン公女が行ったとする『噂』がまことしやかに流れている。ただ、彼女の性格、公爵家の地位、そして現場の状況から見て、彼女の関与はないと思われる。にもかかわらず、ソグラン嬢までエドン公女を指すとなれば、かえって君の立場は悪くなるとアルカイド君は言っているのだよ」
レオンは言外にラビニアを陥れているのはアリアではないかと指摘する。
「私は、別に」
「飛行の術が使えるソグラン嬢を階段から突き落としたところで、怪我をする確率は低い。意図的にエドン公爵家に泥をかぶせにいった可能性を我々としては考えざる得ないのだが?」
淡々としているが、異論を認めない口調だ。
「違います。私、本当に突き落とされたのですよ?」
「そこは疑っていない」
レオンは肩をすくめた。
「だからこそ、他の心当たりはいないのかと聞いているのだ。今回の事件、現状だけ見れば、ソグラン嬢に利することが多い。たとえラビニアの無罪が証明できたとしても、汚名を完全に雪ぐことはできないだろう。そんな中、ソグラン嬢が非協力的だと知れば、公爵家はどう思うだろうな?」
「殿下は私を疑っておられるのですか?」
「少なくとも、積極的に真犯人を探そうとはしていないと思っている」
「協力はしています!」
アリアは叫んだ。
「本当にわからないのだから、お答えしようがありません」
「殿下、よろしいでしょうか」
サーシャは静かに口をはさんだ。
「何だね、アルカイド君」
レオンはちらりとサーシャの方を振り返り、発言を許した。
「アリア・ソグランさまは、ご自身が『悪意を持たれても仕方がない』と感じていらっしゃるのが、ラビニア・エドン公女さまなのでしょう。人は自分が人から恨まれるとわかってその行動を選択することは、マレでありますから」
サーシャは小さく息をついた。
「つまり恨まれる覚悟があってした行動ですから、さらに恨まれたところで痛くもかゆくもないというところかと。逆に他の誰かについては、本当に心当たりがないか、もしくはその名をあげることにより、今後付き合いづらくなることを危惧なさっているのかもしれません」
「つまり、名をあげるのもためらわれる身近な相手ということだな」
レオンは頷いた。
「ソグラン嬢、君が芝居に行くことをあらかじめ知っていた、神殿関係者の名前を挙げてもらおうか」
「それは……」
「身内と揉めたくないからといって、公爵家に喧嘩を売るのは得策ではないと思うがな」
「わかりましたわ」
アリアは小さくため息をついた。
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