第4話 天使くんとアクマちゃん

 結局、この日は、何も出来ない無力さに、痛感した一日でした。

先生なのに、何ひとつ、先生らしいことが出来ず、ガックリと肩を落として

職員室に戻りました。

「どうしました、牧村先生」

 しょげ返ってきた私を見て、カラス先生が声をかけてくれました。

「私、やっぱり、先生には、向いてないのかも……」

「何を言ってるんですか。今日が初日なんでしょ。いきなり、できるわけないでしょう。もっと自信を持ってください」

 すっかり自信を失った私は、うな垂れるしかありませんでした。

「牧村先生、まだ、一日は終わってませんよ。子供たちの声が聞こえませんか?」

 天狗校長が言いました。顔を上げると、子供たちの賑やかな声が聞こえ

ました。

「まだ、学校は、終わってませんよ。教室に戻って下さい」

 私は、そういわれて、席を立ちました。教室に戻ると、子供たちが遊び捲くっていました。

「ちょっと、あんたたち、なにしてるの?」

 思わず、声が出ました。

「美久センセ、注意して下さい。男子たちが、掃除しないんです」

 と、アクマちゃんが言いました。午後の授業が終わると、みんなで教室を掃除するのです。

なのに、一つ目くんと三つ目くんは、ホウキでチャンバラをやってます。

カカシくんと傘バケくんは、黒板にいたずら書きをして遊んでいました。

女子はといえば、我関せずと言う感じで、霊子ちゃんと幽子ちゃんは、外から

窓を拭いています。

いくら教室は、一階とはいえ、足は立たないはずです。幽霊だからなのか、宙に浮いているのです。

 ろくちゃんと雪子ちゃんが、チャンバラをしている男の子たちに注意をして

いても、まったく言うことを聞きません。

「一つ目くんも三つ目くんもやめなさい。今は、掃除の時間でしょ。傘バケくんもカカシくんも、黒板をちゃんと消しなさい」

 私が少し強い口調で注意します。

「は~い」

 私が注意すると、男子たちも遊びをやめて、掃除を始めました。

机を片付けたり、床を雑巾で拭いたりしました。

「みんなの教室なんだから、ちゃんと掃除はしましょうね」

 私が言うと、子供たちもちゃんと言うことを聞いてくれました。

少しは、先生として威厳が見せられたかと思っていると、カワウソくんが

スカートをパッと捲ったのです。

「ちょっと!」

「あはは、美久センセが怒ったじょ」

 カワウソくんが笑うと、他の子供たちも大きな声で笑い始めます。

「こらぁっ!」 

 私が声を上げると、子供たちの笑いが納まりました。

「真面目に掃除をしないと、先生も怒りますよ」

 私は、真面目な顔をして言うと、子供たちも静かになって、掃除を再開しま

した。私は、その様子を腕を組んでみています。どうにか、掃除も終わる頃に

なって、天狗校長がやってきました。

「掃除は、終わりましたか?」

「は~い」

「では、みんな、牧村先生に挨拶して、帰りましょう」

 天狗校長が言うと、子供たちが私の前に並んで言いました。

「美久先生、さようなら」

「美久センセ、また、明日ね」

 私は、その言葉を聞いて、今度は、満面の笑顔で言いました。

「はい、みんな、さようなら」

 私の挨拶を聞いて、子供たちは、手を振りながら帰っていきました。

やっと、長い一日が終わって、ホッとしていると、天狗校長が言いました。

「どうでしたか、初日は?」

「なんか、疲れました」

「大丈夫ですか? また、明日もお願いしますよ」

「ハイ、がんばります」

 私は、そう言って、天狗校長に頭を下げました。

「それと、この二人のことは、頼みましたよ」

「えっ?」

 何のことはわからずにいると、天使くんとアクマちゃんだけが、教室に

残って、私を見ていました。

「えっと……」

 私は、言葉に詰まっていると、天使くんが言いました。

「今日から、美久先生のウチに行くんでしょ」

 私は、朝に天狗校長に言われたことを思い出しました。

「あっ、イヤ、その、だから、アレは……」

 二人を預かるという話です。私は、その話は、無理だから断ったはずです。

「それじゃ、二人とも、牧村先生の言うことをちゃんと聞いて、いい子にするんですよ」

「は~い! 美久先生、よろしくお願いします」

 そう言って、天使くんは、ペコリとお辞儀をしました。

こうなると、断ることも出来ません。私は、静かに息を付きました。

「もしかして、私たちがいちゃ、邪魔なのかしら?」

 アクマちゃんがポツリと言いました。

「イヤイヤ、そんなんじゃないから」

 私は、慌てて否定して笑って見せました。

「それじゃ、牧村先生、二人をお願いしましたよ。明日は、三人で登校して

下さいね」

 そう言って、天狗校長は、教室を出て行ってしまいました。

こうなったら、覚悟を決めて、二人と帰るしかありません。

でも、天使とアクマといっしょに生活できるのだろうか……

 私も、帰り支度をして、二人と手を繋いで学校を後にしました。

「それじゃ、帰ろうか」 

 そう言って、手を差し出すと、二人は素直に私の手を握りました。

小さな温かい手でした。二人は、ランドセルを背負って、私と手を繋いで

帰ります。天使くんは、ニコニコ笑って楽しそうです。

でも、アクマちゃんは、一度も私の顔を見ようとしませんでした。

「美久センセのお家って、どんなの?」

「どうって…… 普通のお家よ」

「これから、美久センセといっしょにいられるなんて、うれしいなぁ」

 うれしいことを言ってくれるじゃないの。私も、なんだかうれしくなりました。私たちは、祠を出ると、坂道を下りながら、夕方のオレンジ色に染まる空を見ながら帰りました。


 私のうちは、坂道を降りると、すぐです。少し歩くと自宅に着きました。

「お家は、ここよ。これから、ここで暮らすのよ」

「ふぅ~ん、普通ね」

 アクマちゃんの一言が、胸に刺さりました。でも、そんなことは、顔に出さずに言いました。

「さぁ、入って。今日から、ここが、あなたたちのお家よ」

 私は、玄関を開けて中に入りました。いきなり、こんな子供をウチに入れるなんて、パパとママが知ったら、なんて思うか、どう説明しようか、考えていました。

 そんな私の気持ちも知らずに、天使くんもアクマちゃんも、中に入っていきました。

「ちょっと、ちょっと、靴は、脱いでね」

 そのまま上がろうとするので、私は、慌てて止めました。

「中に入るときは、ここで靴は、脱ぐのよ」

「面倒なのね」

 アクマちゃんは、ブツブツ言いながらも靴を脱いで中に上がりました。

天使くんも言われた通り靴を脱いで、しかもちゃんと揃えました。

「ここが、人間の住むところなの」

 アクマちゃんが、部屋の中を見渡しながら言いました。

確かに、私の家は、豪邸とはいえません。普通の一軒家です。

アクマちゃんや天使くんから見たら、全然狭いのかもしれません。

 まずは、部屋の中を案内しました。

「ここが、お風呂で、こっちがトイレね。ここは、自由に使っていいからね」

 私は、リビングを説明しました。そのまま、二階に上がります。

「ここが、私たちのお部屋よ。あなたたちもここで寝ようね」

 二階は、私の寝室と両親の寝室、押入れと物置代わりの部屋があります。

一通り家の中を見せると、リビングに二人を案内しました。

「お腹空いたでしょ。ご飯を作るから、テレビでも見てて」

 そう言って、テレビのリモコンを見せました。

「テレビってなに?」

 天使くんが素朴な質問をしました。もしかして、この子たちは、テレビって

見たことないのか?

