桜花島産物計画
やっちまったなぁ。会見で怒髪天を衝く羽目になるとは。
大塚さんに「社長って怒るんですね…」って言われたが、そりゃ頑張ってる人を馬鹿にするような奴は許さないんだわ。よって俺は悪くない、ウンウン。
「スケジュール出来ましたよ社長」
「ありがとう大塚さん」
ナツヒヨリの出走は三月三十日金曜日の最終レース。諸々の調整を大塚さんにお願いして俺も現地に向かえるようになった。
流石にこれだけ協力してライブ中継で観戦じゃ味気ないからな、なるべく現地には行きたかった。
「ちょうど忙しくなりますから、あまりあちらに長居できませんが…」
「種付けの季節だからね。皆に負担をかけないように努力するよ」
「いえ、それは別に構いませんよ。社長が頑張ってるって牧場の皆さんも理解してますから」
かー! 嬉しいこと言ってくれるねぇ!
「なので、あちらでは絶対に問題を起こさないでくださいね」
本命はそっちか。歩けば騒ぎが起こる問題児と思われてないか俺。
事務所でそのまま雑談していると牧島が入室してきた。
「また怒られてるんですか鈴鹿さん?」
「またとはなんだ牧島」
「花蓮って呼んでくださいってば!」
なんかのこの流れも定型化してきたな。
「叔父さんが準備できたからいつでも来て大丈夫って言ってましたよ」
「ああ、ありがとう。じゃあ大塚さん行ってくるね」
「お気をつけて」
大塚さんの見送りを受けて、牧島に牧場の社用車を運転してもらう。
目指すは桜花島の山の麓の酒造所だ。牧場から車で二十分弱かかるので原付で行くのは無謀だ。道も荒いしね。ちなみに俺は車の免許を持っていない、身分証明書代わりの原付免許だけだ。
「相変わらず道が荒いですねぇ」
「親父さん夫婦しか住んでないから別に整備はしなくていいって譲らなくってね。出来た酒の輸送の時にダメージが入るかもしれないから整備したいんだが」
「酒造は好きでも販売は興味がないですからね叔父さんは」
実は酒造の責任者は牧島の叔父だったりする。酒造所の叔父経由で牧島家を桜花島に誘致したから因果的には逆ではあるが。
「おばさんに連絡したらヒヨリちゃんの祝勝会に持っていくお酒はもう揃えてるって言ってましたよ」
「ありがてぇ話だ」
酒造り一辺倒の旦那を長年助け続けているだけあって出来た女将さんだ。
親父さんは災害で蔵流されても水源がダメになって酒造れなくなっても酒造りを辞めなかった本物だから苦労も絶えなかったろうに…。
そんなことを考えていると桜花島の山の麓の酒造所に到着した。
「あ、いい匂いがします」
「桜花鶏の試食会やるっていってたから、みんな集まって焼き始めてるんじゃないかな」
桜花鶏とは書いて字のごとく桜花島の西部の牧畜場で行われている産業で桜花島5ヵ年計画の一つだ。
今は確か五百頭飼いだったかな? 実は実験的な牧場である。
テーマはアプリ産アイテムを他の動物に使うとどうなるか。それを検証するためにわざわざ人手を集めて第二牧場を建てたのだ。
「どっちかなー、裏手の庭で焼いてるのかなー」
口から涎を垂らし、鶏肉を求めている牧島。うーん、この残念美人よ。
「おそらく裏だろうが優先するのは俺の用事だ。まぁ、先に行っててもいいぞ」
「うーん、せっかくだし一緒に行きましょ?」
そう言ってスタスタと酒造所の事務所に歩いていく牧島。島民に愛されてるのはこういうところなんだろうなぁ。
「邪魔するでぇ」
「邪魔するなら帰ってー」
「あいよー、てくるぁ!」
ここまでお約束。
「静時君、お久しぶりね!」
「そうですね、年末以来ですかね」
年末の飲み会の時に柴田さんと酒を買いに来た以来だ。
「庭で静時君プロデュースの桜花鶏を焼いてるわよ、食べていって」
「ええ、花蓮が食べたがってたので寄らせていただきます」
ニッコリと笑みを返す。牧島、アゴを開けてなに驚いとんじゃ。
「私は食べてる間に車へ注文のお酒を積んどくわね。鶏も高知に持っていく?」
「お願いできますか? 高知の方に鶏の味について聞けるのは貴重ですから」
「あいわかったわ、長頭≪ながしら≫さんに頼んで真空パックにしてもらうわね」
長頭さんとは第二牧場の牧場長である。
親父さんが見当たらないが酒蔵でなにかやってるのだろう。いつものことだ。
「よろしくお願いします。ほら花蓮、庭に行くぞ」
顔を真っ赤にして俺の服の裾を摘まむ牧島を連れて、庭に向かって歩き出す。
「鈴鹿さん、私のこと花蓮って…」
「そりゃ牧島って苗字がお前含めて三人いるんだから名前で呼ぶだろ普通」
牧島は急にスンッとした表情になり、手を放してズンズン進みだした。
そして、数歩先に行ったところで振り返って。
「鈴鹿さんはもうちょっと乙女の気持ちを考えてください!」
なんでいきなり怒ってんだアイツ…。
ーーーーーーーーーーーー
「お、いらっしゃいましたね社長!」
「長頭さん、牧場はどんな感じです?」
「快調も快調です、あとで報告書をお渡ししますがあの水は凄いですね!」
あの水とはもちろんアプリ産の水である。
「そんなに効果が出ましたか」
「ええ、鶏が一日三つ卵を産みますし、加工したときに肉質が全然違うんです。まずはモモの山賊焼きをどうぞ」
山賊焼きってのはニンニクや玉ねぎを効かせた醤油タレに漬け込んで、片栗粉でまぶして油で揚げた長野の郷土料理だ。焼きだが揚げているのがミソ。
出来立てほやほやでめちゃくちゃ熱いが我慢して口にすると。
「うめぇ!」
「でしょう? ほらほら花蓮ちゃんも食べなさい」
「…いただきます。……美味しい!」
ちょろいわコイツ。
「醤油ダレの中に甘みがあって、スジも全くない…。ほろほろして絶品だ」
「おかわりー!」
はえーよ。俺まだ二口しか食ってないのに何でもう食い終わってんだよ。
「はっはっは、じゃあお次は炭火焼だよ」
お椀山盛りの鶏の炭火焼を牧島に渡す長頭さん。別にいいんだが婦女子に渡す量じゃねぇ。
「鶏飯出来たよー」
女将さんが積み込みが終わったのか炊飯器に入った鶏飯を持ってきてくれた。鹿児島の郷土料理だな。
「おいひい! おいひいぃ!」
牧島は受け取った鶏飯と炭火焼を交互に掃除機じみた吸い込みでドンドン胃袋の中に収めていく。
あ、かっこむから喉詰めた。
「花蓮ちゃんお茶お茶」
ゴクゴクと麦茶を飲み干して、ぷはぁーっと息を吐く牧島。もはやただのおっさんだ。
「美味い!」
「そりゃよぉござんした」
俺の心底めんどくさそうな態度に長頭さんと女将さんが苦笑い。牧島は再び鶏飯と炭火焼を食べだした。
「間違いなく島の名産品になります。次の計画通りに進めても?」
「ええ、鶏が成功したら豚と牛って話でしたから。問題ないでしょう。フェーズを進めてください」
「了解です、ささ、鈴鹿さんもお上がってください」
「もちろんです、いただきます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます