1500~3000文字程度の短編たち

波伐

作戦(ラブコメ?)

 阿見あみ伊藤いとうの背中を叩いた。

「今寝てた?」

「寝てねえし」

「じゃあ何してたの」

「漫画読んでた」

 伊藤はテーブルの下から漫画を出した。下を向いて考える振りをして読んでいたのだ。阿見は鼻をふくらませて抗議した。彼女はもっと静かに、穏やかに笑っていれば可愛いだろうにと伊藤は常々思う。

「何でよ! 真面目にやってよもう!」

 阿見はスマホ片手に、空いた手で伊藤の漫画を取り上げた。伊藤が「ああっ」と声を上げたが阿見は漫画を部屋の隅に放り投げてしまう。そもそもここは伊藤の部屋で、あれも伊藤の漫画だというのに扱いが乱暴だ。幼馴染み故だろうか。

 阿見は明日、想い人とデートをする約束を取り付けたいらしい。これはその作戦会議だった。デートの内容を考えるならまだ理解出来るが、約束をする為の作戦というのが伊藤のやる気を削いだ。阿見の想い人、枝野えだのは阿見と同じクラスの野球部だ。伊藤は、阿見の数少ない男友達だからと作戦会議に強制参加させられたのだが、生憎と枝野とは面識がない。作戦の立てようがなかった。

「お前、枝野と喋ったことはあんの?」

 とりあえず形だけ作戦会議に参加する。伊藤の言葉に、阿見は目を逸らした。

「あるよ! 今隣の席だし」

「ならいいじゃん。そのまま言えば」

「言えたら苦労しない! じゃあ伊藤は言えるわけ?」

「俺別に好きな奴いないし」

「いないの? 私のこと好きだったりしない?」

「しない」

 ありえない。漫画だとありがちな話だが、伊藤に限っては無かった。阿見は妹のようなものだ。阿見はからかうつもりだったらしいが、伊藤のあまりの素っ気なさにむっとして距離を詰めてきた。

「は? 私はこんなに可愛いのに? 好きにならないわけ」

「や、可愛いのは分かるけど、別に好きではない」

 正直に言った。阿見は少し気が済んだらしいがまだ不満を垂れ流している。

「男は可愛い女子が好きなんでしょ。違うの?」

「その自己肯定感何なの? 無敵かよ」

「まーね。伊藤はそんなにイケメンじゃないけど、私は嫌いじゃないよ。付き合ってって言われたら付き合ってもいい」

「嫌だよ。冗談でもキツイ」

「はぁ? 何? どういう意味?」

 阿見はいちいち突っ掛かって来るので伊藤にとっては鬱陶しいことこの上ない。口やかましい母、もしくは構い過ぎる姉のような、出来れば関わりたくないものに似ている。

 彼女の高すぎる自己評価は、昔からだ。阿見は幼い頃から周囲に『可愛い』と褒められて育ち、伊藤は何度も『こんな可愛い子がお嫁さんになったら、いいわねえ』と言われ続けて育った。お陰で伊藤は、頑なに阿見を好意の対象に入れないで生きてきたのだ。阿見の容姿と、屈託ない人懐こさが可愛らしいのは伊藤にも分かる。しかし、分かるというだけだ。それ以上にはならない。

「人には好みがあるだろ。可愛いからって、誰でも好きになるわけじゃない。例えば、お前のそういうところが嫌な奴もいる」

 伊藤は当てつけがましく言った。彼女はまた売り言葉に買い言葉で返してくるのだろう。覚悟し、全て弾く構えでいたが、しかし阿見は黙ってしまった。

「何だよ。文句があるなら言えよ」

 代わりに伊藤が煽ると、

「枝野くんが前に、阿見はアイドルになれそうだなって言ったことある」

 阿見は淡々と事実を話した。言われ慣れているのか、感情の起伏が全くない。伊藤は少し苛つきながら先を促した。

「それが何」

「アイドルになれそうってことは可愛いんでしょ。じゃあ好きなんじゃないの」

「お前、アイドルみんな好きなのか?」

「別に。でも私は女だし、男はまた違うじゃん」

「一緒。俺別にアイドルみんな好きじゃないし。俺の友達もそう」

 伊藤は少し嘘を吐いた。伊藤の友人は皆可愛い子が好きだ。可愛くて巨乳なら文句無いらしい。現に、彼の友人は阿見と付き合えるものなら付き合いたいとぼやいていたこともある(ちなみに阿見は巨乳ではない)。

 阿見は手元にあった漫画を伊藤に投げつけ叫んだ。

「何でよ! 伊藤、バカ! 超バカ! アホ!」

「やめろ、俺の漫画を投げるな!」

 片付けをしていないのが裏目に出た。阿見の周りには投げられる漫画が沢山ある。伊藤が慌てて阿見の手を押さえつけると、阿見はわめいた。

「伊藤がそういうこと言うからじゃん! 自信なくなってきちゃったー! あーあ、伊藤のせいだ! 責任取ってよ!!」

「分かった分かった。明日の作戦だろ」

 結局こうして阿見に付き合う羽目になるのだ。彼女は昔から泣いてわめき散らせば伊藤が言うことを聞くのを知っている。

 阿見はその大きな目で射貫くように伊藤を睨み上げた。

「振られたら伊藤のせいにするから」

「してくれ。全部俺のせいだ」

 伊藤はまた物を投げられる前にと阿見の周囲を片付け始めた。阿見はしつこく文句を言い続けている。

「私高校卒業する前に彼氏作るって決めてるんだからね、出来なかったら伊藤のせい」

「そうだな」

「そしたら責任取って伊藤は私と付き合うんだからね」

「はいはい……はい?」

 阿見を振り返った。彼女はふんぞり返って、まるで女王のように伊藤を見下ろしている。

「分かった?」

 阿見は勝ち誇った顔だ。伊藤は首を振る。

「いや、無理だって」

「はぁ!? この私が言ってるのに!?」

「無理なもんは無理」

 伊藤はうんざりした気持ちで拒絶した。ただでさえ昔から今も付き合わされているのに、男女の関係になったなら何を要求されるか分からない。そういう気にもなれなかった。

「信じらんない……」

 呟いた阿見は立ち上がるなり、伊藤の襟首を掴み自分の方を向かせた。伊藤は分かりやすく嫌悪感を表情に表している。阿見は余計に気が立った。

「伊藤。私決めた。あんたが私に土下座して、懇願して、付き合ってくださいって言うようになるまで絶対諦めないから」

「何の話?」

 話が読めない。目的がずれている。伊藤は指摘しようとしたが、阿見が襟首をぎゅうぎゅう持ち上げるので喉が苦しい。

「伊藤の好きな女子のタイプってどんなの?」

「く、苦しい」

「どんなの?」

 言いながら伊藤を解放した。伊藤はよれた衣類を直しながら伊藤を見上げる。

「俺のタイプじゃなくて枝野のタイプを調べた方がいいんじゃ……」

「枝野くんは今どうでもいい!」

「ええー……」

 伊藤はどう答えるべきか悩んだ。阿見と真逆のタイプ、と言えば阿見は真逆になってくれるのだろうか。単純に怒られ続けるだけかもしれない。しかしいくら阿見が伊藤好みの人間に変わったとしても、伊藤は阿見と付き合おうとは思わないだろう。

「えーと、い、今の阿見の感じが一番、いいかなぁ」

 伊藤は苦し紛れに言った。阿見はじっとりと目で訴えて来ている。付き合いは長いのだ、どんな嘘でも暴かれてしまう。伊藤はまた悩んだ。答えを明日に持ち越すことは出来るだろうか?




お題『明日の策略』

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