私は、リモコンを説明しながら、テレビをつけてみました。

すると、テレビ画面を二人は、黙ってみていました。

テレビ画面に映る番組が珍しいのかもしれません。

 しかし、すぐに飽きたのか、映っている番組がつまらなかったのか、消してしまいました。

「なにしてるの、美久センセ」

 天使くんが後ろから声をかけてきました。

「ご飯を作ってるのよ。なにが食べたいかな?」

「う~ん…… わかんないから、美久センセが作ったものなら、何でもいいよ」

 うれしいことを言ってくれる。やはり、天使くんは、天使なんだ。

私は、気持ちがよくなったので、腕によりをかけて、おいしいご飯を作ろうと

思いました。

「手伝おうか?」

 アクマちゃんも声をかけてきました。退屈なのでしょう。

「大丈夫よ。それから、ここは学校じゃないから、先生というのは、なしよ」

「それじゃ、なんで呼んだらいいの?」

「そうねぇ…… お姉ちゃんとか、どうかな?」

 かなり無理して言いました。自分で自分のことをお姉ちゃんなんて言わない。

「わかったわ。美久ねぇ」

 アクマちゃんが言いました。それでもいいかと思いました。

「美久お姉ちゃん、なにを作ってるの?」

 天使くんから、呼ばれると、胸がジーンときます。

兄弟がいないので、お姉ちゃんなんて呼ばれたことはありません。

思わず、天使くんを抱きしめたくなりました。

できれば、もう一度、呼んでほしい……

「美久ねぇ、退屈なんだけど……」

 アクマちゃんの言い方も、これはこれで、お姉さん気分になります。

とは言うものの、退屈を紛らわせるには、どうしたらいいか考えます。

テレビが無理なんだから、パソコンなんかは、もっと無理だし……

 私は、少し考えてから、二階の押入れに行きました。

奥にしまったままのダンボールを開けると、私が子供のときに抱いて寝ていた

縫いぐるみたちがありました。

ずっとしまったきりなので、それほど汚れてもいません。

私は、中から、クマとウサギの縫いぐるみを持って一階に降りて、二人に渡しました。

「ハイ、これで、遊んでて」

「ありがとう」

 アクマちゃんは、そう言うと、ウサギの縫いぐるみを受け取りました。

しばらくこれで、遊んでくれるだろう。今のうちに、夕飯を作ります。

冷蔵庫を開けて、献立を考えてから、やっぱり子供の定番なら、オムライス

だろうと思ってお米を研いでから、鶏肉や玉ねぎなどを刻み始めました。

後は、ご飯が炊けるのを待つばかりです。私は、ちょっと、一息ついて、二人を見るとおままごとのようなことをしています。こうして見ると、可愛い双子の弟と妹です。

 私は、お風呂を沸かしに行って、スイッチを入れようとすると、天使くんの声が聞こえました。

「あーっ! ダメだよ、アクマちゃん。ウサギさんが可哀想じゃん」

 何事かと思って、慌ててリビングに行くと、ウサギの縫いぐるみを

アクマちゃんが引き裂いていました。

「ちょっと! アクマちゃん、なにしてるのよ」

 私は、ウサギの縫いぐるみを取り上げました。見ると、耳を引き抜かれて、

お腹が引き裂かれて綿が出ています。

右手も千切られて、中から白い綿がはみ出していました。

