もつ串はおいしいのでオススメ

「もうすぐだぞパル子」


 新田は5レースの出走を終えて東京競馬場の厩舎で待機しているレアシンジュに会いに来ていた。

 時刻は十二時三十分前、今から三時間後にはグリゼルダレジェンとの決戦が始まってしまう。そのことに新田は不安や焦燥を感じていた。

 勝てるのだろうか、その考えが頭から抜けないのだ。


「ここにいたのか」


「先生」


 腹を擦りながら新田とレアシンジュに歩み寄ってくるのは天王寺。昼食を済ませてきたようだ。


「客入り凄いぞ」


「ええ、ダービーの時より少ないとはいえ十八万人は来ているそうですね」


「グレード2で十八万なんざ前代未聞だよ」


 カッカッカと笑い、レアシンジュに天王寺は手を伸ばす。


「ビビってんのか?」


「はい、怖くて怖くてたまりません。芝の確認は渡辺オーナーのおかげでできましたが、浅井騎手も7レースで騎乗するので、その分彼女が有利だと言えます。

 正直、勝てる要因がありません」


「そうだな」


 ふーっと息を吐いて、天王寺は厩舎の壁にもたれかかる。


「これが最後のレースなんだ」


「分かってます」


「いいや、分かってないな」


 ビシッと指を差し、ニタリと笑う天王寺。悪戯が好きそうな表情だ。


「これで、最後なんだよ」


「だから、分かってますって」


「ホント鈍いなお前」


 天王寺は壁からバッと離れて新田の額を小突く。


「最後なんだよ! こまけぇこと考えてないで全力で走ってこいや!

 次はねぇんだよ! レアが走るのはこれが最後なんだ!」


 ハッとした顔になる新田。


「そう…ですよね。次はないから出し切っちゃっていいんだ」


「怪我は論外だがな、限界超えないとグリゼルダレジェンに勝てないぞ。出し惜しみして負けるのだけはやめろ、いいな?」


「はい!」


 レアシンジュの鼻先を撫でて決意を露わにする新田。

 彼と思いを同じにするように、レアシンジュは一つ嘶いた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「もつ串おいひー」


「溢さないでくださいよ…」


 久しぶりの東京競馬場のもつ串は最高だぜ。

 今日は大塚さんが同行してくれている。山田君は最後まで来たがってたけど、ホースパークの企画が進んでいるので、突然のすり合わせ対応のために俺か山田君のどちらかが牧場にいないといけないのだ。

 別に俺が残ってもよかったんだが、周りのスタッフから流石に今回ばかりは俺がいかないと示しがつかないと言われたので現地に赴いた次第。

 ちなみにホースパーク建設は順調だ。整地も順調に進み十一月頭にはキャンプサイトの建設も始まる。キャンプサイト、ホースパークメイン施設、乗馬場の順番で工事は進んでいくが順次開放予定なので十二月にはキャンプサイトにお客さんを呼べるようになる。

 ということで、桜花牧場運営チーム(俺、山田君、大塚さん)はクソ忙しいのだ。

 真剣に人を集めないといけないな…。


「あー、もうこっち向いてください!」


 ハンカチでメッチャ顔をグイグイ拭かれる。そんなに汚いっすか俺。


「社長は一気に頬張りすぎなんです。ゆっくり食べれば汚れはつきません」


「はえー、そうなの」


「幼児じゃないんですから…」


 サラリーマン時代は早食いしてなんぼだったからなぁ。

 

「大塚さんも食べる?」


「いえ結構です」


 美味しいのになー。

 モグモグともつ串を食べていると10レースのパドック周回が始まった。

 もつ串のお店はパドックの真横にあるのだ。


「グリちゃんたちの出走するレースはこの次なんですよね?」


「うん、レジェンたちの出るレースは重賞って言ってね、その日のレースのメインなんだ。

 だから、朝の早い時間なんかにやらなくて皆が集まりきる夕方にやるんだよ」


「そうなんですね」


 大塚さんは競馬を見ないからなー。競馬場で誰かに教えながら見るのは新鮮だわ。


「グリちゃんの出るレースってそんなにすごかったんですね。いつも当たり前に勝ってるから分かりませんでした」


「G1は年に24回、G2は年40回しかないからね。詳しい人からしたらレジェンはモンスターだよ」


「それだけしかないんですね…」


 麻痺してるけど一勝できるだけで競走馬としては一流なんだよな。

 一勝もできずに何も残せずに引退して屠殺されてしまう馬が多い、悲しいがこれが今の競馬界の現状だ。

 ホースパークでそんな馬たちの受け皿になれたらいいなとは思っている。現状だと絵に描いた餅だけどな。


「鈴鹿オーナー! こちらでしたか」


「おや、螺子山さん。先日ぶりです」


「お久しぶりというには日にちは立ってませんな」


 ガッハッハと笑うのはレアシンジュのオーナーである螺子山さん。スーツで決めているが首からは大きな一眼レフが垂れ下がっている。


「今日は彼女の雄姿を?」


「ええ、今日が最後ですから。お二人も一枚どうです?」


 え。大塚さんと? 嫌がるんじゃないかなー。と思っていると大塚さんは俺と腕を組んでピースをした。

 驚いていると、カシャッとシャッターを切った音が鳴る。


「イイのが撮れました。牧場に現像して送っときますね」


「お願いします」


 ごゆっくりー、とこちらに手を振りながらパドックから離れていく螺子山さん。おそらくあちこちを撮って回ってるんだろうな。


「大塚さん、こんなオッサンと一緒に写真撮ってよかったの?」


「オッサンって…。三つしか変わらないじゃないですか。それに断るのも角が立ちますから」


 しょうがなくらしい。そりゃそうか。

 あー、ラブコメしてぇなー! 島に居たら出会いがないんだよ!


「社長? レース終わったみたいですよ」


「ん? ああ、ここで待ってるとレジェンたちがパドック周回するよ」


「そうなんですね」


 ラブコメはともかく。レジェン、これがレアシンジュと戦える最後のチャンスだ。

 悔いだけは残すなよ!



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