マイルチャンピオンシップ前内談

『お久しぶりです鈴鹿オーナー。……お疲れですか?』


 最近のほむら事変のせいで久々に会う羅田先生にさえ心配される始末ですよ。事情を知っている市古さんも苦笑いだわ。


「少々問題が発生していまして。馬たちには何の関係もないのでご心配なく」


『そうですか。それならばよかったです。……よかったんですよね?』


 ほむらちゃんの学力で地球が滅んだりしないからいいに決まってます。武士の情けで羅田先生には黙っとくよ。騎手になったときに支障があったら困るしね。


「ファーストはどんな感じです?」


『仕上がってますよ。万が一にも負けはないと思います。なにより強敵が出走回避ばかりですから』


「らしいですね。なぜそのようなことに? 仮にもG1ですが」


『天皇賞秋とエリザベス女王杯に吸い込まれた形ですね。なまじマイル中距離をこなせる馬が揃っているのでそちらにバラけました。やはり中距離血統でもあると証明したほうが種牡馬としての価値が上がると判断したようですね。世代の馬はクラブ馬が多いですから。

 あとは故障で回避、遠征中で回避、気が向かないから回避。その情報を得た陣営が空き巣狙いで出走表明しましたがファーストはG1馬、彼らは良くてオープン馬。正直どうやって勝つかではなく、どう勝つかに重きを置こうと思いまして今回の話し合いをもうけさせていただきました』


 気が向かないから回避は絶対ノンだろうな。アイツ甘やかされまくって調子乗ってるらしいし。


「競走馬の実力差は残酷ですからねぇ……」


 あまり酷い負け方をすると逆に評価下げられるんだけどな。陣営は理解しているんだろうか?


「騎乗はいつも通りの足立騎手、適距離のマイル、脚質の開拓には持って来いと」


『ええ。なので一つ、ファーストには大逃げをしてもらおうと思っているんです。鈴鹿オーナー的にはどうでしょう? いけるでしょうか』


「ファーストは頭がいいのでいけるでしょうが……。逆に足立騎手は大丈夫なんですか?大逃げの経験はありませんよね」


『彼は実戦ではありませんがシミュレーターではなんどもあるので大丈夫と言っていました。欠員が出た乗り調教のピンチヒッターをしてもらっているのでもう少ししたら来るとは思うんですが……』


「とはいってもシミュレーターとはいっても実戦とは違いますからね……」


 ファーストは性格的に前目のレース向きだ。逃げ、先行を好むが加速力と軽い体重のおかげでスプリントが重要なレースでは差しもいける。だが追込は距離をキープしつづけるのが苦手なので向いていないだろう。

 そういや市古さん全然喋ってないな。どうしたんだろうと市古さんのいる方向を見ると会議をガン無視して会議室のデスクに積みあがった書類を捌いていた。


「市古さん」


「ああ、お気遣いなく。クラブとしては鈴鹿社長の意見に全面同意いたします」


 清々しいほどの投げっぷりである。


「……そんなに仕事多いの? 人手足りてる?」


「大丈夫です、足りてますよ。これも決裁印を確認しながら押すだけですので。

 社長が対応して羅田先生と相談してくださるなら、私がいてもノイズになるだけですし。もちろん、責任者として同席はさせていただきますが」

 

 あらやだ、市古さんたくましくなったわね。俺の周りにいる人たちはいつの間にか肝が太くなってくるんだよね。なんでだろう。


『おほん。それはともかくマイルチャンピオンシップでは大逃げで使ってみます。1600メートルならファーストでもスタミナは持つはずです』


「わかりました。馬主サイドからは特に言うことはありません。結果を期待します」


『ありがとうございます。それでは失礼します』


 ティロンとSEが鳴って通話が切れた。結局足立騎手は間に合わなかったな。


「じゃあ俺も事務所に戻るよ」


「承知しました。社長もご無理をなさらぬようにお願いします」


 二人の期末試験が終わるまでは無理じゃねぇかな……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る