「アクマちゃん、こんなことしたら、ウサギさんが可哀想でしょ。なんてことをするの」

 私は、自分の縫いぐるみを壊されたことと、悪魔とはいえ、子供のすること

ではない残酷なことで頭に血が昇ってしまって、我を失っていました。

「こんなことしちゃ、ダメでしょ」

 私は、千切れた耳とウサギの体をアクマちゃんに見せ付けました。

なのに、アクマちゃんは、謝るどころか、私を見上げてこう言ったのです。

「わかった。直せばいいんでしょ」

「直すって、こんなのもう、直せないでしょ」

「出来るわ。あたし、アクマだもん」

 そう言って、私の手からボロボロにされたウサギをひったくると、それを床に置きました。

「イロエムイロサイム、エイッ!」

 そう言いながら、両手をウサギに当てました。すると、その小さな手から虹色の光が見えました。

それが、ウサギに降りかかると、白く光りました。

私は、眩しくて、思わず目を手で覆います。

それは、一瞬でした。次に目を開けると、バラバラだったウサギが元通りに

なっていたのです。

「ハイ、これでいいんでしょ」

 アクマちゃんは、無表情でウサギの縫いぐるみを私に突き出しました。

「ウソ…… どうしたの、これ?」

「魔術よ。これくらい、あたしにでも使えるから」

「魔術……」

 アクマだから魔術が使えるにしても、これほどとは、すごすぎる。

バラバラだったウサギが、元に戻っているのです。魔術というより、魔法だ。

「すごいわね、アクマちゃん」

「別に」

 アクマちゃんは、ウサギを私から取り返すと、天使くんと遊び始めました。

私は、試しに聞いてみました。

「ねぇ、天使くんも魔術できるの?」

「出来るよ。少しだけどね」

「どんな魔術?」

「う~んと、それじゃ、美久お姉ちゃん、見てて」

 そう言うと、クマの縫いぐるみを両手で支えて立たせます。

「エンジェルリング、クマさんを歩かせて」

 そう言うと、頭の上に浮いている白い輪が白く光りました。

そして、ドーナツ状の白い光がクマの縫いぐるみを包みました。

すると、目の前で、信じられないことが起きました。

 クマの縫いぐるみが一人で歩き始めたのです。

「ウソォ!」

 私は、思わず声が出てしまいました。目の前で、縫いぐるみが一人で歩いて

いるのです。さすが、天使くん。天使にもそんな不思議な力があるのか……

と、思っていたら、少し歩くと、クマの縫いぐるみはバタッと倒れて、二度と

起き上がりませんでした。

「この子は、まだ、この程度なのよ」

 アクマちゃんが解説しました。見ると、天使くんは、笑って頭を掻いています。

「イヤイヤ、天使くんもすごいよ」

「えへへ、ぼくは、まだ、子供だから、これくらいしか出来ないんだ」

 それでも、立派なもんです。私のような人間じゃ、どうやってもできないことだから。

それにしても、こうして見ると、普通の子供なのに、天使と悪魔だけに、

人間には出来ないことができてしまう。

今は子供だからこの程度で済むが、大人になったら、どんな魔術を使うか、想像もできない。もしかして、恐ろしい子供たちかもしれない。

私は、無邪気に遊んでいる二人を見て、ブルっと震えました。

 

