着々と進む引退への道
「強いねぇ」
「この牧場の馬の成績を見ると騎手としての感覚がマヒしますよ」
吉騎手が苦笑しながら京都2歳Sに見事勝利したオウカショートの鼻を撫でながら言う。
桜花クラブの馬はこれまで身内との戦い以外では無敗で来た。
オウカサードはG1に挑まないので別として、他三頭は取得賞金的に阪神JF、朝日FS、ホープフルステークスで除外されることもなくなったので、安心して年末を迎えることができる。
まぁ、クラブのメール応対は来年の募集でパンクしているらしいが…。
というわけで、今は十一月末。明日はジャパンカップだ。レジェンと競ったアルバコアの全弟が来るらしいが今年は俺たちには関係ない。
来週から十二月に入り、G1ウィークが続く。一週目にチャンピオンズカップ、二週目に阪神ジュベナイルフィリーズ、ここにはオウカセカンドが出る。三週目にはオウカファーストが朝日杯フューチュリティステークスに、四週目の土曜日にはオウカショートが、その翌日の日曜日には。
レジェンの引退レースである有馬記念が開催される。
この前の打ち合わせの時にも現役続行はないかと聞かれたが意見を変えるつもりもない。
戦い始めてから無敗のまま終わろうとしてるんだ、もう頑張らなくていいだろう。
あとはゆっくり子供を産んで穏やかに過ごしてくれればそれでいい。
「鈴鹿さん、グリゼルダレジェンのこと考えていますね?」
「何故わかったんです?」
不意に、吉騎手が俺の考えていることを当ててきた。
「嬉しそうな顔をしてましたから。ご存じないかもしれませんが鈴鹿さんはグリゼルダレジェンのことを考えてるときは普段よりも更に笑顔になるんですよ」
へー、そうなんだ。頬をむにゅーっと引っ張る。
「娘さんを大切になさってるようで何よりです」
「自慢の娘ですから」
吉騎手と顔を見合わせて笑った。
ーーーーーーーーーーーーーー
「山田君、引退式の進行できた?」
「任せてください、びっちり企画書書き終えてますよ」
A4コピー用紙を大きな目玉クリップで留めたものを山田君が俺に渡してくる。
パッと見ただけで百枚越えてるんだが?
「こんなに何を書いたの」
「レジェンのこれまでの軌跡を考えるとこれぐらいにはなりますよ!」
フンスフンスと俺に語る山田君。全部使ったら何時間かかるんだよ。
「とりあえず全部MCの人に渡して掻い摘んで紹介してもらうか」
「ええ!? 全部使ってもらいましょうよ!」
全部読み切ったら競馬場からの帰りの電車が無くなるわ。
うわ、またびっちり文字詰めて書いてるし。
「馬主の挨拶原稿も大塚さんに頼んで作ってもらったし、もう俺たちのやれることは終わったかな」
「ですねー。ターフビジョンで流してもらう映像はもう出来上がってますし、後は…」
「有馬で勝つだけ、か」
「この前訪問した時は厩舎の皆さん気迫がすごかったですねぇ」
「最後の最後に下手をこくわけには行かないからね」
羅田さんは胃に穴が空くぐらい調教に悩んでるらしい。
真面目だとこんな時に損するよね。気軽に考えてくれればいいのに。嬉しいけど。
「引退式には俺、羅田さん、橋本さん、浅井騎手が出席するから撮影はバッチリ頼むよ山田君」
橋本さんはレジェンの厩務員である。妻橋さんに雰囲気が似ているおかげでとても懐かれている人だ。
「お任せください、綺麗に撮影してWeTube上げないといけませんから!」
「あ、うん。好きにしてくれていいよ…」
ホースパークの記念館で流すから綺麗に撮ってほしかったんだけど…。
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