新潟2歳Sナレ死

 困ったことになった。

 落馬した足立さんだが右手小指を粉砕骨折したらしい。意識が戻り命に別状はないそうだが、骨がくっつき機能回復するまで半年はかかるとのこと。

 レースの後、羅田さんと合流し病院で再びの謝罪を受けたあとに次走の相談をした。走るレース自体は既に決まっているのだ。八月末の新潟2歳、今回と同じく1600メートルのマイル走。先に重賞を勝って叩き台にし桜花賞までは1600メートルのみ走り、その後に他の距離に挑む形にすることで俺と羅田さんの意見が合致した。

 問題は騎手だ。たまたま吉騎手に都合よく乗ってもらえたが次もお願いできるとは限らない。リーディング上位のベテラン騎手だから、彼が乗りたいといっても状況がそれを許さないことも多い。

 出来れば乗り替わりが起こりうるベテランよりも、お手馬の少ない新人や減量期間の終わった中堅のジョッキーにお願いしたいのが本音だ。多少の腕の差は賢いレジェンが埋めてくれるだろうからな。

 結局、その場では対応できないので山田君と病院を一緒に辞した。


 それから数日後、羅田さんから浅井騎手はどうかと連絡が来た。

 事務所で電話を受けたので、すぐ傍にいた山田君に浅井騎手について聞いてみた。今年六年目の騎手で現在116勝の中堅騎手だそうだ。癖馬を御す力量はないがレースでのルート選びが上手いので素直な馬に乗るとトップジョッキーと遜色ないレースをするとのこと。

 山田君の講評を聞いて羅田さんに浅井騎手でOKと返す。山田君の発言が聞こえていたのか苦笑交じりの声で「では浅井騎手にお願いしますね、それでは」と言い電話が切れた。


「浅井騎手が乗ってくれるんですか?」


「らしいね。浅井騎手ってどんな人なんだい? 腕前でなく性格的に」


「穏やかな性格だそうですよ。かわいらしいのでジョッキーの中でも男性人気が高いんですよね」


「ん? 浅井騎手って女性?」


「ご存じなかったんですか?」


 全然知らなかったわ。


「そういえば、お聞きしたいんですけど桜花賞の後はどのレースに? やはりオークスですか?」


 キーボードを打鍵しながら山田君が尋ねてくる。

 