 夕食に出したオムライスも、二人は、ペロッと食べてくれました。

最初は、初めて見るオムライスに緊張していた様子でした。

でも、私が食べるのを見て、真似してスプーンで食べると、後は、夢中で食べてくれました。

天使くんだけでなく、アクマちゃんも「おいしい」といってくれたのは、

うれしくて胸が一杯になりました。

 そして、食べるときの「いただきます」と食べた後の「ご馳走様でした」も、ちゃんと手を合わせていうのに私もジーンときてしまいました。

なんて可愛くて、いい子なんだろう……

これから始まる三人の生活が、楽しみになりました。

 片づけを終えると、今度は、お風呂の時間です。

「それじゃ、お風呂に入ろうか」

「ハーイ、美久お姉ちゃんと入るぅ」

 それは、どうかな…… 一応、天使くんは、男の子だし……

「アクマちゃんは、どうする?」

「お風呂くらい、一人では入れるわよ」

 やはり、アクマちゃんのが、大人びているみたいだった。

「えっと、天使くんは、一人で入れる?」

「ダメよ。天使くんは、私とじゃないと、入れないから」

 そうなの…… そこまで、二人は仲良しなの? 子供とはいえ、アクマちゃんは

女の子だし、天使くんは男の子のです。

いくら子供同士でも、大丈夫なのか、裸になるわけだし、私は、少し心配になりました。

「よし、それじゃ、三人で入ろうか」

 私は、気持ちを切り替えて、そう言いました。

別に、子供だし、裸を見られても、どうってことはない。

私は、そう思って、二人の手を取って、浴室に行きました。

 大人と子供二人くらいなら、入れるだろう。私は、子供のときに親と入った

とき以来、他人とお風呂に入ることになりました。

私が先に服を脱いでいると、天使くんの服をアクマちゃんが脱がせていました。

「私がするから、アクマちゃんは、自分で脱いでいいわよ」

 そう言って、天使くんの服を脱がせました。パンチを脱がせると、

小さな男の子のアレが目に入りました。

なんだか、小さくて可愛い。そんなことを思った私は、エッチなのでしょうか……

 そして、驚いたのは、天使くんの背中に生えてる小さな羽でした。

「ホントに、生えているのね」

 私は、そっと触りながら言いました。ホントに、鳥の羽を触ったような感触

でした。

「うん、だって、天使だもん」

「もしかして、空も飛べるの?」

「少しね」

 天使くんは、そう言って、浴室に入っていきました。

でも、もっと驚いたのは、アクマちゃんでした。裸になると、小さなお尻の

付け根から黒いシッポが生えていたのです。

「アクマちゃん、そのシッポって、ホントに生えてるのね」

「そうよ。だって、アクマだもん」

 表情一つ変えずそう言って振り向くアクマちゃんでした。

私も慌てて裸になって、後に続きました。

 浴槽に入る前に、二人の体にお湯をかけてあげました。

「熱くない?」

「大丈夫だよ。なんか、気持ちいいよ」

 天使くんは、そう言って笑いました。

私は、体を抱いて二人を浴槽に入れました。そして、膝の上に二人を抱いて上げました。

「校長先生のうちでは、お風呂に入ってるの?」

「たまにね」

「そうなんだ。これからは、毎日、入れるわよ。お風呂って気持ちいいでしょ」

「まあまあね」

 アクマちゃんは、そう言って小さな掌でお湯を掬っていました。

天使くんもお湯を手で掬いながら、遊んでいます。こうして見ると、小さな弟と妹が出来たようです。

でも、天使くんの背中には羽が、アクマちゃんのお尻にはシッポが生えて

いるのです。

 こうして、ゆっくりお風呂に入るのなんて、私自身も久しぶりです。

いつも一人だし、どちらかといえば、カラスの行水みたいで、すぐに出ちゃいます。

「それじゃ、体を洗いましょうね。天使くんから上がって、そこの椅子に

座って。自分で洗える」

 私が言うと、アクマちゃんが言いました。

「いつも、あたしが洗ってあげてるのよ」

「でもさ、天使くんは、男の子だし、一人で洗えるようにならなきゃね」

 私は、そう言って、スポンジに石鹸で泡立てて、天使くんに渡しました。

