第3話 給食の時間。
昼休みの時間です。まずは、みんな大好き、給食です。
私もみんなと同じように、教室で給食を食べます。給食なんて、何年ぶりだろう、小学生のとき以来なので、私も楽しみでした。
妖怪学校の給食は、どんなのだろう……
でも、このとき私は、まだ、この学校の給食のことを知らなかったのです。
教室に戻ると、子供たちは、仲良しグループごとに机を並べて、給食を待ちます。こんな風景は、やっぱり、いいなぁと思ってみていました。
私は、みんなが食べるところをみられるように、教室の隅にある、先生用の机に座って食べます。
そのとき、廊下から、ベルの音が聞こえました。何の音だろうと思っていると、給食を作ってくれる
八つ手女さんが、やってきました。体全体が顔で、その回りから手が千手観音のように生えています。
脚はあるけど、顔から生えているのです。やっぱり、妖怪だ……
「ハーイ、皆さん、席についてください」
八つ手女さんは、そう言って、子供たちに話しかけます。
にこやかに笑っていると、なんとなく太陽のように見えます。でも、それって、やっぱり、腕なんです。
手がたくさんあるので、一度に数人の給食をよそうことが出来るのです。
ある意味、便利だ。
各自のテーブルにトレーと食器を置きます。そこに、今日の献立の給食を
置いていきます。
それはそれとして、今日の献立はなんだろう? 私は、興味深く、それぞれの食器に注がれる給食を見ました。
そこで、私は、見てはいけないものを見たのです。
「えっ!」
私は、それを目にして、目が点になり、唖然としました。
各自に給食を配り終えると、八つ手女さんは、最後に私の机にも給食を並べて
くれました。それを目にして、思わず、口を押さえました。
「な、なにこれ……」
私が絶句していると、八つ手女さんが説明を始めます。
「今日の給食の献立は、みんなが大好きな、カエルの目玉のスープ。トカゲの
ケチャップ炒め。ハエサラダ。コオロギパンとネズミのオシッコミルク風味
です」
私は、それを聞いて、倒れそうになりました。
これを食べるの? カエルの目玉のスープって、なに……
恐る恐る見ると、食器の中に黒い目と白目が数え切れないほど、スープの中に
浮いていました。
「うっ……」
気持ち悪いものがこみ上げてきます。私は、それをグッと堪えました。
そして、隣に目をやると、黒い物体が、赤いケチャップの中に三匹並んでいました。
もしかして、これ、トカゲ…… その隣には、キャベツやトマトの中に、
細かい黒い虫のようなものが混じっていました。
これがハエですか? ハエも食べるの…… それって、食べ物じゃないでしょ。
さらに、鼻をつく異様なニオイは、紛れもなく牛乳からでした。
でも、色がかなり薄い。薄いはずです。それは、ネズミのオシッコをミルクで
薄めたものだから。てゆーか、それは、飲み物じゃない。
飲んじゃいけないものです。そして、極めつけは、黒い物体が混じっている
パンです。よく見ると、レーズンではなく、コオロギでした。
「ダ、ダメだ……」
私は、口を押さえて教室からダッシュでトイレに走りました。
私は、トイレの便器で、朝食べたものを全部吐き出しました。
洗面所で、口を何度もすすいで、涙目の自分の顔を鏡で見ました。
「なんなのよ、アレ……」
私は、ハンカチで涙を拭きながら呟きました。
「大丈夫?」
後ろから話しかけられてみると、そこにアクマちゃんが立っていました。
「う、うん、もう、大丈夫だから」
「やっぱり、人間ね。あの程度で、吐くなんて。人間は、なにを食べているのか教えて欲しいわね」
アクマちゃんは、そう言って、私を下から見ました。
私は、何も言えずにいると、アクマちゃんが言いました。
「みんな待ってるわよ。心配してるから、早く教室に戻った方がいいんじゃ
ない」
確かにその通りだ。先生の私が、いきなり教室から逃げ出したんだ。
