阪神11レース、右回り、1600メートル、第90回阪神ジュベナイルフィリーズ
『今年もこの季節がやってまいりました、来年のクラシック戦線を担う2歳牝馬の女王を決める阪神ジュベナイルフィリーズ。
有力馬が揃う中、一体どの馬がティアラを手にするのか。メインスタンド真正面の位置から続々と奇数番からゲートに収まっていきます。1枠1番のハシスサノオ、2枠3番プエルトブリランテ、3枠5番レッドチャーム、4枠7番リネスシャイン、おおっと枠入りを嫌がっています。厩務員が落ち着かせていますが…。収まりました、場内拍手が巻き起こります。次いで5枠9番ケーツーオーチャン、6枠11番メグロウェズン、7枠13番タドコロサンライズ、7枠15番ジーニー、8枠17番フォーマルウェア問題なく入りました。続けて1枠2番スピリタスフレイム、2枠4番テンデンシア、6番コルカタ、8番モーニンスピード、10番オモイカネ、12番コロナプリンシア、14番2番人気のレアシンジュ、16番、ノープロブレム全頭収まりました。そして最後に1番人気18番グリゼルダレジェン入ります! 最強の2歳牝馬決定戦!
ゲートが開きました! レアシンジュロケットダッシュ! グングンと前に進む、これは大逃げだ! 先頭レアシンジュ駆ける駆ける! そこから十馬身程度開き15番ジーニー、その後ろにぃ!? なぜそこにいるグリゼルダレジェン! グリゼルダレジェン3番手! 今日は先行で進むのか!? グリゼルダレジェンの後ろに一塊でハシスサノオ、レッドチャーム、フォーマルウェア、ノープロブレム、リネスシャイン、コルカタの順で進みますここまで中団。後方にスピリタスフレイム、テンデンシア、タドコロサンライズ、プエルトブリランテ、コロナプリンシア、メグロウェズン、モーニンスピード、ケーツーオーチャン、最後方はオモイカネです。これはかなり縦長の状況、先頭から最後方まで約二十五馬身。オモイカネは上がってこれるのか? 残り5ハロン!
グリゼルダレジェン動いた! レアシンジュにあっという間に横並びだ! これは凄いプレッシャー! すごいプレッシャーだぞ! 新田騎手の顔が歪む! 残り800メートル!
大足で先頭をガンガン進むレアシンジュとグリゼルダレジェン! 並びながらハナを進む! 残り600! もう後ろは関係ない! すごいペース! すごいペースだ! 先頭と中団の差が縮まない! 縮まないぞ! 十馬身ほど開いて2頭の激しい競り合いだ! 400メートルを切った! レアシンジュ駆ける! ハナを…奪えない! グリゼルダレジェン抜け出した! 凄い脚! 豪脚とはこのことか!? 残り200で4馬身差! これはもう無理! 漆黒の弾丸マイラーの伝説にまた一ページ! グリゼルダレジェン堂々の1着でゴールイン! レアシンジュ遅れてゴールイン頑張った! …………』
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五馬身差。これを大きいとみる小さいとみるか。
「浅井やらかしたな」
「わかりましたか」
「わからいでか。鐙を踏み外したなアイツ」
「後方脚質が多かったので戦法として前につけたと思われそうですが、ことの実は鐙を踏み外して右にブレたのを、体幹がしっかりしたレジェンがリードを少しとって足を掛けなおす時間を駆けたってのが真相でしょうね。わざわざ先行作戦も取っていないのにジーニーの横につけた意味がわかりませんから」
「馬に助けられるとはアイツもまだまだだな」
「いやまったくです」
苦笑交じりに歩を進める。目指すは勝者インタビューが行われる予定のお立ち台。
栄光の場に立った浅井騎手は見るのも憚られるほどの号泣だった。
「えー、それでは勝者インタビューに移りたいと思います。まずは浅井騎手、G1初勝利おめでとうございます」
「ありがどう”ございばず…」
「えー、いささか泣きすぎのような気がしますが、それほど喜びを感じたのでしょうか?」
「いえ、情けなくって…」
司会者の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「情けないとは?」
「スタートの直後に鐙から足が外れてしまって…、態勢を崩したんですけど揺れないままスピードを維持してくれて…、グリゼルダレジェンがフォローしてくれなかったら落馬してたと思います…」
再び泣き出す浅井騎手。話が進まず困る司会者。お立ち台を見て、泣く浅井騎手に困惑する観衆。カオスだ。
ひっでぇ有様だと思っていると海老原のおっちゃんが俺のわき腹を肘で着いてきた。
アゴをしゃくり、お立ち台を示す。
フォローしろってか。目立ちたくないんですが? お?
しゃーねーな、と呟きつつ表彰台の羅田さんと浅井騎手の元に行く。面倒ごとを避けていたのにわざわざ目立ちに行くのはアホ丸出しではあるのだが。
ターフの上にあるお立ち台から見える位置に着く、羅田さんが俺に気づいた。
「存在しない黒星よりも貰った白星を見て喜びなさい」
突然の俺の声に周りがざわつく。涙を拭っていた浅井騎手がこちらを見る。
面倒なことになると確信したのでその一言だけを告げてダッシュで逃げる。
視界の隅に海老原が映ったがゲラゲラ笑っていたので後でシバく。
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「いやー、面白すぎだろお前さん」
「あいきるゆー」
阪神競馬場から最寄りのファミレスで海老原と合流した。
俺の拳が真っ赤に燃えてコイツを殴れと轟叫んでいるが衆目があるので我慢する。
「浅井騎手をカッコつけて励まそうとして照れて逃走ってネット記事になってるぞ」
「まあ、浅井騎手の大泣きが有耶無耶になったならいいですよ別に」
「お優しいこって」
ドリンクバーのコーヒーを啜りながらマルゲリータピザを口に運ぶ。
うーん、並みの味。
「で? 完勝したわけだが次はどうすんだ?」
「予定通りですよ、チューリップから桜花です。牧場に箔が付くので桜花賞は是が非でも取ってもらいたいですね」
「王道牝馬三冠ルートってことか、羨ましいねぇ」
ウーロン茶をグイっと一気飲みした海老原が愚痴るように言う。
「海老原さんにお願いしたいことがあるんです」
「お? 金と女以外のことなら聞いてやるぜ」
ギャップもクソもない甲斐性無しめ。
「来期産まれる仔馬の預託の件ですね。羅田さんと海老原さんに一頭ずつお願いしようと思いまして」
やんちゃなおっさんから一瞬で現役調教師の目に変わる。
「そうか」
「産まれてくる仔にピンとくるものがなければ取り消しになる口約束ですけどね」
「ああ、それでもありがたいね。俺の馬房数は二十六だが十八頭しかいねぇからよ。年末に二頭引退でさらに空きができるから営業かけないとなって思ってたんだわ」
「それはよかった」
カップにわずかに残ったコーヒーを飲み干すと同時に羅田さんから連絡が。
「羅田さんももうすぐ到着するようです」
「意外と時間かかったな」
今日は元々レースが終了した後にこのファミレスに集まる予定だった。別に恥をかいたから逃げ出したわけではないのだ。
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