天使くんは、鏡を見ながら腕や体を洗い始めます。

「そうそう、そうやるのよ。天使くんも出来るじゃない」

 すると、天使くんは、鏡の向こうで笑っていました。

「お姉さんが、背中を洗ってあげるからね」

 私は、そう言って、天使くんの小さな背中をやさしく洗ってあげました。

左手を天使くんの小さな肩を触ると、今にも壊れそうでした。

そして、右手に持ったスポンジで背中を擦ってみました。

「痛くない?」

「うん、大丈夫だよ」

 天使くんは、優しく頷きました。

なんか、お母さんみたいなことをしている自分を鏡で見て、私も笑顔に

なります。

私も結婚して、子供が出来たら、こうして子供の体を洗ってあげるのかな……

そんな感覚を覚えて、天使くんが自分の子供のような気がしてきました。

 シャワーで泡を流して、問題は、シャンプーです。

何しろ、頭の上には、白い輪っかが浮いているのです。

「頭は、どうやって、洗ったらいいのかしら?」

 私は、アクマちゃんに聞いてみました。

「別に、普通にやればいいのよ。天使の輪が邪魔だけど、それは、どうにも出来ないから」

 なるほど、それはそうだ。こればかりは、どうすることも出来ない。

「天使くん、目をつぶって、シャンプーが沁みるから」

 そう言うと、天使くんは、目をギュッと瞑ります。その顔が、また、とても

愛しい。私は、少量のシャンプーで天使くんの白い髪を洗います。優しく両手で洗ってあげるとその髪がとても柔らかくて、私の髪とは、まるで違うことが

わかります。

 シャンプーが顔に垂れてきて、目が沁みないうちに、シャワーで流しました。

そして、タオルで頭と顔を拭いてあげました。

「どう、少しはスッキリした?」

「うん、気持ちよかった」

 天使くんは、濡れた顔を手で擦りながら言いました。

「それじゃ、今度は、アクマちゃんね」

「いいわよ。自分で出来るから」

「背中くらい、私がやってあげるから」

 私は、かなり強引にアクマちゃんを浴槽から抱き上げました。

交代で、天使くんが浴槽に入ります。

 アクマちゃんは、スポンジを泡立てて体や手足を洗い始めます。

「貸して、背中は、私がやってあげるから」

 そう言うと、アクマちゃんは黙ってスポンジを渡しました。

アクマちゃんの背中も天使くんと同じでとても小さくて、華奢な感じです。

さりげなく下を見ると、お尻と腰の付け根から、黒くて細長いシッポが

ヒョロヒョロしていました。

 私の視線に気が付いたのか、鏡の向こうからアクマちゃんが声をかけて

きました。

「シッポがそんなに珍しい?」

「イヤ、そうじゃないの。ごめんね」

「別に、人間には、生えてないからね。見たいなら、見せてあげるけど」

「イヤイヤ、そんなことしなくていいから」

 私は、慌てて顔を横に振って否定しました。

大人の女の私が、子供の女の子のお尻を見るなんて、いくらなんでもそんな

恥ずかしいことは出来ない。

 お湯で体の泡を流してから、今度は、シャンプーです。

アクマちゃんの髪は、黒くてセミロングくらいの長さで、肩まであります。

私は、アクマちゃんの髪を優しく洗いながら言いました。

「アクマちゃんの髪って、すごくきれいね」

「ありがと、美久ねぇ。でも、美久ねぇの髪も人間にしては、きれいだと思う

わよ」

 そうなの? 私は、自分の髪には、自信がありませんでした。

まだ、若いのに、ろくに手入れもしてないし、美容院にも行っていません。

 シャワーで流してタオルで拭くと、アクマちゃんが言いました。

「美久ねぇは、あたしが洗ってあげるわよ」

「イヤイヤ、いいって。私は、大人だし、自分で出来るから」

「恥ずかしがることないんじゃない」

「そういうわけじゃないけど、一応、アクマちゃんは、子供だから」

「ふぅ~ん、それじゃ、アンタが洗ってあげたら」

 天使くんに言うので、私は、もっと慌てました。

「ぼくが、美久お姉ちゃんを洗ってあげる」

「いいから、大丈夫だから。天使くんは、ちゃんと肩まで、お湯に入ってて」

 私は、そう言って、スポンジで体を洗いはじめました。