子供たちが心配するのも当たり前だ。早く、教室に戻らなきゃ。
でも、あの給食が待ってる…… 見たら、また、吐く。
私は、重い足取りで教室に戻りました。
「美久先生、大丈夫ですか?」
「美久センセ、どうしたの?」
子供たちが、私の周りに集まってきました。
「ごめんね。もう、大丈夫だから」
私は、そう言って、子供たちに無理に笑って言いました。
そして、私は、あの給食を見ないように、自分の机に座りました。
ところが、私の目の前に置かれている給食は、まるで違うものでした。
私が驚いていると、八つ手女さんが、言いました。
「牧村先生、ごめんなさいね。あなたのは、こちらでした。人間は、みんなと
同じ給食は、食べられないわよね。間違えてごめんなさい。初めてだったから、うっかりしてたのよ。ホントに、失礼しました」
そう言って、八つ手女さんは、何度も謝って、何本もある手を机について、
顔を下げます。
「いえ、大丈夫ですから。私のほうこそ、ビックリしちゃって、すみません」
私の机に置かれている給食は、いたって普通の食べ物でした。
ミートボールのあんかけ、筑前煮、野菜サラダ、牛乳とコッペパンとバター
です。
「あの、これは……」
「ハイ、校長先生から、あなたは、子供たちとは別の献立を出すように言われていまして、お作りしました。安心して下さいね。これは、全部、あなたの街から仕入れてきたものだから、大丈夫ですよ」
理由はわかった。これで、かなりホッとしました。落ち着いてくると、みんなの視線を感じました。
「美久先生だけ、違うもの食べてる」
「アレ、なに?」
「見たことないぞ」
子供たちが私の給食を見て、騒ぎ出しました。
「みんな、静かに。牧村先生は、人間だから、皆さんとは、給食が違うのよ。
みんなは、どっちがいいかな?」
「こっちのがいい」
「私も」
「ぼくも」
この子たちは、人間の食べ物を食べたことがないのか? そもそも知らないのかもしれない。
だから、私の献立より、カエルの目玉のスープのが、おいしく感じるのだ。
妖怪やバケモノたちの食生活は、人間には、理解できないようだ。
それにしても、なんて物を食べてるんだろう。私は、呆れてしまいました。
「それじゃ、みんな、残さず、ちゃんと食べるのよ。それじゃね」
そういい残して、八つ手女さんは、教室から出て行きました。
そして、代わりに、天使くんとアクマちゃんが前に出てきました。
「それじゃ、みんなで、歌いましょう。美久センセもいっしょに歌って下さいね」
アクマちゃんは、そう言って、上を指差しました。
私は、指を刺す方を向くと、黒板の上に、なにかが書いてありました。
全部ひらがなに見えるけど、ものすごく下手で、まったく読めない。
そのウチ、子供たちが、歌いだしました。どうやら校歌のようです。
『きらきらひかる そのかおは いつもたのしく げんきよく あかるくすごす まいにちを みんな いっしょに ぼくらのがっこう ようかい ようかいがっこう』
「では、手を合わせてください」
「いただきます」
天使くんとアクマちゃんの声に合わせて、全員が声を出しました。
「いただきます」
こうして、子供たちは、給食を食べ始めました。
私は、それをただ呆然と見ていることしか出来ませんでした。
給食を食べる前に校歌を歌うこと。そして、ちゃんと、手を合わせて、いただきますを言うこと。それだけで、私は、感動してしまいました。
なんて礼儀正しいいい子たちなんだろう……
それに引き換え、私は、たかがカエルの目玉のスープを見て、吐き気をもよおして、教室から逃げ出した。
私は、自分が恥ずかしくなると同時に、情けなくなりました。
だからと言って、あのスープは、飲めないけど……
「どうしたの? 食べないの。それは、人間の食べ物なんでしょ」
アクマちゃんが、ボーっとしている私にこっそり話しかけました。
「あっ、イヤ、なんでもない。食べるわよ。おいしそうね」
