邂逅:飯屋
会議はスムーズに終わった。現在の状況を擦り合わせるだけだから拗れようがないといえばそれまでなのだが。
中央の方々は明後日の開催に合わせて早々に帰宅するために新幹線へ向かったし、地方競馬の方々も無理をして来ていたみたいで自動車に乗って足早に競馬場に戻っていった。自治体の方々は言わずもがなである。
つまり、俺と尾根さんだけが十四時を回った福岡市のど真ん中で放置されたわけだ。
「どうします尾根さん。せっかく本島に来ましたしメシでも行きます?」
「そうね。遅めのランチとしましょうか」
「じゃあ、オススメのメシヤにごあんなーい」
タクシーを捕まえて桜花島にほど遠くない港の食事処に向かう。
タクシーの運転手に場所を伝えると、運転手のおじさんも見知った場所のようで説明する手間が省けた。
「有名な場所なの?」
「店主が変人でね。気が合うんだ」
「あー……」
否定してよ。
「確かに奴さんは変人だね」
「飲食店で変人って怖いわね……。出てくるものはまともなんでしょうね」
「味は保証するよ」
だといいけどと尾根さんは不審そうに言い捨てて窓から外を見始めた。
「お客さんはあそこでよく食べるのかい?」
「ええ、福岡に来たときはいつも」
「安くておいしいもんねぇ。俺たちみたいな安月給からした神様みたいな飯屋だよ」
「アイツが聞いたら不貞腐れながら喜びますよ」
「違いない」
あっはっはと二人で笑い合う光景を尾根さんが不思議そうに見つめてきたのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
タクシーから下車して身体をグッと伸ばす。車に乗ると肩が凝るなぁ。
「あそこが件の店です」
「みりゃわかるわよ……」
桜花島に向かう港から五百メートルほど離れた裏通り、そこに存在する俺たちの目当ての店。
ビルテナントの入り口上に『俺の飯屋』とデカデカと書かれた看板を掲げている飲食店、普通なら嫌厭するような店舗だが俺は寄っちゃうタイプだ。それが面白い出会いを生んだりするので馬鹿にできない。
お昼時を過ぎているためか客足が少ない店舗内に入ると、スターホースより安っぽい鈴の音が店内に響く。
「らっしゃい……。おお、馬屋!」
「来たぜ飯屋」
テーブルを拭いていた店主の男が俺に気づくと口角を上げてニヤリと笑いながらあだ名で俺を呼んだ。お返しとばかりに俺もあだ名で返す。
「久しぶりだな。別嬪さんも連れて好き勝手やってるようで何よりだぜ」
「出張で出かけてもここが閉まった後にしか福岡に戻ってこないことがザラだったからさ。久しぶりに飯屋の腕を見せてくれよ」
「おう、なにが食いたい!? お嬢さんも好きに言いな、作れるもんなら作ってやるぜ」
清掃の終わったテーブルに案内しつつ俺たちに飯屋が注文を聞いてくる。尾根さんはその勢いに圧倒されるが、こほんと咳払いをして。
「チョバン・サラタスとイスケンデル・ケバブを」
「あいよ! 馬屋は?」
「クソ美味いサイコロステーキ三百グラムを豚汁とご飯付けて」
「おう、ちょっと待ってな!」
スタスタと厨房に歩いていく飯屋に毒気を抜かれたように唖然とした顔で俺を見る尾根さん。自分で注文していて嘘でしょみたいな顔は笑うわ。
「場末の店主にトルコ料理の注文して通るとは思わないでしょ」
「相手が悪かったですね。飯屋は知らない料理があったらすぐに飛びつく料理好きですよ。
本当に美味しい鹿肉を手に入れるために猟銃免許を取得したり、中華の鉄人に教えを乞うために道場破りしにいったりする変人なので」
世界三大料理なんて知っていて当然なのである。
「それよりも尾根さんがトルコ料理を食べるってほうがビックリしてますよ」
「親戚にトルコ料理屋がいるのよ」
ぬるいレモン水を飲みながら尾根さんがポツリと呟く。どうやらつつかないほうが良さそうな雰囲気だな。
ちょっと気まずい空気が流れる中、飯屋がチョバン・サラタスを持ってきた。
角切りのトマト、タマネギ、キュウリをオリーブオイルとレモンと塩のみのシンプルな味付けで和えた、さっぱりした風味のサラダだ。飯屋の腕だ、間違いなくおいしいだろう。
尾根さんがテーブルに備えてあったフォークで一口パクり、一瞬で笑顔になる。
「美味しいわ」
「でしょう? 料理変人なだけあるんですわ」
「るっせーぞ馬変人!」
変人煽りが妙に面白いのか七席しかない店内で唯一座っていたサラリーマン風のおじさんが笑いを抑えきれずに噴き出した。
俺と漫才しながら手元は高速で動いているんだから大したもんだよ。
「おら、クソデカ桜花牛のサイコロステーキだ。鉄板冷めたら言え、再加熱するからよ」
「サンキュー。いやぁ、相変わらずうまそうだ」
デカデカと大きなサイコロ状に成形された肉を鉄板の上で転がしながら自分で焼いていく。俺にも尾根さんと同じサラダを小鉢に入れて付けてくれている、ありがたいね。
サイコロステーキにはガーリックの香るステーキソースと、玉ねぎをたっぷり生姜風味が特徴のオニオンソースに酸味の効いたトマトソースが別皿で用意してある。
焼けてきたサイコロステーキをナイフで切り落としていくと桜花牛の芳醇な匂いが店内に広がる。
「いただきます」
フォークで切った肉一切れをそのままでパクり、ブラックペッパーも効いていて最高だ。
「どうだ?」
「最高さね」
イスケンデル・ケバブを尾根さんの目の前に置きながら飯屋が俺に味を尋ねる。百点満点だと告げるとニヒルな笑みを浮かべながら厨房に引っ込んだ。
「……美味しいわね」
釈然としない表情の尾根さんがイスケンデル・ケバブを食べながら褒める。
飯屋の作ったイスケンデル・ケバブはカットされたパンの上にケバブをのせて、ヨーグルトを添えてトマトと獅子唐を付け合わせに用意している。ケバブの上にかかっているのはトマトソースだろうか? なんにしてもとても美味しそうだ。
午後の昼下がり、尾根さんと俺は至福の時間を過ごしたのだった。
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