鏡越しに見ると、アクマちゃんと天使くんは、お風呂の中でお湯をパチャパチャさせて遊んでいます。

このすきに、急いでシャンプーまでやらなきゃと、少し焦っていました。

 私の髪もアクマちゃんと同じくらいの肩までなので、洗うには、ちょっと時間がかかります。

頭を下に向けて、髪を両手で擦るように洗っていると、突然、頭にシャワーが

勢いよくかかりました。

「ちょっと、なにを……」

 泡だらけで目も開けられない私は、シャワーを握ろうと手を伸ばします。

でも、シャワーがつかめません。目に泡が入って、開けられません。

そんな私の耳に聞こえてきたのは、天使くんとアクマちゃんの笑い声でした。

「美久お姉ちゃん、おもしろい~」

「ちょっと、シャワーを貸しなさい」

 アクマちゃんは、シャワーを持って、私の頭にかけ続けていたのです。

「いたずらは、やめなさい」

「美久ねぇの髪を洗ってあげてるのよ」

 アクマちゃんは、さらっと言って、シャワーをかけます。

「こら、もう、やめなさい」

 私は、やっと目を開けることが出来て、顔を手で拭って、言いました。

そのとたん、私の顔に天使くんが手でお湯を掬ってかけました。

「きゃっ! やったな」

 私は、洗面器のお湯を天使くんにかけてやりました。

天使くんは、手でお湯をバシャバシャかけて反撃します。

そこに、アクマちゃんが水を掬って天使くんにかけました。

「冷たいよぉ……」

「美久ねぇを苛めたバツよ」

「アクマちゃんのイジワル」

「もう、お風呂で遊ばないの。ちゃんと温まって」

 私は、そう言って、二人を抱き上げて、浴槽に浸かりました。

私は、二人を抱きしめて、すごく幸せを感じました。

こんな温かい気持ちになったのは、いつ以来だったかな……

 すると、抱きしめられた天使くんが言いました。

「美久お姉ちゃんて、柔らかいんだね」

 天使くんが、私の胸を指でツンツンしていました。

私は、その行為に決して、嫌らしさは感じませんでした。むしろ、天使くんの

無邪気な感想が、うれしかったのです。

「当たり前でしょ。美久ねぇは、大人だからよ」

「そうか、アクマちゃんの胸って、柔らかくないもんね」

「そのウチ、大きくなるわよ」

 見ると、アクマちゃんの胸は、子供らしく、天使くんと同じように、

ペッタンコです。

「そうね。アクマちゃんも大人になったら、私みたいになるかもしれないわね」

「美久ねぇより、大きくなるから」

 相変わらず、口が減らないというか、クールなアクマちゃんに笑うしか

なかった。

「さぁ、もう出ようか」

 私たちは、お風呂から出ると、バスタオルで二人の濡れた体を拭いてから、

自分の体も拭きます。

「風邪を引くから、パンツを履いて」

 着替えを出して、天使くんにパンツを履かせます。

そして、寝る時用に天狗校長から渡された、子供用のパジャマを着せました。

 私も自分の下着を身に付けていると、アクマちゃんは、自分でパンツを履いています。

そのとき、私は、またしても信じられないものを見ました。

「ちょっと、アクマちゃん。パンツに穴が開いてるじゃない」

 丁度、お尻の部分に小さな穴が開いているのを発見しました。

「いいのよ。シッポを出す穴だから」

 そう言って、開いた穴からシッポを出していました。

白いパンツの穴から、黒くて細長いシッポが伸びています。

「それもそうよね。そうなるわよね」

 私が感心していると、アクマちゃんも子供用のパジャマに袖を通していました。私たちは、こうしてお風呂を終えました。冷蔵庫から、冷たいお茶を

出して、二人にも飲ませました。

「冷たくておいしい」

 天使くんは、まさに、天使の微笑で言ってくれました。

なのに、アクマちゃんは、相変わらずクールで無表情のままです。

「アクマちゃん、髪を乾かしてあげるから、こっちきて」

 私は、ドライヤーを手にして言いました。

「別にいいわよ。そのウチ、乾くから」

「ダメよ。アクマちゃんの髪は、すごくきれいだから、ちゃんと乾かしてあげないと」

 私は、椅子に座らせて、後ろからドライヤーを当てながら、髪を乾かして、

ブラシをします。

