吐露とろ吐露とろ

Aba・June

第1話 電車の座席でスマホを振る男

 病院に行く途中の電車の中。

 病院は滅茶苦茶混むので朝5時には家を出る。受付を早く済まさないと酷く待たされるから。

 電車はさすがに空いている。

 がらがらではないけど、所々に座れる余地がある。

 僕の隣で何かがちょこちょこ動いているのに気付いた。

 気にはなったがしばらく無視していた。けどちょこちょこが終わらない。

 だんだんいらいらしてきたので、横目で様子を伺う。

 隣は40代半ばくらいの男だ。その男が左手でスマホを腹の前で振っている。

 なんなんだこいつは?

 男は時々ちらっとスマホの画面を見る。そしてまた一心不乱にスマホを振り始める。

 なんだ?病気か?

 いつまでもやっているので、じっと見た。男はスマホの画面を見た。僕にも画面が見えた。

 どうやら歩いた歩数がポイントになるアプリらしい。

 電車の中で座ってスマホ振って歩数を増やしてるってことだ。

 歩いて健康になりましょうってことなんだろ?何やってんだこいつは?

 しげしげと見る。

 マスクの下の顎は三重だ。腹もぽっこりと太股の上にせりだしている。

 どうみても不健康だ。睡眠時無呼吸だな絶対。

 せっせと歩けよ!

 電車の中でスマホ振るな!

 もしこいつが死んだ後このアプリを遺族がみたら「こんなに一生懸命歩いていたのに」なんて涙にくれるぞ。嘘はいけません。

 誤魔化してまでポイント貯めて何がしたいんだろう。

 いやはや人間の欲望はいたるところにその醜い姿を現している。やだねー。でも滑稽でもあるな。

 人間の一生なんて滑稽と悲惨。そういうことだ。

 僕が電車を降りるときもその男はスマホを振り続けていた。

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