第5話 明智君、フルボッコ
「さっきの話、もう少し詳しく聞かせてくれるかな」
明智と名乗った男は、なごみたちのテーブルの、今まで美羽が座っていた席に浅く腰掛けた。
「パパ、この人は知ってる人?」
メイがマスターに振り向くと、マスターがゆっくりと頷いた。
「まあ、知り合いというか、最近よく来るようになったお客さんだけどな。この辺りの所轄の刑事だよ」
「本物の警察なのね。じゃあ、まあいいわ。話してあげる」
メイがそう言うと、明智は口をへの字に曲げた。
「なんだよ。信用ないんだな。どこから見ても怪しくないだろ?」
「だって、服のセンスが壊滅的に悪いもん。テレビの刑事さんってかっこいいのに」
メイがいきなり忖度せずに明智に切り込んだので、実はなごみも同じことを思っていたので、つい吹き出した。
「ちょっと家頭さん、いくら本当のことでも、少しはオブラートに包むとかした方が」
なごみは明智が傷つかないか少し心配になり、そっとメイに小声で注意した。
「ど、どこが。刑事らしい格好だろうが」
自分の服を見回しながら明智が反論すると、メイが呆れたように首を横に振った。
「だって、今どきそんなスーツにツータックのズボンなんて変よ。いったいいつの時代の刑事なの? それに、靴はそれ安全靴でしょ。革靴っぽく見えるけど」
「安全靴はなあ、犯人が扉を閉めようとしたらバッと足を突っ込んで止めたり便利なんだ。素人から言われたくないなあ。あは、あははは……」
明智の空笑いが虚しい。
「だって、明智さんだっけ? まだ若いんだから、まずそんなじじむさい格好はやめたら?」
どうやら家頭メイは年上にも容赦ない性格のようだ。
「で、何を聞きたいの?」
メイが急に話題を変えた。
「もういい。絶対聞かない」
揶揄されて膨れっ面の明智は腕組みをしたまま、他所を向いている。
「うわ、大人のくせに拗ねてる。みっともない」
メイが人差し指で明智の頬を突っついた。
「うるせえ。お前が生意気だからだよ。もう絶対聞かねえ」
そのメイの手を明智が振り払った。
「刑事さんなんでしょ? ちゃんと仕事しなさいよ。まあ、おおかた最近いくつかの高校で起きた連続窃盗事件と関連がないかって、聞きたいのはそんなことよね」
メイは明智の態度は意に介さず、さらりと言う。
「なんで——もしかして何か知ってるのか」
メイの指摘は図星だったようで、驚いた顔で明智が振り向いた。
「なんでって。さっき背中を向けて座ってたのに、わざわざ振り向いてテレビのニュースを食いつくように見てたでしょ。それから手帳を取り出して熱心に調べてた。きっと、どこまで報道が知っているのか確認してたってとこね。この事件の担当でもしてるんでしょう。誰でもわかるわよ。ねえ委員長」
いきなり話を振られた。なごみは店の奥に明智がいることさえも知らなかったのだが、今の話の流れで「知らなかった」とは言えず、曖昧に笑ってごまかした。
明智はズバリと突かれたようで、呆気に取られている。
「で? さっきの学校で窃盗事件があったって話はどうなんだ」
気を取り直した明智が、鉛筆と手帳を構えた。何か参考になることがあったらメモしようとしているのだろう。
だが、メイはなぜかクスクスと笑い出した。
「何がおかしい」
「だって、窃盗事件なんて言うんだもん」
笑いが止まらないらしい。なごみにもメイが笑う理由がわからなかった。
明智は再びムスッとした表情をして、会話にならないメイを諦めたのだろう、今度はなごみの方を向いた。
「君は? 何があったのか、知ってるんだろう?」
「ええっと……。実は、この子の財布がなくなった事件があって」
なごみは隣の円香の肩にそっと手を置いた。
「ほら、やっぱり窃盗事件があったってことじゃないか」明智はジロリとメイを睨んだ。「で、その財布は、どこに置いてあったの? 鍵はかけてなかった?」
「鍵なんか……、ねえ?」
なごみが円香に目配せをすると、彼女も小さく頷いた。明智は手帳に鉛筆を走らせている。
「じゃあ、まあ鍵はかけていなかったけど、学校に忍び込んだ連続窃盗犯が君の財布を盗んでいったということか。いつのこと? 昨夜? もっと前?」
明智はひとつ手がかりを得たとばかりに熱心に聞いてくる。
「あー、お財布がなくなったのはそうだけど、たぶん連続窃盗事件とはたぶん関連ないっていうか——」
そこまでの大事件なの、かなあ?
「なんでそう言える? じゃあ君は、いつ、どうやって盗まれたのか何か知ってるのかい?」
明智は連続窃盗事件の可能性を諦めないようだ。仕方がないので、なごみは状況を説明することになった。相変わらずメイはニヤニヤと笑っていた。
「なくなったのは、お昼前の教室で」
「なんだって! 真昼間に大胆な」
「体育の授業前で、うちの高校は更衣室が少ないから、教室には着替え中の女の子しかいなくて——」
そこで明智が、鉛筆を走らす手を止めた。
「まさか、財布と一緒に、し、下着とかもなくなってるとか。だから恥ずかしくて訴えられないと?」
「まさか。うちは女子校ですよ? クラスメートの下着、誰か欲しがります?」
どうやら明智と話が少し噛み合ってないことがわかった。
「だから、連続窃盗事件とは関係ないって言ってるじゃないですか。着替え中の生徒だけが大勢がいる教室で、この子の財布が見当たらなくなったって話なんです」
明智は連続窃盗事件は空振りであることに、やっと気がついたようだ。
「ちなみに、被害額は——」
「300円」
円香が恥ずかしそうに言ったのだった。
「それに、もうひとつ言うと、あれは窃盗事件じゃないから」
追っている事件とは関係ないことがわかった明智がこそこそと自分の席に帰った後、やっと笑いの治ったメイが横から口を出した。
「えっ、家頭さんは本当に何か知ってるの?」
「状況を考えると、答えはひとつしかないでしょ。二人ともわからない?」
笑みを浮かべてメイが言う。なごみはメイのいう意味がまったくわからない。首を大きく横に振った。
「教えてあげてもいいけど。でも、たぶん、この事件はすぐに解決するはずよ。まあ、そのときまで待ちましょうか」
いやに意味ありげにメイが笑った。
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