「ホント、アクマちゃんの髪って、きれいね」

 これが本音でした。決して、お世辞ではありません。

乾くほどに、サラサラとして、細くて長い髪は、黒く輝いています。

「ほら、きれいになったでしょ」

 私は、鏡を見せました。アクマちゃんは、穴が開くほどに鏡を見詰めて

います。

「これが、あたしなの?」

「そうよ。きれいでしょ」

 アクマちゃんは、黙って頷きました。

「美久お姉ちゃん、ぼくもやって」

「ハイハイ、それじゃ、そこに座って」

 私は、天使くんを椅子に座らせました。そして、同じようにドライヤーを

当てながら、ブラシをします。

頭のわっかがちょっと邪魔だけど、天使くんの短い白い髪もさらさらして

います。輝くようなキューティクルが、正直言って、とても羨ましい。

「二人とも、とっても可愛いわよ」

「美久お姉ちゃんも可愛いよ」

「あら、うれしいことを言ってくれるわね」

 天使くんも、アクマちゃんに影響されたのか、言うようになりました。

「さて、それじゃ、寝ようか。明日も学校だからね」

 私は、そう言って、二人を二階の私の部屋に案内しました。

私は、自分のベッドがあるので、カーペットが引かれた床に、客用のふとんを

敷きました。枕を二つ並べれば、子供なら二人で充分です。

「あなたたちは、ここで二人で寝ようね」

「ハーイ」

 天使くんは、素直に返事をすると、ふとんに潜り込みます。

「アクマちゃんもおいでよ」

 天使くんがアクマちゃんに言いました。

「アクマが天使と寝るなんて、信じられないけどね」

 そう言いながら、ふとんに入りました。確かに、天使とアクマが仲良くして

いるのは、なんとなく釈然としません。

「それじゃ、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 そう言って、私は、電気を消しました。

ベッドに入った私は、静かに目を閉じました。今日一日のことを思い出すと、

赴任一日で、すごく充実していた気がしました。

普通の小学校だったら、絶対に経験できないことの連続でした。

目を閉じると、子供たち、一人ひとりの顔が思い浮かびました。

明日も、がんばろうと思いました。

 少し眠くなってきた頃、枕元に人の気配を感じました。

誰かと思って、横を見ると、天使くんが枕を抱えて、悲しそうな顔をして立っていました。

「どうしたの、天使くん」

「美久お姉ちゃんと寝ていい……」

 そうか、天使くんは、淋しいのか。隣にアクマちゃんがいるとはいえ、

初めての他人の家です。

緊張しているのかもしれません。私は、体を起こすといいました。

「いいわよ。今夜は、いっしょに寝ようか」

「うん」

 天使くんは、うれしそうに笑いました。

「アクマちゃんは、どうする? いっしょに寝ようよ」

 私は、ふとんの中から顔を出しているアクマちゃんに言いました。

「ほら、アクマちゃんもおいでよ。三人で寝よう」

 私は、そう言って、手招きしました。

アクマちゃんは、黙って起きると、枕を抱えて私のベッドに入ってきました。

私を真ん中に、右に天使くん、左にアクマちゃんと並んで寝ることにしました。

私のベッドでは、三人はちょっと狭いかもしれないけど、子供二人と抱き合って寝れば、そんなに窮屈ではありません。

 私は、二人を抱き寄せて、体をくっつけました。

「こうすると、暖かいでしょ」

「うん、美久お姉ちゃん、暖かい」

 そう言って、天使くんは、私に体を寄せてきました。

アクマちゃんは、横になって、私の肩に頭を乗せてきました。

そして、上目遣いで、私を見てから、静かに目を閉じました。

「おやすみ、アクマちゃん」

 私は、そう言って、髪を撫でました。すぐに、小さな寝息が聞こえてきて、

アクマちゃんは可愛い顔をして寝始めました。

隣の天使くんは、すでに寝ちゃっています。可愛い顔をして、安心して寝ていました。

私は、両手に小さな幸せを抱きしめながら、夢の中に落ちていったのです。  

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