「当たり前よ。給食のおばさんは、世界一だもの」
そう言うと、自分の席に戻っていきました。アクマちゃんは、何かと、気を
使ってくれるみたいで助かります。
でも、子供に気を使わせるなんて、先生として失格もいいところだ。
私は、一口、ミートボールから食べてみました。
「なにこれ、おいしい」
私は、思わず口に出てしまいました。お肉が柔らかく、そして、餡の味付けが絶妙だった。続いて、筑前煮を食べてみる。
「すごく上品な味だわ」
母が作ったものより、断然おいしかった。出汁がちくわやニンジンに沁みて
薄味でたまらなくおいしい。
野菜サラダは、新鮮野菜で歯ごたえがシャキシャキして瑞々しくて、
ドレッシングと合う。
久しぶりに飲んだ、瓶の牛乳とコッペパン。これにバターを塗って食べると、
口の中がサッパリする。
「なんて、おいしい給食なんだろう……」
そう思わずにいられなかった。私だけみんなと違う献立なのが、とても場違いな感じはするけど、そう思うしかなかったのです。私は、あっという間に、
完食してしまいました。
「おいしかった。ご馳走様でした」
私は、そう言って、手を合わせました。そして、教室の中を見渡すと、子供たちがワイワイ言いながら楽しくおしゃべりしながら、給食を食べていました。
私には、食べられないけど……
夢中でカエルの目玉のスープをすすっている、河童くんと人魚ちゃん。
トカゲのケチャップ和えを口にくわえてもりもり食べている、キツネくん、
カワウソくん。ネズミのオシッコミルク風味を一気飲みしている、犬男くんと
バケ猫ちゃん。
コオロギパンを小さく千切って静かに食べている、雪子ちゃんと霊子ちゃん。
他にも、カカシくんや傘バケくんは、ふざけながら楽しそうです。
そして、先割れスプーンで、ゆっくり食べているのが、天使くんとアクマちゃんの二人。みんな、思い思いに、給食を楽しんでいるのがわかる。
こんなとき、先生になって、ホントによかったと実感できる瞬間だ。
先生になって、よかった。私は、心底そう思いました。
「お代わり!」
「ぼくも」
「何だよ、オレが先だぞ」
「ぼくのが先だよ」
カエルの目玉のスープの取りあいが始まりました。
クラス一の食いしん坊といわれる、カワウソくんと傘バケくんでした。
「ハイハイ、順番よ、順番。ケンカしないで、仲よくね」
私は、二人の間に入って、注意します。ここは、先生の出番です。
「ほら、美久センセに怒られたじゃないか」
「お前が悪いんだぞ」
「カワウソくんも傘バケくんも、静かにして。まだ、残ってるから、仲良く分けなさい」
私は、そう言って、二人の食器を手にして、寸胴の中からおたまで、スープを入れてあげようとしました。
そのとき、私の目に飛び込んできたのは、ものすごい量のカエルの目でした。
一瞬、立ち眩みがしました。カエルの目玉のスープなのを忘れていました。
でも、二人を目の前にして、逃げるわけにはいきません。お代わりを待っているのです。
私は、なるべく見ないようにして、おたまでスープを掬って、二人の食器に
よそってあげました。
「ハアァ~」
ため息が出ました。でも、それで終わりではありませんでした。
「私もお代わり。トカゲがまだ残ってるから、食べたいです」
人魚ちゃんと雪子ちゃんが食器を持ってやってきました。
私がよそってあげなきゃいけません。もう、怖いとか、不気味なんて、言って
いられません。
まして、逃げ出すなんて、この子たちを前にして、二度と出来ません。
私は、勇気を振り絞って、トングで真っ黒に揚げられたトカゲを二人の食器に入れてあげました。
「美久先生、ありがとうございます」
「美久センセ、ありがとう」
二人は、うれしそうに笑って、私に言いました。
なんて可愛い子たちだろう。私に向かって、ありがとうなんて……
感動で、今に泣きそうだ。
でも、それは、トカゲなんだけどね。
「美久先生、牛乳が一本余ってるから、飲んでいいですか?」
