一息バーベキュー
「ふーん、ガッツリ海外の悪い奴の儲け話に足立さんは巻き込まれたってことね」
「端的に言えばね」
四時間にも及ぶ激痛との格闘の末に足立さんは左腕の麻痺から回復した。
その快気祝いを兼ねて、晩飯は俺と足立さんと尾根さんはホースパークレストランでの食事だ。
他のスタッフも誘いたかったんだけどみんな忙しくてダメだったんだよね。
レストランの外にはバーベキュー施設が存在し、そこで焼肉もBBQも出来るようになっている。
本日の肉は桜花島で肥育された鳥、豚、牛! さぁ、足立さんたらふく食ってくれたまえ!
「うぉ、美味しい!」
「でしょう? 桜花島の特産品ですからねぇ」
紙皿を落とすこともなく左手で支えている姿を見て、俺は治療を提案してよかったなと感じた。
人に使っても用法用量を守れば問題ないってわかったしな! ……我ながらとんでもない下種だよね…。
「結局のところ、そのイギリスのブックメーカーは何がしたかったんですかね?」
地鶏の炭火焼を食べながら足立さんが聞いてくる。
まぁ、あんまり言うことじゃないが当事者だし教えてあげるか。
「資金洗浄だね、いわゆるマネーロンダリング。
犯人のサンドってやつは元々詐欺師らしくてね、だまし取った金を綺麗にしたいから海を挟んで大博打を仕掛けたってわけさ。
そのサンドの運営していたブックメーカーは還元率が九十八パーセントを掲げていたから人気があったらしくてね。とりあえず知名度を上げて隠れ蓑にしたかったんじゃないかな」
「ふーん。悪い奴は色々考えるのねー。豚串頂き!」
あ、俺の育てた豚串が! しゃーないから尾根さんのサザエ獲ったり!
「ちょっと!」
「俺の豚串を取るからでしょう。
大変だったのは全てを伝えた後です。あっちじゃ国際問題だって大慌て、しかも女王陛下は大好きな競馬を汚されたことで大激怒。
奴さんは呑気にもブックメーカーとして競馬場に顔を出していたサンドは即逮捕されましたが、タイミングが悪くてレースの始まる直前だったんで賭け札を購入した人の払い戻しなんかで怒号が飛び交ったそうです」
「うわ、めんどくさー」
「賭けてる側からしたらたまったもんじゃないですね」
尾根さんと足立さんが豚足にかぶりつきながら言う。
逃げられたくないからって競馬場で捕まえるのは確かにどうかと俺も思ったけどさ。
「単独犯か分からないってのも味噌でしてね。とにかく情報を吐かせないといけないってアッチじゃてんやわんや、日本の警察もただのマル暴の捕り物かと思ったら国際事件になって大変らしいっすわ。
自宅に調査で押し入ったらズラこく準備万端でギリギリだったらしいんで正解ではあったんですよ?」
「警察も大変ねぇ」
本当に警察の方々ご苦労様です。
俺は手帳の情報で裏に誰もいないって知ってるんだが、警察は裏付けしないと捜査終了できないからしょうがないよね。
桜花牛のモモステーキうめぇ!
「事件も解決に向かってますし、海外遠征はどうなさるんです?」
ビールを飲みながら足立さんが尋ねてきた。体重管理は大丈夫なのか?
「とりあえず、サードはアメリカのケンタッキーダービーとベルモントステークスには出走します。その後は順調にいけば菊花賞に向かいます。事件が終息することを前提にしてますからまだわかりませんが。
他の二頭は今のところ変わりなしですね。走るころになったら次走を考えます。
そして二歳馬の今年のメイクデビューは夏ではなく秋に行う予定です。これも定かじゃないですけどね。
あ、ショートのジョッキーである佐島さんは海外遠征はお断りとのことなので足立さん凱旋門乗ります?」
「ぶふっぉ!」
うお! 足立さんがビールを噴射した! 尾根さんはスッと避けたみたいだ。
「ごほっ、げふ、いきなり何言ってるんですか!」
「世間話の延長線上じゃないですか」
「いやいやいやいや、アナタ凱旋門賞をなんだと思ってるんですか!」
「世界のレースレートでもトップクラスの栄誉ある賞」
「だったらなんでそんなに軽く! ああ! もういいですよ! 遠慮します!」
リブステーキをガツガツ頬張る足立さん。
いやぁ、元気になってよかったよかった。
「アンタ、アタシが競馬に明るくないって言っても非常識的な言動だってすぐわかったわよ」
「まぁ、名誉や栄誉なんて飾りですよ。その馬にとっては一つ一つのレースが重要なレースなんですから」
焦げかけたウインナーをパクリ。炭火焼ってなんでこんなにおいしいんだろうね。
モグモグ咀嚼をしていると、にやにやした顔で二人が俺の方を見ている。
「なんすか」
「いやぁ、そーゆーとこなのよねー」
尾根さん、食べ終えたバーベキューの串を俺の方に向けないの。
「羅田さんや海老原さんが信頼するわけです」
足立さんもなんか嬉しそうにこっち見てるし。
いったい、なんだっていうんだ…。
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