「うん、オークス行ってダービーだね」


 え? と打鍵する手が止まる。


「ダービーってあのダービーですか?」


「そうだよ」


「東京ダービーですか?」


「東京優駿の方だよ。なんでわざわざダートの2000メートルに行くのさ」


「社長知ってます? 実は日本ダービーって牝馬優駿の次週なんですよ」


「それぐらい知ってるよ」


 山田君は「僕がおかしいのか」と頭を抱える。

 実際アプリのもたらすアイテムの力でレジェンの体力や調子を回復させるつもりの俺は走れると分かっているがG1連闘なんて正気の沙汰じゃないってのは間違いない。


「なにか秘策があるんですか?」


「当たり前じゃないか。無けりゃこんな予定立てないよ」


「それならよかった。じゃ、大丈夫ですね」


 納得したようにまたパソコンに向き直る山田君。


「おいおい、それで納得しちゃうのかい?」


「僕は社長がレジェンに怪我させるようなことしないって知ってますから」


 優しい笑みで山田君はそういった。

 無条件に信用してくれる彼に胸が熱くなる。

 そういえばバタバタしてレジェンの勝ち祝いをしてなかった。


「山田君、明日は牧場のみんなは予定あったかな」


「牧場全体の予定はなかったと思いますよ、個々人は把握してないですけど。なにかありました?」


「いや、レジェンの初勝利のお祝いしていなかったから牧場のみんなでバーベキューでもと思ってね」


「いいですね。大塚さんに言って準備します」


「よろしくね」





ーーーーーーーーーーー



『スタートしました。7番ハデス好スタートを切っていますがスッと3番カンゼンハドウと10番アオイトリも先行して行きます。それを追いかけるトラセイラン、先頭四頭です。五番手外にツルギノセンリツ、内にキョウソウキョク中団の構えとなりました。一馬身後ろに6番アオゾラトウショウ、控えて後方インコースにフィラー、その後バラキシ。三馬身、四馬身離れて後ろ二頭が離れました。4番フルスコア、そして一番後ろグリゼルダレジェンとなっております。隊列がかなりばらけて縦長の状態、外回り3,4コーナー中間7番ハデスが逃げる形。後ろを離しておりますリードは三馬身から四馬身、残り800を切りました。

 おおっと、ここで浅井騎手が大きく鞭を振るう! グリゼルダレジェンが外を回りグングンと昇っていく! まずはフルスコアを追い抜き、バラキシ、アオゾラトウショウ、フィラーも抜く! 続けざまトラセイラン、キョウソウキョク、ツルギノセンリツをかわし残り400メートル! 軽やかに外を回りハデスを捕まえアオイトリも追い抜いた! 残り200! これは速いぞ独走だ! カンゼンハドウも突き放しグリゼルダレジェンがゴールイン! 続けてカンゼンハドウもゴールイン! フィラー、アオゾラトウショウ、アオイトリが並んでゴールイン! 3着争いはややフィラーが態勢有利でしょうか。第77回新潟2歳ステークスは凄まじい追い足でグリゼルダレジェンが制しました!』

 




ーーーーーーーーーーーーー




 新潟2歳勝ちました。

 正直負ける要素が事故以外ないので当然のことだ。

 ローテーションはこのままサウジアラビアロイヤルカップに出走して、桜花牧場に放牧。帰ってきたらたっぷり甘やかさないとな。で、そのあとは阪神ジュベナイルフィリーズに向かう。無論、そこまでは全勝予定だ。

 今回の新潟2歳では浅井騎手もよく乗ってくれていた、阪神JFでもG1の空気で極度の緊張がなければ負けるヘマもしないだろう。

 ここらで賞金について考える、まずは新馬戦。本賞金が七百万円、本賞金はレースでターフビジョンに乗る順位をとった時の金額だ。つまり1着から5着までだな。次に特別出走手当、これが四十七万二千円。レースに出走した馬は順位にかかわらず手当が出る、それが特別出走手当だ。2歳新馬の単価は四十四万二千円、そこに2歳馬の出走は加算措置で三万円がプラスされる。つまり合計で四十七万二千円になるのだ。三つ目は内国産馬奨励賞、百九十万円。日本で生産された馬が掲示板に載ると貰える賞金だな、レジェンは内国産ということになっているのでこれも貰える。そして最後、内国産牝馬奨励賞の百六十万円。こいつは新馬戦か未勝利戦で牝馬限定競争以外のレースで牝馬が勝つと貰える賞金だ。これらを合わせて合算すると千九十七万二千円になる。中央競馬ではここから進上金と呼ばれる調教師、騎手、厩務員に合計二十パーセント分の分け前が発生する。

要は全部の合算から八割が俺たちオーナー側の取り分だな。そこから税金が発生するんだがそこは置いておこう。まとめると八百七十七万七千六百円がザックリと儲けになる。

 桜花牧場は資金のプールがあるとはいえ厩務員が四人増えてスタッフは合計九人で回している。つまり千万を切るような賞金では全く焼け石に水の利益にしかなっていない経営状況だ。そこに今回の新潟2歳の勝利。

 重賞はそれ以外の競争に比べ賞金は高くなる、それこそG1なんかは桁が違う金額だ。G3の新潟2歳でもトータル二千七百万円近い賞金になった。

 桜花牧場のお財布係の大塚さんも人心地着いただろう。

 来春に生まれる仔馬たちも高値で売れれば経営はひとまず波に乗る。

 あとはレジェンの活躍を見て育成の委託が来るかどうかが安定経営の鍵かな? こればっかりは他力本願なので計算には余り入れないでおこう。





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