かかしくんが言いました。
「ぼくも飲みたい」
「私も」
「あたしも」
霊子さんとバケ猫ちゃん、キツネくんが手をあげて前に出てきました。
「それじゃ、ジャンケンして決めようか?」
私が言うと、四人は、不思議そうな顔をしました。
「ジャンケンてなんですか?」
そうか、この子たちは、ジャンケンは知らないのか……
それは、私が悪かった。
「ごめん、ごめん。それじゃ、四人で少しずつ分けようか」
「えーっ! ぼくが飲みたい」
「私も飲みたい」
子供たちが口々に言い合います。
「でも、一本しかないんだから、しょうがないでしょ」
「よーし、それじゃ、いつものやつで決めようか」
「いいわよ」
「それじゃ、いくぞ。チッケッタ!」
「あぁ~、また、負けたよ」
「えへへ、あたしの勝ちね」
「人魚ちゃん、いつもずるいよ」
「悔しかったら、勝ってみなさい」
そう言うと、人魚ちゃんが、ネズミのオシッコミルク風味を手に取ると、
ゴクゴクと喉を鳴らして、あっという間に、飲みきってしまいました。
私には、なにが起こったのかわかりませんでした。
なんなの、その、チッケッタって? ジャンケンみたいなものなの……
子供たちがやったのは、確かに、ジャンケンのようなものです。
でも、私が知ってるような、グー、パー、チョキではありませんでした。
指は指でも、指を三本出したり、一本出したり、四本だったり、手のひらを裏返したり、私には、誰が勝って、誰が負けたのか、サッパリわかりません。
指の本数で勝ち負けが決まるのだろうか?
でも、勝ったのは、指を三本出した人魚ちゃんです。後で、アクマちゃんに聞いてみようと思いました。
こうして、楽しい給食の時間も終わると、子供たちは、午後の授業まで、校庭に遊びに行ったり仲良し同士で教室でおしゃべりしていたり、好きに過ごしていました。
私は、午後の授業の予習をしようと、一度、職員室に戻りました。
「牧村先生、授業は、どうでしたか?」
「なんだか、よくわからないうちに、終わりました」
職員室に入ると、天狗校長から言われました。
「あの、それと、給食のことなんですが……」
私が一番不安なことを聞いてみました。
「驚きましたか。私は、あえて言わなかったんですけど、牧村先生は、
人間だから、あの給食は、食べられませんよね」
「ハイ」
「でも、牧村先生は、普通の給食が出たはずです」
「ハイ、いただきました。すごくおいしかったです」
「八つ手女さんは、料理の名人ですからね」
天狗校長は、そう言って、笑いました。
「それで、私だけ、違う献立というのは、子供たちにも、私も、なんか違う気がするんです」
天狗校長は、私の目を見て、黙って聞いています。
「それに、人間とも仲良くしてもらいたいし、それには、人間の食べ物にも
なれたほうがいいと思うんです」
「それで、牧村先生は、どうすればいいと思いますか?」
「給食は、人間の普通の食べ物を出した方がいいと思うんです」
「わかりますよ。あなたの気持ちと考え方は」
天狗先生は、そう言って長い鼻を指で撫でます。
「ですが、人間の食事となると、正直言って、お金がかかるんです。子供たちの親から、給食費はもらっていません。すべて、無料で作っているんです。
だから、給食の食事は、すべて山から取ってきたものや、妖怪商店街から
譲ってもらっているものなんです。人間の世界から食材を買うとなると、お金がかかりますよね」
お金の問題があるのか…… 確かに、それはそうだ。
学校と言っても、お金はかかる。
天狗校長は、学校の経営者としての立場もあるのだ。
「それもそうですよね。気がつかなくて、すみませんでした」
私は、素直に謝りました。
「待ってください。牧村先生の気持ちもわかります。先生だけ、違う献立というのは、クラスの一体感が生まれません。だからと言って、牧村先生に、カエルのスープは食べられないですよね」
