レストラン

 日本競馬におけるメインレース、いわゆる11Rというのは基本的に平地競走である。中山グランドジャンプや中山大障害などのJG1などはさすがにメインレースになるが、それ以外のG3やG2はほとんどが8Rなどの注目が集まるメインの少し前にレースが終わってしまう。

 これこそが日本で障害馬が歓迎されない理由である。レース数が少ない上に注目が集まりにくい。芝よりも人気の劣るダートよりもかなり冷遇されている競技種目なのである。


「……なんか、やりきれないっすね」

「だよねぇ」

「勝ちゃいいのよ、芝だろうがダートだろうが障害だろうが強者は必ず評価されるのが日本競馬なんだから」


 小倉競馬場に二つしかない比較的高価な方のレストランで、俺と騎手見習い三羽ガラスは早めの昼食をとっていた。俺はトマトチキンカレー、三人は各人がカロリーを計算して単品を注文しており、プロになるための心構えはすでに出来ているといったところか。

 そんな中、石田君が障害レースがメインではないことに疑問を抱いたので俺が解説し、石田君が憂いた表情を見せたところで、ほむらちゃんがストロングスタイルの解答をよこした。うーん、脳筋極まれりだが正論でもある。レジェンもG1連闘を勝利で黙らせたわけだしね。勝者に難癖付けるのは常に敗者ってのが世の常なんだから、結果で殴り返せばいいってのは一種の答えで間違いないんだ。


「それにしても、小倉競馬場ってなんか寂しいですね」

「同じローカルの新潟や福島に比べても飲食系がスカスカに感じちゃうよね。実は小倉競馬場って結構特殊な競馬場なんだよ」


 小倉競馬場は北九州市の中にあり、車以外の交通の便がかなりよい。周りにはうどんやラーメンなどのファストフード店も多いし、小倉競馬場前のモノレールに乗って小倉駅まで行けば飲食店などいくらでもあるというのも大きい。福岡は食事が美味しいことで有名だし、吉騎手も毎年夏に小倉競馬を選んでは小倉北区のお寿司屋の名店にお邪魔しているというのは知られた話だ。


「吉騎手の食べるお寿司……」

「いい値段しそうですね……」

「おまかせのみで五万円だったかな」

「五万円!? 一食にですか!?」

「そもそも予約が取れないんだけどね」


 五か月待ちなんてザラである。ちなみに、前に俺がテレビ局の特番でお世話になった江戸前寿司のお店はおまかせコースだと一人六万ちょっとかかる。あの店主さん、ノリはよかったが普通に握りの腕前は世界でも屈指の実力者なのだ。本人はすっごい天然だけど。


「鈴鹿さん、アタシ食べてみたいです!」

「ちょっとほむら!」

「ほむらちゃんの言いたいこという姿勢嫌いじゃないよ。いいよ、君たちが全員合格したら食べに行けるようにお願いしておこうか」

「……お願いって誰にですか? もしかして吉騎手に?」


 俺はかぶりを振って否定し、スマホのカメラロールをスクロールしてある人物を探す。いた、つるりとハゲあがった頭頂部にねじり鉢巻きをした壮年の男性、居酒屋伝説のおやっさんである。


「……伝さんですか? なんで伝さんにお願いを」

「おやっさん、例のお寿司屋さんのお兄ちゃんなんだよ」

『はぁ!?』


 吉騎手も初めて聞いたときは口から水噴き出してたなぁ。


「ど、どどどどどどういうことですか」

「どうもこうも彼らが兄弟ってだけだけど」

「いや、普通お兄ちゃんのほうが実家の寿司屋継ぐんじゃないんですか!?」

「おやっさんがそんな細かいこと気にすると思う? 俺は居酒屋やりてぇっていって別の店出して、テナントに入っていたビルが取り壊されるから桜花島に来たんだよ。たったそれだけだよ」

「はぁ……人に歴史ありですね……」


 そもそもサラリーマンから牧場経営者になった俺のほうが職歴ヤバいし。俺の場合は強制だったけども。

 そんなことを話していると食事も終えたので、俺たちは席を立ちあがり。


「さて、そろそろ厩舎に行こうか」


 ロングアポロの待つ小倉競馬場の厩舎へと向かうのであった。


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