本の並び順が替わる図書室

天西 照実

第1話 百科事典


 図書室には人気のある棚と、滅多に生徒の近寄らない棚がある。

 目立つ場所の棚は挿絵が多かったりアニメやドラマの原作だったり、読書感想文に適していると紹介された本も並んでいる。

 そして図書室の奥には、何十年も前からありそうな年代物の本が多い。

 残念な事に、僕の好きな百科事典もそのひとつだ。一番奥に追いやられている。

 見たこともない虫や動物が写真と一緒に紹介されている百科事典は情報量も多く、フィクションの物語より勉強になるのに。

 虫や動物だけではない。

 植物の百科事典や食材の百科事典、現代マナー百科事典なんてものもある。

 法律の百科事典など難しそうな内容もあるが、ほとんどがしっかりと中学生向けに揃えられていると思う。

 それでも様々な分野の百科事典がずらりと並ぶ棚は、図書室の奥に追いやられている。面白いのに不思議だ。

 きっと、本の大きさがいけないのだろう。

 図書室で読んでいても目立つし、借りて帰るのも重い。文庫本とは違うのだ。

 現代の最新技術で、百科事典を軽く持ち運べる状態にできないものだろうか。

 電子書籍などと言われても、それを見られる媒体を持っていなければ意味がない。誰でも見られる図書室の本や紙そのものを、軽くできないものだろうか。

 百科事典の不人気理由を考えながら、今日も僕は一番奥の棚に向かう。



 この学校の図書室には、いつの間にか本の並び順が替わる棚がある。

 別に、学校の七不思議などではない。

 図書委員も手を抜いて適当な並べ方で済ませている隅っこの棚で、きちんと正しい並び順に並べ替えている生徒がいるのだ。

 いつも本の並び順を整えている女子生徒。あの名札の紫色は3年生。先輩だ。

 ちなみに僕は2年生。名札の学年カラーは青緑だ。

「あ、また百科事典?」

 今日も本の並べ替えをしていた先輩と目が合った。

 とうとう、顔を覚えられてしまった……。

「はい。先輩は、また本の整理ですか」

 と、聞き返してみる。

「図書委員も、こっちの方は適当なの。もう、気になって気になって」

 そう言って、先輩は軽く苦笑いを見せる。

「奥の方は、人気ないんですよね」

「図鑑とか面白いのにねぇ」

「はい」

 軽く言葉を交わすと、先輩はまたおかしな並び順の本を見付け、棚から抜き取った。

 僕も百科事典の棚でしゃがみ込むと、一番下の段に並ぶ事典の中から、まだ見ていないものを探した。

 棚の向こう側で、先輩もしゃがみ込んで本の順番を数えていた。

 僕は慌てて立ち上がった。

 この角度はいけない。

 本の並びに隠れて膝しか見えていないはず。いや、別に膝も見てはいないけど……。

 適当に1冊を抜き取ると、大きな事典を両腕に抱え込み、

「お先に失礼します」

 と、先輩に会釈した。

 つい、早口になってしまったが、先輩はのんびりと、

「はーい」

 と、答えてくれた。



 別に、本の虫という訳ではない。

 家にゲーム機もなければ、家計の事情でスマホもまだ持っていない。そのおかげで、こまめに連絡するような友だちもいなければ、一緒に遊びに行くようなこともない。

 勉強や読書をしているから、それでもかまわないと、思い込むしかない。

 別に、寂しい奴とは思っていない。

 みんなと同じ遊びが世界の全てじゃない。

 それこそ、百科事典は色んな分野の世界が広がると思う。

 パソコンやスマホみたいな、ハイテク分野に後れを取っているのは仕方ない。さすがに、いつかは僕も手にする時がくる。その時に遅れを取り戻せばいい。

 きっと簡単だ。

 わからない事も、ちょっと調べれば情報があふれている事は知っている。

 今は興味の惹かれる内容を探しながら、目の前にある疑問に向き合っていればいいと思う。

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