私は、黙って頷きました。いくらがんばっても、カエルの目玉のスープは、
食べられません。
「実は、私も、前から考えていたことがあるんですよ。毎日というのは、無理ですが、週に一度くらいは、人間の食べ物を給食に出してもいいと思ってます。
そうすれば、子供たちと同じものが食べられますよね」
「ハイ」
私は、うれしくなって、声を張り上げました。
子供たちを私に合わせるのは、わがままだと思いました。
合わせるなら、先生である、私のほうです。私のわがままで、給食の献立を
変えるわけにはいきません。
それでも、やっぱり、ネズミのオシッコミルク味は、飲めません。
「食材の予算のこともそうですが、子供たちが喜びそうな献立を考えてくれませんか」
「ハイ、喜んで、やらせていただきます」
私は、頭を何度も下げて、そういいました。
「それじゃ、八つ手女さんとも相談して、なにかいい給食を作ってください」
「がんばります」
よし、がんばろう。私も子供たちと同じ物を食べたい。私だけ違うのは、人間だからと言うだけでなく先生として、差別しているような気がしました。
子供たちにも、人間の食べ物を食べてもらいたい。
おいしい食事を食べさせたい。私の心の中に、やる気の炎が燃えてきました。
「よし、がんばろう」
私は、自分では気が付かないうちに、そう声に出していました。
すると、隣のカラス先生が話しかけます。
「牧村先生、外を見てください」
私は、言われて、職員室の窓から外を見ました。校庭が見えます。
そこで、子供たちが元気よく遊んでいるのが見えました。
男の子たちは、ボール遊びをしていました。女の子たちもそれに混じって、
遊んでいます。
「みんな、元気ですね」
「そうですよ。あの子たちは、みんな元気です。元気がとりえみたいなもんだからね」
元気に遊んでいる子供たちを見ると、私も負けていられないという気持ちが
沸いてきました。
「子供たちと遊んで来たらどうですか?」
「いや、私は、先生ですから」
「先生だから子供たちと遊んじゃいけないという決まりは、ここにはないですよ」
私は、言葉を返せなくて、黙っていると、カラス先生が言いました。
「それなら、教室に行ってみたらどうですか?」
「教室ですか?」
「もちろん、子供たちは、外で遊ぶのが好きだけど、教室で遊んでいる子も
いるんですよ」
私は、気が付きませんでした。子供だからといって、だれもが外で遊ぶのが
好きなわけではない。私は、席を立って、教室に行きました。
職員室の隣の教室を窓からこっそり覗いて見ました。
すると、雪子ちゃん、霊子ちゃん、人魚ちゃんは、静かに本を読んでいました。
天使くんは、けん玉で遊んでいるし、カカシくんとキツネくんは、黒板に絵を
書いていました。
みんなそれぞれ、好きなことをして昼休みを過ごしている。
みんながみんな、外で遊んでいるわけではない。私は、子供たちの個性を考えていませんでした。
もっと、みんなを観察して、それぞれの個性について、考えてみようと思いました。
「あっ、美久先生」
天使くんが覗いている私を見つけました。
「美久先生も遊ぼうよ」
「私は、けん玉は、下手なのよ」
「それじゃ、ぼくが教えてあげる」
天使くんが、見本を見せてくれました。天使くんは、すごく上手でした。
「美久センセ、本を読んで」
人魚ちゃんが、私に言いました。
「どれどれ、どんな本を読んでるの?」
私は、興味深々で本を覗いてみました。
ところが、見てビックリ。絵本は絵本でも、私が子供の頃に母に読んでもらったような物ではありませんでした。
「これ、何の本?」
私は、正直に聞いてみました。
「美久センセ、読めないの?」
雪子ちゃんが言いました。
その絵本に書いてある文字が、私には読めなかったのです。
書いてある絵も、なにが書かれているのか、まるでわかりません。
「この本は、あたしが書いたのよ」
霊子ちゃんが言いました。浮幽霊が絵本を書けるのか?
それって、才能ありすぎでしょ。
「霊子ちゃんが書いたの?」
「そうよ。霊子ちゃんは、絵が上手なのよ」
雪子ちゃんが言いました。
だけど、その絵は、まるで意味不明でした。妖怪とか幽霊にしか、わからないのかもしれません。
その横では、人魚ちゃんと河童くんが、あやとりをしていました。
妖怪の子供は、あやとりなんかするのかと、感心してやり取りを見ていました。
「もう、河童くん、下手くそ。もういいわ。美久センセ、あやとりしましょう」
見てわかるけど、河童くんの指には、水かきが付いているので、上手に
あやとりが出来ないのです。
「だから、ぼくは、出来ないっていったでゲロ」
河童くんは、人魚ちゃんに怒られて、背中を丸めてトボトボと教室を出て行きます。背中の甲羅が小さく見えました。
「美久センセの番よ」
人魚ちゃんに言われて、慌ててあやとり取ろうとします。
でも、うまくいきません。私もあやとりは、すごく久しぶりなので、どうやればいいかわかりません。
「どうしたの? 美久センセも、もしかして、下手だったりするのかしら」
「イヤ、そうじゃないけど……」
私は、誤魔化して言葉を返しながら、どう取るか考えてから、指を糸に引っ掛けます。
「ちがうわよ。そこじゃなくて」
「それじゃ、こうでいいのかしら?」
「美久センセ、やっぱり、下手でしょ。もう、いいわ」
人魚ちゃんは、そう言って、上目遣いに私を見ながら、皮肉めいた目で
見ました。
私は、なすすべなく、ポツンと立っているしかありませんでした。
もっと、いろんなことを子供たちに教わらないといけない。
私は、反省しました。
昼休みが終わって、午後の授業です。4時間目は、音楽でした。
私は、戸棚から音楽の教科書を取り出してみました。
ページを開くと、全然知らない歌ばかりが載っていました。
小学校なら『ゆうやけこやけ』とか『犬のおまわりさん』とか、童謡だと
ばかり思っていました。
「えっと、これは、どんな歌なのかな?」
私は、素直に子供たちに聞きました。
「えーっ、美久先生、知らないのぉ?」
一番前の席に座っている、カカシくんが言いました。
「ごめんね。どんな歌なのか、聞かせてくれないかな」
「いいよぉ。それじゃ、みんな、せ~の……」
カカシくんの掛け声で、みんなが歌い始めました。
『どんなかんじがしますかぁ~ あのみちまがるおんなのこ へんなかんじがしませんかぁ~ こえをかけたら どろんぱぁって きえちゃうよ ようかい ようかい ようかいのおんなのこ』
みんなは、楽しそうに歌っています。でも、私は、全然知りません。
なんなの、この歌…… へんな歌なのに、楽しそうです。
『わるいこはいませんか おふろにはいらぬわるいこは よなかにさらいに
くるんだよ いいこにしようぼくたちは オバケ オバケ オバケのこ』
子供たちは、楽しそうに次々に歌を歌っています。
それも、すごく上手でした。歌は、楽しい。人間も妖怪も関係なく、歌を
歌えば、楽しくなれる。
やっぱり、歌っていいなぁ。私は、純粋にそう思いました。
「ねぇ、美久センセもなんか歌ってよ」
カカシくんの隣の雪子ちゃんが言いました。
いきなり言われても、子供たちが知ってる歌なんて、なにを歌えばわかりません。カラオケならともかく、アニメソングとかなら、少しは歌えます。
私は、少し考えて、小学校のときの合唱コンクールで歌った唄を思い出して、
歌ってみました。
『にこにこ空で 今日もおひさま 見ている いつもいっしょ ゆかいな
楽しい 仲間たち 嵐や雨の日にも 元気になかよく 肩を組んで帰るよ
いつでも楽しい お友だち』
「アハハ……」
「ウヘヘ、美久センセ、歌、下手だよぉ」
「人間て、歌も歌えないのね」
子供たちには、大顰蹙を買いました、私は、うまいと思っていたのに、思いっきり笑われたのです。
「そんなに、下手?」
私は、かなり自信をなくして言いました。
「うん、下手だよ。ぼくたちが、教えてあげる」
天使くんが、笑って言いました。
歌を子供たちに教わるの? 先生である私が…… 立場が逆じゃない。
その前に、自分が情けない。
そんなことがあって、音楽の時間は、散々でした。
すっかり自信を失って、職員室に戻ると、天狗校長が心配してくれました。
「どうしたんですか、牧村先生」
「あの、音楽の授業なんですが……」
私は、ついさっきの事を正直に話しました。
「気にしないでください。そのウチ、少しずつ、覚えてもらえればいいですよ。あの歌は、全部、私が作ったんです」
「えーっ! 校長先生が作ったんですか?」
「歌を歌えば、みんな楽しくなれると思ってね。と言っても、私は、人間の歌は知らないので、私が作ったんです」
天狗校長は、見かけによらず、芸術家なのかもしれない。
「歌なら、人魚ちゃんとかカカシくんが上手だから、教えてもらえばいいですよ。いつか、みんなで歌えるといいですね」
そうです。私もみんなといっしょに歌いたい。
声を合わせて、合唱とかしてみたい。そのためにも、私は、先生だからとか、
人間だからとか、そんなくだらない見栄やプライドは捨てて、
素直に歌を教えてもらおう。そして、みんなと歌うんだ。
私は、そう決めました。
「さて、五時間目は、動物語の授業ですね。牧村先生は、初めてだからわからないと思うので、私がやります。牧村先生は、見ていてください」
そう言って、天狗校長は、席を立って、教室に行きました。私は、後に付いて行くしかありません。
だけど、動物語ってどんな授業なのかしら? 英語とか国語ではないようです。
「さて、今日の動物語の授業は、犬語をお勉強します」
犬語? 犬語って、天狗校長は言った。なんなんだ、それは……
私は、不思議そうな顔をしていると天狗校長が言いました。
「牧村先生も、がんばって、付いてきて下さいね」
「ハイ、わかりました」
そう言うしかありません。
「それじゃ、犬男くん、まずは、見本を見せてください」
「ハイ、わかったワン」
いわれて立ち上がる犬男くんは、いきなり、遠吠えを始めたのです。
「ワオォ~ン…… ワンワンワ~ン」
「それじゃ、みんなもいっしょに」
「ワオォ~ン…… ワンワンワ~ン」
「みなさん、よくできました」
なんなんだ、この授業は…… みんなで、犬の泣き真似をしているとしか
聞こえない。
「ハイ、よくできました。では、カワウソくん、なんて言ったのか、言ってみて下さい」
指名されたカワウソくんは、スッと立つと、普通に話し始めました。
「美久先生、大好きです」
「犬男くん、合ってますか?」
「は~い、そうだワン」
「では、もう一度、みんなでいっしょに」
「ワオォ~ン…… ワンワンワ~ン」
「どうですか。わかりますか?」
「全然、わかりません」
犬語で言われても、人間の私には、なにを言ってるのかわかりませんでした。
でも、犬語で、私の事が大好きとは、そう言うのかというのは、わかりました。
「それじゃ、バケ猫ちゃん。今度は、猫語で言ってみて下さい」
「ハイ、ニャニャニャ~ン、ニャ~オォ~ン」
「みんなもいっしょに」
「ニャニャニャ~ン、ニャ~オォ~ン」
「どうですか、わかりましたか?」
「まったく、わかりません」
そう言うしかないのです。私の耳には、猫が鳴いているとしか聞こえないの
です。
「では、バケ猫ちゃん、なんていったのか、牧村先生に教えて下さい」
「ハイ、牧村先生は、私たちの先生です」
私は、子供たちに褒められて、うれしいはずなのに、なんか複雑な心境
でした。素直に喜べない自分が、少しイヤになりました。
「いきなりは、難しいですね。少しずつ、なれていくしかないと思います」
「ハ、ハイ、がんばります」
私は、そう言って、頭を下げます。子供たちが、私を見てくすくす笑っていました。
先生なのに、こんなこともわからないのかと、子供たちの顔に書いてあるのが見えました。
悔しい…… 先生なのに、子供たちに教えることが出来ない。
それどころか、逆に、私のほうが、子供たちに教わることばかりだ。
私は、先生としての誇りが、音を立てて崩れていくのが聞こえました。
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